「水、敷地内の浮遊霊相を吸収して、荒原へ移乗してくれ。ここは天鳳家や、ある程度の霊相はすぐに集まるやろ。急げ」
静夜殿の隣に、青い長髪の天女が姿を現す。
「承知しました。静夜様」
天女の背後に、四体の青い虎が顕現し、即座に四方へ走り去る。
すぐに己の霊相が、回復してゆくのがわかる。
これが、咲耶姫様の従者である、水天白虎の水様の能力か。
過去に彼から聞いた──扱い方次第では、世界が変わってしまうというという言葉も納得である。
水様は、黙って静夜殿を見ている。
彼が夜叉の結界に包まれた、桜の傍へと近づいてゆく。
そして、結界の前でしゃがみ込むと、結界に触れるが──「バチンッ」と指が弾かれる。
「静夜様。そんな容易に、結界には触れないでください。とても危険ですから」
水様が、彼の軽率な行動を嗜める。
少しバツが悪そうに──「わぁっとる、すまんすまん」と答える。
静夜殿が──「白娘」と、隣に白龍の少女を呼び出す。
「白娘、お主の爪でこの結界、なんとかならんか?」
隣に白様が現れ、じっくりと結界を見つめている。
「申し訳ございません。破壊することは可能だと存じますが、幼子の保証ができません」
「そうか、わかった。おおきに」
白様が、頭を下げ消える。
「しかし難儀やな、どないしよか。さっさと喰った方が早いか……」
静夜殿が立ち上がり、咲耶姫様の様子を見る。
私も、咲耶姫様を見る。
どうやら、夜叉が起き上がるのを待っているようで、扇で己を仰いている。
吹き飛んだ夜叉を見ると、吹き飛んだ頭部を修復させ、立ち上がろうとしている。
苛立ちに顔を歪めた夜叉が、咲耶姫様へ名を尋ねる。
「あなたの名は? 式かしら?」
「夜叉風情に名乗る名など、持ち合わせていません。遊戯に付き合ってあげるだけ感謝しなさい」
咲耶姫様が、一歩踏み出すと、一気に夜叉との距離が詰まる。
夜叉が黒鱗の柵を生成する。同時に爪を伸ばし管状に変化し柵の間から爪を突き立てる。
「何をしているのですか?」
夜叉の突き立てた正面には、既に咲耶姫様の姿な無い。
背後に移動していた咲耶姫様が、夜叉に尋ねる。
「!?」
彼女は振り返ると同時に、首元へ管状の爪をふるう。
姫様は、それを扇子で受け止め弾くと同時に、右手の手刀で夜叉の首を落とす。
これが、栄神の加護の力……次元が違う──咲耶姫様が、落ちた首を見下ろしてつぶやく。
「穢れき夜叉よ。今すぐあの結界を解きなさい。さすれば苦しまずに喰ってあげます」
夜叉の首が黒鱗となり消失し、夜叉の本体で修復が始まる。数秒もすると修復が完了し立ち上がる。
「それはできないわ。あの娘は私が頂くの」
そう言いながら咲耶姫様から距離を取る。
「あなたも霊体という事は、やはり式かしら? いえ……違うわね。根本的に何かが違う。まさか……」
夜叉の顔が、みるみる青ざめる。
「ええ、そうです。神です」
咲耶姫様の言葉に──「やっぱり……」と夜叉が笑う。
「なるほど、一祓い屋が神と契約なんてどうかしているわ。でも、このままでは流石に勝てそうに無いわね。とても残念だけど、結界もあのお爺さんに解かれるかもしれないし、先に頂きましょうか」
「桜っ!!」桜へ駆け寄る。
桜の結界が消失し、ふくよかだった桜色の体がみるみる青白く染まり、血の気が消え失せる。
「さくらあぁぁぁぁぁっ!!」
桜を抱きしめる隣で、静夜殿が立ち上がる。
「すまぬ荒原。儂がさっさっと喰らっておけば……相手の力量を測ろうとなどしなければ」
静夜殿が、歯を食いしばり謝罪する。
「水、京都市内の浮遊霊相を至急集めい」
「承知しました。静夜様」水虎が空中へ四散する。
静夜殿が歩き出し、咲耶姫様へ近づいてゆく。
「姫……。おおきに。もう代わってくれ。あんな幼い赤子を……許されへんわ」
「静夜? 大丈夫ですか? 顔色が悪いですよ……もしかして私、何かミスをしましたか?」
咲耶姫様の顔が、少し不安げに曇り、彼の顔を見る。
「いや姫のせいやない。儂のせいや。姫は、水と赤子の治療を頼む。あの赤子、神器持ちや、絶対に死なせんといてくれ」
「……わかりました」
咲耶姫様が、こちらへ駆け寄ってくる。
「荒原、その赤子をこちらへ」
咲耶姫様が、神言祝詞を唱えながら赤子を畳に寝かせる。
桜を中心に陣が生成される。水様が陣の反対側へ立つ。
「では、はじめます」