◇◇◇◇
あたしは赤ちゃんである。名前はルリアだ。
目を覚まして、
「だーう?」
と言ってみると、真横から気配がした。
「はっはっ」
姉にレオナルドと呼ばれている子犬だ。嬉しそうに尻尾を振っている。
寝台の柵の間に顔を突っ込んで、両前足の爪で、布団にしがみついていた。
「だうー」
「ぴー」
声をかけると、子犬は甘えるように鼻を鳴らした。
「だう?(うばにつれてきてもらったの?)」
「はっはっはっ」
その時気づいた。
ベッドはそれなりに床から高い位置にある。
なので、子犬の大きさでは届かないはずだ。
「だう?(まさか、ぶらさがっている?)」
「きゅーん」
次の瞬間、ドサっと子犬が落ちて、見えなくなる。
やはり、前足の爪でしがみついていたらしい。
あたしからは見えないが、後ろ足はぶらぶらしている状態だったようだ。
「だ、だーう?(だ、だいじょうぶか?)」
「ぁぅ! ぁぅ!」
ぴょんぴょん跳んでいるらしい子犬の顔が、チラチラ見える。
元気なようでよかった。それにとても、可愛い。
子犬を部屋に連れてきた誰かも、気を利かせて寝台の中に入れてくれればいいのに。
子犬が側にいてくれたら、あたしも楽しいし、嬉しい。
「だう〜(だれかおねがい)」
「わふ!」
ぴょんぴょん跳ねていた子犬が、布団に前足でしがみつく。
それからもぞもぞと寝台の中に入ってきた。
子犬は小さいのに跳躍力が凄いうえに、前足の力も凄いらしい。
「だうー(しょうらいゆうぼう!)」
「わぅ」
子犬なのにこんなに強いとは。
それに子犬の足は、小さな体の割にかなり太い。
きっと立派な犬になるに違いない。
「ふんふん」
寝台の上に登った子犬は、早速あたしの匂いを嗅ぎにくる。
お返しにあたしも子犬の匂いを嗅いでみた。
いい匂いがした。
初めて会ったときは犬臭かったが、綺麗に洗ってもらったのだろう。
「だう?(きれいだね)」
初めて会ったとき、薄汚れた茶色だった毛の色は綺麗な金色になっている。
毛も長くて、モフモフだ。
気持ちよさそうなモフモフを手で掴む。
その手を子犬はペロペロなめてくれた。
楽しい。
「だう〜(やっぱり、せいれいに、すかれてる)」
子犬の周囲には精霊たちが集まりキラキラと光っている。
子犬は精霊にじゃれつくように前足を動かし、ころんと転がり仰向けになった。
「まあ、いつのまに!」
用事があったのか、少しの間、どこかに行っていた母が戻ってきて子犬に気付いた。
体力が回復したのか、最近の母はなるべく私のそばにいてくれるのだ。
「勝手に入ったら駄目ですよ? レオナルド」
「だう?(れおなるど?)」
レオナルドと名付けたのは、姉ではなく母だったのかもしれない。
子犬はレオナルドっていう雰囲気ではない。
だが、成長したら似合うようになるかもしれない。
「くぅーん」
「甘えても駄目です」
子犬は母に抱っこされて、侍女に手渡され外に連れて行かれてしまった。
乳母は子犬が居ても見逃してくれるのだが、母は容赦無く子犬を別室に連れて行ってしまうことが多い気がする。
「ふぎゃああー」
抗議のために泣いてみたが、通じなかった。
「ルリア。お腹が空いたの? 元気ね」
母が抱き上げてくれる。いい匂いがする。柔らかくて温かくて安心する。
前世では、父母が死んで以降、こんなに安らいだ気持ちになることはなかった。
「だう!」
「本当にルリアはいい子ね」
乳をあてがわれる。
「むぎゅむぎゅ」
子犬を連れて行かないでと抗議していたことなどどうでもよくなってしまった。
お腹も空いたので、乳を飲む。
「やっぱり、お嬢様はお腹が空いて泣いていたのですね」
乳母がそういって、ほほ笑んでいた。
「そうみたい。ギルベルトとリディアに比べて全然泣かないから、心配してたのだけど……」
「若様やリディアお嬢様より沢山お乳を飲んでおられますし、心配はないと思いますよ」
「きっとそうね」
泣かないことで、母を心配させてしまったらしい。
今度から、多めに泣いてもいいかもしれない。
沢山、飲んだら眠くなる。
私は、ゲップをして眠ったのだった。