あたしは、しばらくの間クロをぎゅっと抱っこした。
温かくないはずなのに、温かかった。
優しく撫でながら、クロに尋ねる。
「ロアは、どうして死んじゃったの?」
『…………』
のどをゴロゴロ鳴らすのを止めて、クロは黙り込む。
「くろ?」
『ごめん。それはいえないのだ。ロア様がそれを望んでいると思うから』
「どうして?」
『理由もいえないのだ。……ごめんね?』
クロはしょんぼりした様子で尻尾をしなしなと垂らす。
「そっか」
『ごめんね?』
クロは繰り返し謝る。
「あやまらなくていいよ。それがロアの望みならそれがいい」
ロアの最後について知りたいと思う。
だが、ロアが知られたくないなら知らない方がいいのだ。
我慢する。
寝台の上で、クロを抱き、ダーウとキャロとコルコに囲まれていると、
『るりあさまー』『なでてー』『くろだけずるいー』
ぽわぽわした精霊たちが集まってきた。
「わわ! いつもの精霊たち! はなせたのだ?」
その精霊たちは、よく目にしていた精霊たちだ。
ダーウと精霊投げで遊んだこともあった。
だが、その間、精霊たちは一言も話さなかったのだ。
『はなせるー』『くろが、はなすなっていうからー』『なでてー』
あたしはぽわぽわした精霊たちを撫でる。
『ち、違うのだ。意地悪で話すなと言ったわけではないのだ』
「意地悪だとは思わないけど……どしてなのだ?」
『人の幼児は精霊と話すと、言葉を覚えるのが遅くなるし、変な口調になるのだ』
「そんなことないとおもうけどな?」
『……そだね』
「みんな。これからは話してくれるのだな?」
『話したい、話したいのだ……でも、まだ控えた方がいいとおもうのだ』
「むう」
『えー、どしてどして?』『るりあさまとおはなし!』『なげてー』
ほわほわした精霊をわしっと掴むと、ぽいっと投げる。
『きゃっきゃ!』
「わふ!」
ダーウが走って精霊を咥えて戻ってくる。
『なげてなげて〜』
「むん!」
『きゃっきゃ』
あたしとダーウが精霊投げで遊び始めると、クロが困ったように言う。
『本当に、あまり、良くないのだ……せめて十歳ぐらいまでは』
「そなのか?」
『言葉にへんな癖が付くし、それになにより……』
そのとき、あたしは開いた扉を前にたたずむ姉リディアに気付いた。
あたしはたまに扉を閉めずに昼寝してしまうのだ。
幼児だから仕方のないことである。
どうやら、姉はおやつを持ってきてくれたらしい。
「ルリア。いったい誰とお話ししていたの?」
「む? えっと……」
あたしは抱っこしていたクロを手放した。
姉には見えないはずだと、頭ではわかっているが思わずの判断だ。
『わー』『にげろー』
精霊たちはそんなことを言いながら、楽しそうに部屋の中を動き回る。
本当に小さな子供のようだ。
一方、クロは寝台の上で、前足を伸ばし、お尻をあげて大きく伸びをする。
二本の尻尾と、猫らしくない羽が格好良い。
『ルリア様、精霊と話してたって答えないほうがいいのだ! 変な奴だと思われるのだ!』
伸びをし終わったクロがそんなことを言う。
「そ、そだね」
「ルリア? まさか、そこに誰かいるの?」
「い、いないのだ!」
「のだ?」
いぶかしげに、姉は首をかしげる。
ただ、そうしているだけなのに、姉は可愛かった。
「えっと、ええっと……」
『人は子供が見えないなにかと話しているとおびえるのだ。何かが見えるとか言わない方が良いのだ』
「そ、そうだな?」
『それが、僕たちが、ルリア様に話しかけなかった理由でもあるのだ』
「な、なるほど?」
凄く腑に落ちた。
幼児だとどうしても、他の人には精霊がみえないということを理解しにくい。
周囲に人がいるところで精霊と話をしてしまうだろう。
そして、他に人がいるのをみて、精霊が気を使って姿を隠しても、探すために呼びかけるに違いない。
「そうだったかー」
「ルリア?」
「だ、誰もいないのだ! 何も見えてないのだ!」
クロが言うとおりだ
精霊が見えるなどと言えば、王族に生まれた赤い髪ということで、前世の私と結びつける者がいないとは限らない。
ましてや精霊と話したなどと言えば、大騒ぎになりかねない。
とうさまは守ってくれると思うけど、屋敷には沢山の使用人がいる。
万が一にでも唯一神の教会の耳に入ったら大変だ。攫われかねない。
少なくとも前世の頃の唯一神の教会なら、王族の姫だろうと貴族の令嬢だろうと攫っただろう。
そのぐらいの力があると、かつて聞いたことがある。
「えっと、ねえさま! ルリア、ダーウと話してたのだ!」
「わふ?」
あたしは咄嗟にごまかした。なかなか機転の利いた良い返事だと我ながら思う。
ダーウもあたしに合せて、賢そうな顔をして首をかしげている。
きっと、姉も、ダーウと話していると信じてくれたに違いない。
「のだ? まあいいわ。そうなのね。まるで目に見えないなにかと話しているのかと思って驚いちゃった」
「そ、そんなわけないのだ。目に見えない奴なんて見えないのだ」
「そうよね」
姉はほっとした様子で中に入ってくる。
ごまかせたようで良かった。
クロも『ふう〜助かったのだ〜』と安心している。
「もう、ルリア。びっくりさせないで」
「すまんのだ」
「一緒におやつを食べましょう?」
「やったのだ!」
「……その……ルリア」
「どうしたのだ?」
「その、『のだ』っていうのやめた方がいいわ」
「えっ?」『えっ?』
姉は少し困ったような表情を浮かべて、呟くようにいった。