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天鳳千草 七


「水、敷地内の浮遊霊相を吸収して、荒原へ移乗してくれ。ここは天鳳家や、ある程度の霊相はすぐに集まるやろ。急げ」

静夜殿の隣に、青い長髪の天女が姿を現す。


「承知しました。静夜様」


 天女の背後に、四体の青い虎が顕現し、即座に四方へ走り去る。

すぐに己の霊相が、回復してゆくのがわかる。


 これが、咲耶姫様の従者である、水天白虎の水様の能力か。

過去に彼から聞いた──扱い方次第では、世界が変わってしまうというという言葉も納得である。


 水様は、黙って静夜殿を見ている。

彼が夜叉の結界に包まれた、桜の傍へと近づいてゆく。

そして、結界の前でしゃがみ込むと、結界に触れるが──「バチンッ」と指が弾かれる。


「静夜様。そんな容易に、結界には触れないでください。とても危険ですから」

水様が、彼の軽率な行動を嗜める。


 少しバツが悪そうに──「わぁっとる、すまんすまん」と答える。

静夜殿が──「白娘」と、隣に白龍の少女を呼び出す。


「白娘、お主の爪でこの結界、なんとかならんか?」

隣に白様が現れ、じっくりと結界を見つめている。


「申し訳ございません。破壊することは可能だと存じますが、幼子の保証ができません」


「そうか、わかった。おおきに」

白様が、頭を下げ消える。


「しかし難儀やな、どないしよか。さっさと喰った方が早いか……」

静夜殿が立ち上がり、咲耶姫様の様子を見る。


 私も、咲耶姫様を見る。

どうやら、夜叉が起き上がるのを待っているようで、扇で己を仰いている。


 吹き飛んだ夜叉を見ると、吹き飛んだ頭部を修復させ、立ち上がろうとしている。

苛立ちに顔を歪めた夜叉が、咲耶姫様へ名を尋ねる。


「あなたの名は? 式かしら?」

「夜叉風情に名乗る名など、持ち合わせていません。遊戯に付き合ってあげるだけ感謝しなさい」


 咲耶姫様が、一歩踏み出すと、一気に夜叉との距離が詰まる。

夜叉が黒鱗の柵を生成する。同時に爪を伸ばし管状に変化し柵の間から爪を突き立てる。


「何をしているのですか?」


 夜叉の突き立てた正面には、既に咲耶姫様の姿な無い。

背後に移動していた咲耶姫様が、夜叉に尋ねる。


「!?」


 彼女は振り返ると同時に、首元へ管状の爪をふるう。

姫様は、それを扇子で受け止め弾くと同時に、右手の手刀で夜叉の首を落とす。

これが、栄神の加護の力……次元が違う──咲耶姫様が、落ちた首を見下ろしてつぶやく。


「穢れき夜叉よ。今すぐあの結界を解きなさい。さすれば苦しまずに喰ってあげます」

夜叉の首が黒鱗となり消失し、夜叉の本体で修復が始まる。数秒もすると修復が完了し立ち上がる。


「それはできないわ。あの娘は私が頂くの」

そう言いながら咲耶姫様から距離を取る。


「あなたも霊体という事は、やはり式かしら? いえ……違うわね。根本的に何かが違う。まさか……」

夜叉の顔が、みるみる青ざめる。


「ええ、そうです。神です」

咲耶姫様の言葉に──「やっぱり……」と夜叉が笑う。


「なるほど、一祓い屋が神と契約なんてどうかしているわ。でも、このままでは流石に勝てそうに無いわね。とても残念だけど、結界もあのお爺さんに解かれるかもしれないし、先に頂きましょうか」


「桜っ!!」桜へ駆け寄る。

桜の結界が消失し、ふくよかだった桜色の体がみるみる青白く染まり、血の気が消え失せる。


「さくらあぁぁぁぁぁっ!!」

桜を抱きしめる隣で、静夜殿が立ち上がる。


「すまぬ荒原。儂がさっさっと喰らっておけば……相手の力量を測ろうとなどしなければ」

静夜殿が、歯を食いしばり謝罪する。


「水、京都市内の浮遊霊相を至急集めい」

「承知しました。静夜様」水虎が空中へ四散する。


 静夜殿が歩き出し、咲耶姫様へ近づいてゆく。


「姫……。おおきに。もう代わってくれ。あんな幼い赤子を……許されへんわ」


「静夜? 大丈夫ですか? 顔色が悪いですよ……もしかして私、何かミスをしましたか?」

咲耶姫様の顔が、少し不安げに曇り、彼の顔を見る。


「いや姫のせいやない。儂のせいや。姫は、水と赤子の治療を頼む。あの赤子、神器持ちや、絶対に死なせんといてくれ」

「……わかりました」


 咲耶姫様が、こちらへ駆け寄ってくる。

「荒原、その赤子をこちらへ」


 咲耶姫様が、神言祝詞を唱えながら赤子を畳に寝かせる。

桜を中心に陣が生成される。水様が陣の反対側へ立つ。


「では、はじめます」

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