「竹光、結界が破られとる、はよそこの鍵あけろっ!!」
竹光があわてて鍵を取り出し、正門横の脇門の扉を解錠する。
急ぎ、二人で敷地内へ入る。
見た所、母屋の方向からは異常は感じられない。
だが、息子夫婦が暮らす離れの方向から、禍々しい霊相を感じる。
「くそっ!! 離れかっ!!」
中庭を全力で走り、庭に面する廊下の縁側から、土足で離れの屋敷内に入る。
廊下には、警護にあたっていた、手練の当家の子弟である四名の祓い屋が倒れている。
屋敷を離れるにあたって、念の為に警護として配置したが、まさか本当にうちに来るとわな。
結界も完全に破壊されていたし、高位の鬼であるのは間違いないやろう。
儂の施した結界をやぶるんやから。まぁ件の夜叉やろうな。
「おいっ!! しっかりせいっ!! 何があった? 夜叉か?」
一名の子弟の上半身を抱えて起こし、頬を叩き状況を確認しようと声をかけるが、一切反応がない。
どうやら霊相を根こそぎ抜き取られて、霊相欠乏症にかかっているようだ。
こんな事ができるのは、夜叉位の高位の鬼しかいない。
相手が、間違いなく最近騒がれている夜叉であると確信する。
「桐絵っ!! 椚っ!! 桜っ!!」
明らかに動揺している竹光が、顔を蒼白にして、廊下の奥へ全速力で走り出す。
「竹光待てっ!! 誰かっ!! 誰かおらへんのかっ!!」
屋敷の敷地中に響く私の怒号の大声に、母屋の方から数人の子弟が飛び出してくる。
「夜叉の急襲やっ!! お主らはこの者たちを母屋へ運んで霊相の回復をせい。あと一名はすぐに母屋へ向い、大社と分家へ救援を要請しろっ!!」
そう言うと、履いている下駄を脱ぎ捨て竹光を追い、廊下の奥へ走り出す。
廊下の先から、竹光の【
部屋へ入ると、そこには右腕を吹き飛ばされながらも、泣いている桜を左腕に抱えている夜叉がいた。
吹き飛んだ右腕は、数メートル離れたところに倒れている桐絵の首を掴んでいた。
その側では、椚が倒れた母に縋りついて大声で泣いている。
桐絵の首を掴んでいた腕が、サラサラと黒鱗へと姿を変えて消失する。
「あらあら、お二人さんもう帰ってきたんだ。思っていたより早かったわね。もう少しゆっくりお食事したかったんだけど」
漆黒の着物に身を纏い、銀髪を後ろで留めた夜叉が、吹き飛ばされた腕を気にするでもなくこちらを見る。
「桐絵っ!! おいっ桐絵っ!! しっかりせぇっ!! 父上……桐絵の脈が……」
妻の瀕死状態に、悲痛に顔を歪める竹光を見て、夜叉が愉快そうに笑う。
「天鳳家の人間は皆おいしかったわ。けど、その女が一番美味しかったわよ。だから何もかも吸いきっちゃった。ごちそうさま」
き……貴様ぁ──竹光が風神の如く形相で立ち上がる。
「待て、竹光は椚と桐絵さんを連れて母屋で治療しろ。分家の救援もそろそろ来るやろ。絶対に桐絵さんを死なせるな」
竹光は妻を害され、怒りで我を失いけけている。今は治療に専念させた方がいいと判断した。
何より、ここで桐絵さんと椚の二人を戦闘に巻き込むのは避けたいからな。
「しかし父上っ!? 桜が……」
竹光が、口から血が溢れんばかりに歯を食いしばり躊躇する。
「桜は、儂が必ず取り戻す。竹光──お前は、今は桐絵さんを救うことだけを考えろ。ええな?」
竹光を見やり、口の端を上げる。
その言葉に、多少落ち着きを取り戻し決心したのか、竹光は桐絵と泣きじゃくる椚を抱えて立ち上がる。
「父上、どうか…どうか桜をお願いします」と告げて部屋を出ていく。
「あらあら、あの子も食べたかったのに残念──でもいいわ。また後でゆっくりと頂くわ」
夜叉が残念そうに竹光達の背中を見で目で追いながら、失った右手を修復させる。
「あほか。させる訳ないやろ。お前頭湧いてんのか?」
己の懐から立派な扇子を取り出して、黒の羽織を脱ぎ捨てる。
右手を襟口から出し、筋肉質な右上半身を晒す。そこには雅な桜が咲き乱れていた。
バシンッと扇子を開くと、こちらにも見事な桜が咲き乱れている。
「さて、儂の可愛いお姫様を返してもらおうか」