生まれてから三年経った。
発音がたどたどしいところもあるが、だいぶ言葉を話せるようになったと思う。
「だーう! としょしついく。のせて」
「ばう!」
今日も起きたら、ダーウに乗って図書室に向かう。
三歳になったので、一人で部屋の外に出ても良いことになったのだ。
あたしは立派な三歳児なので、自分でも歩けるのだが、家はとても広い。
ダーウの背に乗って移動したほうが速い。
ダーウに乗りながら、頭を撫でる。
「だーう、でかくなったなぁ」
「わふぅ」
ダーウは誇らしげに尻尾を揺らした。
出会ったばかりの頃、ダーウはあたしと大差なかった。
むしろダーウの方が小さいぐらいだった。
だが、いまのダーウは後ろ足で立てば、父より背が高いぐらいである。
図書室に向かって歩いていると、姉のリディアに出会った。
姉は十一歳。最近は背も伸びてどんどん綺麗で可愛くなっている。
妹としても自慢の姉だ。
「あら、ルリア。ダーウに乗ってどこに行くの? まさか外に行くつもりじゃないわよね?」
「そといかない! としょしつ!」
先日、ダーウに乗って外に行こうとしたら、めちゃくちゃ怒られたのだ。
生まれたばかりの頃に襲撃されたから、みな心配なのだと、母に言われた。
だから、許可なく家の外には行かない。
「図書室に行きたいの?……でもルリアは字が読めないでしょう?」
「…………すこしよめる」
姉は容赦なく痛いところをついて来る。
前世は五歳の時から家畜のように扱われていたので、まともな教育を受けられたのは五歳まで。
絵本なら読めるが、難しい本は読めない。
「仕方ないわね。姉が読んであげるわ」
「ありがと! ねーさま」「わふ」
姉と一緒に図書室に向かう。
「それでルリアはどんなご本が読みたいの?」
「ヤギ! ヤギのごほん」
「やぎ?」
「そう! おおきくなったら、やぎとくらすの」
「そうなのね……。暮らせるといいわね」
「うん!」
図書室に付いたら、姉はヤギの本を探してくれた。
「ないわね……」
「ないの?」
「でも、生き物図鑑があったわ。これでどうかしら?」
「よむ!」
図鑑を乗せた大きな書見台の前に姉が座る。
そして、あたしは姉のひざの上に座らせてもらって、一緒に読んだ。
「ねーさま、ここには、なんてかいてるの?」
「ええっと、哺乳綱食肉目ネコ科ヒョウ属かな」
「むずかしい。よんで!」
「わかったわ。主な生息地は——」
姉から本を読んでもらいながら、字を必死に覚える。
字を読めるかどうかで、得られる情報量が格段に変わるのだ。
「わふ」
ダーウも真剣な表情で、図鑑を読んでいた。
姉は忙しいのに、一時間も付き合ってくれた。
「ありがと! ねーさま。べんきょうになった!」
「よかったわ。ご本を読みたくなったら姉にいつでも言ってね。可愛いルリア」
ダーウの背に乗って、姉と手をつないで歩いていると、
「おや、ルリア。今日も可愛いね」
「にーさま!」
運動着を身につけ、腰に木剣を差した兄に出会った。
兄ギルベルトは十三歳。まだ子供っぽさが残っているが、父に似てきた。
今から姉は礼儀作法などを学び、兄は中庭で剣術訓練するようだ。
礼儀作法なんかより、剣術訓練の方が面白そうだ。
それに王族といえど、いや王族だからこそ自分の身は自分で守れなければならない。
今から剣術訓練で、どんなことをしているのか、知っておいて損はないはずだ。
「にーさま。るりあもみたい!」
「剣術訓練を?」
「そう!」
いままで中庭にも外にも出して貰っていない。
父は過保護すぎるのだ。
だが、もうあたしは三歳。
外は無理でも、中庭なら許可が降りるだろう。
そう思ったのだ。
「うーん。ルリアももう三歳だものね」
「そう!」
「そうだね……。先生が許可してくれたらいいよ」
「ありがと!」「わふ」
「でも、先生がダメって言ったら諦めてね」
「わかった!」「わっふぅ」
ダーウも嬉しそうだ。
姉と別れて、兄と一緒に中庭に向かう。
剣術教師の許可をもらって、私とダーウも中庭に入る。
流石、王族である父の屋敷の中庭だ。
「ひろいなぁ」
中から覗くより、ずっと広く感じた。
見上げると、青空が見える。春の風が気持ちよい。
思いっきり空気を吸い込む。
これほど気持ちよく外気を吸い込んだのは何年ぶりだろうか。
前世では、普段は家畜小屋に閉じ込められていて、外に出るときは狭い箱に入れられていた。
現地に着けば隷属の首輪によって、魔法を使わされる。
日差しと外の気持ちよい風を感じることなど、なかったのだ。
「ふーぅ、はー」「わー、ふー」
ダーウと一緒に深呼吸する。
「ルリア。外が気に入ったの?」
「きもちがいい! にーさま」
「そっか、それはよかった。あのね、ルリア。これから兄は剣術の特訓をするから、近づいたらだめだよ」
「わかった! にーさまにちかづかない!」
「ん。ルリアはえらいね」
兄は頭を撫でてくれた。ダーウも頭を撫でてもらって尻尾を振っていた。
あたしはダーウを枕に地面に横たわり、兄の様子を見る。
兄は一生懸命、木剣を振っていた。
「むう」
やっぱり、あたしも剣術を身に着けるべきではなかろうか。
人族には危ない奴がいるのだ。
身を守る術は、多ければ多いほどいい。
「あとで、とうさまにたのも」
そんなことをつぶやきながら、ぼんやり、兄のことを眺めていた。
土がひんやりして気持ちがよい。
…………
……
「うわああああ、ルリア! 大丈夫?」
「む? どした。にーさま」
慌てる兄の声に目を覚ます。
どうやら日差しの気持ちよさに眠ってしまったようだ。
「これはいったい?」
自分の周りに沢山の鳥がいた。
鷲や鷹、梟、鳩、雀、オウムなどもいる。
小さい鳥はお腹の上に乗り、大きな鳥は静かに寄り添ってくれていた。
「どした? あそびにきたのか?」
適当にそばにいた鳥を撫でる。
鳥たちは逃げないで、撫でられている。
「くるる〜」
可愛い。
駆け付けて来た兄も私が鳥たちを撫でているのを見て、緊急性がないと判断したらしい
「だ、大丈夫かい。ルリア」
すこし落ち着いて尋ねてくる。
「だいじょうぶ。みんないいこ」
きっと寝てたから、お腹が冷えないように布団になりに来てくれたのだろう。
鳥に限らず、動物には優しいものが多いのだ。
「まるで東方で行われるという鳥葬に見えて、兄は凄くびっくりしたよ」
「にーさま、あわてんぼう。む?」
「きゅい〜」
鳥だけでなく動物もいた。これはなんだろうか。
リスっぽいが大きい。
「プレーリードッグだ……。なんで中庭に……」
兄がその動物を見て、絶句している。
「きゅぃ?」
「なかにわは、どうぶつが、いっぱいいて、すき! うれしい!」
「そ、そうか。ルリアが嬉しいなら、兄も嬉しいよ」
そう言った兄の顔は少し引きつっていた。
◇◇◇◇
中庭に出たルリアを取り囲んだ鳥たちは、ダーウと同じく精霊を守る守護獣である。
守護獣たちがルリアの住んでいる屋敷に集まり始めたのは、ルリアが生まれた直後だ。
だが、屋敷の中には入れないし、ルリアは外に出てこない。
だから守護獣たちはずっと待っていたのだ。
屋敷の警備をかいくぐり、果敢にも忍び込んだダーウが異常なのだ。
「くるっくるー」
守護獣である鳩は、ルリアに撫でられて、とても幸せだった。
守護獣たちにとってのルリアは、人にとっての犬や猫のようなもの。
可愛いくて、ただそばにいるだけで幸せになる存在だ。
ルリアの匂いを嗅いだら安らぐし、ルリアに甘えられたらうれしくなる。
だから、ルリアに会いたくて、今日も今日とて、屋敷の周りには守護獣が集まっていたのだ。
ちなみにプレーリードッグは、穴を掘り屋敷の下を通って中庭まで来ていた。
◇◇◇◇