「!?」
どうゆう意味や? 確かに蝶は全て殲滅したはずや。
「蝶をいくら切り刻んでも、完全に燐粉は消滅しない。そして、それをあなたは大量に吸い込んでいるわ」
掴まれた右腕を振り払おうとするが、急激な霊相欠乏の影響か力が入らず振りほどけ無い。
「私の黒燐は、一定量吸い込むと相手の霊相と結合して相手の霊相を吸収する」
「…………」やられた。燐粉を吸わすのが目的やったか。ただそれやと桜も……顔が青ざめる。
「それでも、まだこれだけ霊相を残しているなんて本当に大したものだわ、だけどもう終わり」
掴んだ右手の黒い爪が、管状に変化し腕に突き刺さる。右手からさらに霊相が夜叉へ流れてゆく。
ますます目眩が酷くなり体が震え始める。膝がガクガクと揺れて膝をついてしまう。
首を上げて夜叉を見ると、先程まで瀕死状態だった夜叉が、ほぼ全快している。
「なっ……」なんちゅう回復速度や……これやから夜叉は……
「やっぱりあなた達は美味しいわ。物凄く濃厚ね。純度も最高だわ。ああ……本当に楽しみだわ」
夜叉が光悦とした表情で桜を見つめている。
「さ……桜ぁ……」頼む……動いてくれ……せめて桜だけでも……竹光……桐絵……。
「さて、そろそろ吸い切るかしら? 天鳳家の霊相は、私が全て吸い切ってあげるから安心しなさい」
羽の周辺に、再び大量の黒い燐粉が現れ、三本の爪に変化させる。
「おやすみなさい」爪を振りかぶる。
「皆、すまん……桜……」桜を見つめる……。
「おやすみするのは、あなたですよ?」
夜叉の背後に、一人の女性が立っていた。その声に爪の動きが止まる。
夜叉が振り返ると、同時に彼女の回転後ろ蹴りが炸裂し、夜叉の頭部を吹き飛ばす。
勢いで夜叉の体がふすまをぶち破り、二十数メートル吹っ飛んでゆく。
意識が朦朧とした状態で、前に立つ女性を見上げる。
深緑の髪に朱色の神衣、桜を描いた山吹色の羽織に身を包んだ女性が立っている。
まさか……何故ここに? ここにあなた様がいるという事は……。
「……咲耶姫様……何故……」
咲耶姫様が無言で私を見て、優しく微笑み頷く。ダダダダッと足音が廊下に響く。
「荒原っ!? 生きておるかっ!?」背後から強烈に全身が痺れる霊相を感じる。
この霊相、そして咲耶姫様……涙腺が緩むのを必死に堪える。
「静夜殿……私は……」静夜殿が、走り私の正面にしゃがみ私の目を見る。
真剣な眼差しで、今の私の状態を把握しようしている様だった。
「うむ。まだ心は生きとるな、阿呆、ええ歳してそんな顔するな」──鼻っ柱に強烈な拳骨をくらう。
すぐに立ち上がると、吹き飛んだ夜叉と、夜叉の結界内で眠る桜と私を改めて見る。
「姫、しばらく夜叉の相手頼むぞ、儂と水で荒原とその孫を診る」
「わかりました。遊んであげます」咲耶姫様が微笑む。
静夜殿が、こちらに駆け寄ってくる。
「静夜殿……桜を……」涙を浮かべ懇願する私に、再び思いっきり鼻っ柱に拳骨を食らわしてくる。
「安心せい、もう大丈夫や」