昼寝から目を覚ますと、口の中に何かがあった。
「もにゅもにゅ?」
くせになる不思議な味だ。
「もにゅ?」
何が入っているのだろうと思って、確かめてみると黒猫がいた。
どうやら、左手でその猫を抱っこして、尻尾を口に入れていたらしい。
「すまんな?」
『…………』
黒猫は鳴かなかった。
「そなた、尻尾が二つあるな? 怪我したのか?」
『…………』
怪我で尻尾が裂けたのかと思って心配したが、そうではないらしい。
「羽もはえている……かっこいい。新種猫かもしれない」
『…………』
「かあさまにみせよう」
生き物に詳しいかあさまなら、尻尾が二本あって羽の生えた猫についても知っているかもしれない。
それにしても大人しい黒猫だ。
「きゅきゅう」
右手で抱っこしていたキャロがこちらを見つめている。
「キャロ、ねむれた?」
「きゅっきゅ!」
「ダーウとコルコはどうだ?」
「ばう!」「こっこう!」
黒猫を抱っこしたまま、キャロやダーウ、コルコに挨拶する。
そして、改めて黒猫をじっくりと眺めた。
「この黒猫は……、む? まさか精霊?」
『……にゃあ〜』
今更、猫みたいに鳴いてももう遅いのだ。
よく見たら、動物じゃなかった。精霊だ。
魔力で手を覆ってないのに、抱っこできているので気付かなかった。
なぜ、抱っこできているのかはわからない。
「……しっかりした姿の精霊……」
『ふにゃぁ〜』
「そなた、はなせるな?」
『ぬゃー』
どうしても猫の真似をやめないつもりらしい。
生まれたばかりの幼い精霊はぽやぽやして、輪郭がはっきりしない。
成長と共に輪郭がはっきりしていき、それと共に自我がはっきりしてきて、話せるようになるのだ。
しっかりとした猫の姿を取れると言うことは、かなり成長した強力な精霊なのは間違いない。
話せないわけがない。だが、話してくれない。
「……ルリアが精霊とはなせないかのうせい……」
『にゃ〜』
前世とは違うのだ。現世ではあたしは精霊と話せない可能性だって充分にある。
だが、どうも黒猫の精霊とは話せそうな雰囲気を感じる。
「あ、…………ルリアのことが嫌いだからはなしてくれないの?」
『にあ!?』
「……ルリアが……みんなを、まもれなかったから」
前世の最後に命をかけて周囲を燃やし尽くした。
それだけしかできなかったのだ。
だが、それで精霊たちが逃げられたかどうかわからない。
前世の自分にもっと力があれば、精霊を閉じ込めていた金属の筒を破壊できただろう。
いや、もっと力があれば、精霊たちは捕まることすら無かったかもしれない。
精霊たちに恨まれても仕方がない。
あんなに助けてもらったのに、精霊たちが大変なときに助けてあげることができなかったのだ。
「……ごめんね」
悲しくて、申し訳なくて、泣きそうになる。
『ち、ちがうのだ! 嫌いじゃないのだ』
黒猫は慌てたように話してくれた。
「……ねこ、はなせる?」
『…………話せる』
それから、黒猫の精霊はぽつりぽつりと語り始めた。
『あのとき、ルイサ様は……みんなを助けてくれたのだ』
「きんぞくのつつ、ちゃんと燃えた?」
それが心残りだった。
自分ができるかぎりのことをやった。
だがその結果を見る前に私は死んでしまったのだから。
『燃えなかったけど、ちゃんと溶けたのだ』
黒猫の精霊はあたしの目をじっと見つめた。
『僕もあの筒の中にいたのだ。ありがとう。本当にありがとう。ルリア様』
精霊を助けられたなら、良かった。
不幸で、辛くて、良いことなどほとんど無かったルイサの人生だったけど、無駄ではなかった。
「みんな、たすかった?」
『うん、精霊はみんな助かったのだ。ありがとう』
「……よかった。……ほんとうによかった」
黒猫の精霊をぎゅっと抱きしめる。
物質的な存在では無いはずの黒猫の精霊が温かかった。
そんなあたしをダーウがベロベロと舐めてくれた。
「あの……ロアは元気か?」
『ロア様は、あの後しばらくして……残念ながら、
「…………そう……なんだ」
崩御。つまり亡くなったということ。
自然と涙がこぼれた。
あの優しかった精霊王のロアが死んでしまった。
もう、会えないのだ。
『泣かないでほしいのだ。ルリア様。僕たち精霊は……死んでも、いつかは転生するのだ』
「……ロアにあえる?」
『それはわからないのだ。だけど絶対に不可能というわけじゃないのだ』
「そっか。ありがと」
会える可能性があるなら、それだけで充分だ。
いや、本当はとても悲しい。
でも絶対に会えないというわけではないなら、それを望みに頑張れる。
「いつかあいたいな」
『うん、会えるといいのだ』
「そなたは、ロアが転生したらわかるか?」
『わかんないのだ。ごめんね』
「ううん。あやまらなくていい」
あたしは黒猫の精霊をぎゅっと抱きしめた。
「ありがとう、いきていてくれて」
『うん……うん……ありがとう、ルリア様』
抱きしめていると、黒猫の精霊に名前をつけるべきだという気がしてきた。
しっかりと成長した精霊以外に名前をつけてはいけないと、ロアから聞いた。
なぜなら幼い精霊は、その名前に縛られてしまうかららしい。
そして、強くなり過ぎて、力の暴走を抑えきれなくなったり、逆に名前に縛られて成長が阻害されると言っていた。
縛られてしまうという言葉も力の暴走という言葉も、どういう意味なのかは、あたしにはわからなかった。
「そなたに、なまえつけていいか?」
『いいの? うれしいけど……』
「うん! じゃあ、そなたの名前は……くろにする」
『名前……僕の名前……クロ?』
「うん、だめ? ちがうのがいい?」
『うれしい。僕の名前はクロなのだ!』
クロは嬉しそうにのどをゴロゴロ鳴らした。