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天鳳千草 五


「おぎゃぁっおぎゃあぁ……」


 孫である桜の、悲痛な泣き声が部屋中に響く。

そんな桜を卑しく笑いながら、見つめている夜叉。


「ふふ……とても元気ね。私元気な娘は大好きよ。だけど、あなたは主菜だから最後なの」

夜叉が桜を両手で抱えて、自分の正面に持ち上げる。


「おい、何をする気や?」

いつでも動けるように、腰を落とす。


「落ち着きなさい、戦闘でこの娘に傷を付けたくないから、少し隅で眠っててもらうだけよ」


 夜叉の背中から、黒一色の蝶の羽が現れると、羽を数度羽ばたかせると燐粉が舞う。

すると、先程まで泣いていた桜が泣き止み静かに眠る。

大事そうに部屋の角の隅に、桜を寝かせて強固な結界を張る。


「相変わらず夜叉というのは、ようわからん思考をしよるな」

立ち上がった夜叉は振り返り、その言葉に首をかしげて肩を竦める。


「そうかしら? 私からしたら人間の方が不思議だわ。夜叉はね、理想は曲げないの。それが夜叉の理念よ」

夜叉がゆっくり歩き正面に戻ってくる。


「私は天鳳家を滅ぼしてから、この子を最後に頂くと決めたの。だから絶対に渡さないし傷つけない」

「させるわけないやろ」


「それに、片手でお相手するのも、あなた相手は結構骨が折れそうだしね」

夜叉が袖口から扇子と取り出し。左手に握る。


「何故、そこまで桜に固執する?」

「あなたも気づいているんでしょ? あの娘が神器持ちだという事に」


「…………」


 神器持ちは、祓い屋の中で数千人に一人の割合で生まれる特殊な霊相を持った人間だ。

時折、特異な能力を覚醒することがある。覚醒する条件は不明だ。


 歳も時期も不確定であり、人生を終えるまで覚醒しない者もいる。

桜が神器持ちなのは、すぐに気づいた。


「高位の霊相を好む夜叉にとって神器持ちの霊相は別格なのっ」顔を紅潮させて言葉に熱が籠もる。


「私はね、嗅覚が利くのよ。あの娘の甘美な匂いは京都に来てすぐにわかったわ」なんちゅう鼻や……


「けれど、すぐに京都各地で結界が張られたから正確な位置がわからなくなった。ここを探すの苦労したわ」

「そうかいな、それはご足労かけたようやな」

腰を落とし構える。夜叉も同じく漆黒の扇子を開き構える。


「名を聞いておこうか」「黒死蝶のクロユリ」


 夜叉の羽の周りに、羽ばたきと共に黒い燐粉が生成される。

そのまま扇子を横薙ぎに振るうと、黒燐が三本の爪となり三方向から襲いかかる。


「…………」


 三方向から迫る爪を、それぞれピンポイントで三十センチ四方の障壁を生成して受け止める。

あの燐粉が、主な攻撃手段であるのは間違いないだろう。

燐粉自体からは大きな霊相は感じない。もう少し見る必要がある。


 再び羽の周辺に黒燐が現れる。黒鱗が数十頭の蝶に化ける。

放たれた蝶が、それぞの意思で動いているかのように部屋の中を飛び始める。

まるで敵意がないような動きで、己の周りを飛び始める


 直接触れるのはまずいと判断し、扇子を仰いて蝶を散らす。

一閃で半数の蝶は吹き飛び消失したが、背後にいたもう半数の蝶が一瞬にして針に姿を変えて背後に迫る。

それを見ることもなく、背後に障壁を生成してすべて弾きとばす。


「へぇ、さすがね。じゃあ、これではどうかしら?」


 夜叉の羽の周辺から、先程とは比べ物にならない量の黒燐が現れる。

それが数百頭の黒蝶へ姿を変える。部屋中に黒蝶が放たれる。


「これでも受け止め切れる?」

大量の蝶達が、全方位から襲いかかる。


櫻嵐千刃おうらんせんじん


 左手で印を結び、右手に持つ扇子を逆袈裟に仰ぎ上げる。

己を中心に旋空が発生し、千の桜の花弁が周囲を舞う。


 嵐の如く踊り狂う花弁が、黒蝶に触れる度、黒蝶が切り裂かれ消失する。

数秒もしないうちに黒蝶を殲滅する。


「なんですってっ……」夜叉の表情が変わる。


 桜の嵐刃が次は夜叉へ向けて襲いかかる。

くっ──夜叉が急いで、全方位の防御結界を生成する。

凄まじい金切り音と共に、刃が結界を切り刻む。


「夜叉、焦ってる暇はないぞ」


 一瞬にして霊相を完全に消して、己の術式を強制的に完全消失させる。

瞬時に大きく踏み込み、夜叉との間合いを詰めて結界内へ入る。


「!? 己の霊相を完全に消したのねっ! でもっ──」

夜叉が、右手の黒い爪を伸ばし首を狙う。


「遅いわっ」

完全に夜叉の懐に入り込む、さらに一歩踏み込むのと同時に、左手の掌を夜叉の鳩尾へ当てる。


櫻閃掌おうせんしょう


 霊相を込めた発勁はっけいと霊相爆式を合わせた全力の複合術式が発動する。

夜叉が生成した結界内で大規模な爆発が発生する。結界内で爆発したことにより、威力が倍増ずる。


 結界が崩壊し、煙が部屋へ溢れ出る。

止めを指す為、櫻嵐千刃を発動しようと構える。


 その時、煙の向こうから夜叉の右手が伸び、己の右手が掴まれ阻止される。


「さすがね……あの女の霊相を吸っていなかったら危なかっったかもしれないわ……」

全身が焼け爛れ、腹部の大半が吹き飛んだ夜叉がかろうじて立っている。


「もう終わりや」左手で印を結ぶ。

「無理よ……」瀕死の夜叉がつぶやく。


 急に目眩が起きて、体から大量の霊相が抜けてゆくのがわかる。


「!?」

なんや──いきなりごっそり霊相が抜けた?


「今の術式で、私を滅する事ができていれば、勝負はあなたの勝ちだったわ。けどもう遅いわ。あなたは蝶を完全に殲滅したつもりだったのでしょうけど、それは間違いよ」




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