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天鳳千草 二

 騒動後、搬送されていた堂上家が経営する総合病院で、堂上小黒主導のもと。

朝から全体的な精密検査を行った。


 検査の結果は、特に大きな異常は見当たらなかった。むしろ健康体だそうだ。まだ少し痛むけどな。

その日は一日ゆっくり休養し、次の日の早朝、私と燐は東京から京都へ戻る事となった。


 京都駅の八条口に到着すると、見覚えのあるセンチュリーが迎えてくれた。

宮本さんが、車の前で「統括室長、おかえりなさい。ご無事でなりよりです」と頭を下げる。

「ただ今戻りました……はは……ご心配おかけしました」と苦笑いで頭を掻く。


 燐が開いてくれたドアから、車内へ乗り込む。

車はいつもの見慣れたルートを通って、京都御苑の管理事務所裏からシェルターへ入る。


「静代様、現在鬼戸睡蓮室長と桐生丙室長補佐が早池峰の調査の件で報告にいらしているそうです」

燐が、スマホを見ながら共有されている情報を伝えてくれる。


「そうですか、わかりました。丙さん体調大丈夫なんかな?」


 丙は霊相を夜叉に根こそぎ持っていかれていたからな。相当キツかったはずだ。

とても明るい子だったけど、意気消沈して自身を失ってないとええけどな。


「霊相欠乏症だけが原因であれば、そこまで重症ではないですから、休養さえできれば問題ないと思います」

燐が、スマホを懐へしまいながら答える。


 車が、地下ロータリーへと到着し、車が停車する。

燐が、開くドアから降車し、エントランスへ向かう。

警備員と挨拶を交わして、対策室への廊下を進む。


 時々すれ違う統括と関西の対策室の職員たちに、「おかえりなさい」と迎えられる。

統括鬼霊対策室の前に到着し、扉を開き中へ入る。


「静夜様っ! おかえりなさいっ!」

蓮葉がパッと顔を輝かせる。


「静夜様……ご無事で何よりです。本当によかった」

睡蓮が、私を見るなり目に涙を貯める。


「…………」

丙は、只々申し訳無さそうに頭を深く下げる。


「只今戻りました。皆さんご迷惑をおかけして本当に申し訳ありません」

その場にいる職員全員に対して、深く頭を下げた。


 早速、早池峰の調査の報告で統括鬼霊対策室へ来ていた睡蓮と補佐である丙。

そして、先に統括鬼霊対策室へ戻っていた蓮葉からそれぞれ報告を受ける。


「わかりました。睡蓮と桐生さんは引き続き、早池峰の調査をお願いします。桐生さんは、もう動いても大丈夫なのですか?」

私の言葉に、丙は複雑そうな顔をして頭を下げる。


「はい。私はもう大丈夫です……。ですが、私が杭を破壊したせいで……うぅ」丙が唇を噛む。

「丙、それは私が命令した事です。何度も言いますが、あなたの責任ではありません。私の責任です」


 何度も同じやりとりと繰り返したのであろう、睡蓮がすこし呆れたように丙を嗜める。


「そうです。あなたの責任ではありません。それはすべて睡蓮へ杭の破壊を命令した、統括室長である私の責任です。桐生さんは決して気に病まないようにお願いします」


「静夜様……」

睡蓮が、私を複雑な感情の入り混じった顔で見つめてくる。


 一通りの報告書を確認して、睡蓮へ鬼の生成について質問する。

「鬼戸家の本拠地である鬼火村には、鬼の生成に関する書物があると蓮葉から聞きましたが確かですか?」


 私の質問に、睡蓮は質問されるのをわかっていたように即答する。


「はい、当家でも禁書扱いになっている書物になります。ですので村からの持ち出しは禁じられています。ご覧になられる場合は、大変失礼ですが直接鬼火村へお越しください。ご足労をおかけする事になり申し訳ありません」

睡蓮が、申し訳無さそうな表情で謝罪し頭を下げる。


「わかりました。近いうちに向かいます。その際は、案内をお願いします」

承知しました──頭をさげる睡蓮と、気負いしている丙を退室させて燐へ指示を出す。


「燐、天鳳の爺さんと、千草さんを呼んできてもらえますか?」

わかりましたと、燐が二人を呼びに部屋を出て行く。


「千草さんですか?」

蓮葉が、私の考えている事を察しているようにささやく。


「ああ……」

私は、それに素直に頷く。

十分程待つと、燐が二人を連れて戻ってくる。


「おお、静夜殿っ!! 思ったより元気そうやな。ほんま無茶しよって──千草から話聞いて、数年寿命縮んだわ」


 天鳳の爺さんが私に近づき、背中をバンバンと叩いてくる。

補佐を含め、皆で会議室へ移動する。

皆が席に着いたのを確認すると、早速本題へ入る。


「天鳳室長、千草さんを統括鬼霊対策室の補佐へ移動させたいと考えています」


 天鳳の爺さんへ、千草さんの必要な理由を伝える。

それを聞いた天鳳の爺さんは、まるでそれを予想していたかのように、平然と答える。


「かまわんよ。元々そのつもりやったしな」

爺さんが席を立ち上がり、隣に座る孫である千草の頭を撫でる。


「では、何故関西の補佐に?」──私が爺さんに尋ねる。


「千草な、こいつ箱入り娘やから社会人経験皆無なんや。だから一旦こっちで教育しようと思ってたんや」

「おじい様っ!!」


 恥ずかしそうに俯く千草。なるほどそういう事か。

顔を赤面させた千草は、天鳳の爺さんの手を払い除けると、立ち上がり真剣な面持ちで私の前へ移動する。


「統括室長、謹んで統括室長補佐を拝命致します。宜しくお願い致します」と深く頭を下げる。

よろしくお願いします。と頷き天鳳の爺さんへ向き直る。


「後任の人物の予定は?」

すぐに穴を埋めるのは簡単な事ではない。なにせ室長補佐だ。並大抵の実力では通用しない。


「千草の兄の五木いつきが、いつでも動けるように待機しているから問題ない」


 どうやら本当に千草の教育が終われば、千草をこちらへ移し。

兄である五木という人物を、補佐に回すつもりだったようだ。


「わかりました。そういえば天鳳室長が、私の先代の銀閣の爺さんに命を救われた時、千草さんも一緒にいたんですか?」


 一昨日の咲耶と千草の会話を思い出し、質問する。


「ああ……、あの時か」──爺さんが、顎髭を撫でながら目を細める。



「……銀閣殿からある程度は、話を聞いているとは思うが、一応話しておこうか……」



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