乳母マリオンを呪いから救って帰る途中。
あたしたちは赤痘の濃厚接触者になってしまった。
そのため、父や兄、姉を含めたみんなにうつさないため、別邸で隔離されることになったのだ。
マリオンの屋敷を出発してから、しばらく経って大公爵家の屋敷が見えてくる。
あたしは隣に座っているサラに言う。
「サラ、あれがルリアたちがすんでいる家だ」
「りっぱなの」
「うむ。それで、あれがとりごやなのだ」
「とり?」
「うむ。おもしろいのをみせるから、みてて」
馬車の窓を開けて外を見る。強めの風が入り込んできて気持ちが良い。
馬車を見守るように、いつもの鳥たちが上空を飛んでいる。
馬車の外に腕を出して「ちいさいこくるのだぁぁぁぁぁ」と大きな声で叫んだ。
小さい子を呼んだ理由は、大きい子は重たいし、馬車の中に入れるのが難しいからだ。
「ぴぴっ」「ちゅん」「ちゅちゅ」
するとすぐにあたしの腕に雀が三羽やってきて、とまってくれた。
「ありがとう。すずめたち」
「ちゅっぴっぴ」
その雀を馬車の中に入れて、サラに見せる。
「な?」
「すごい! ルリア様、とりのおともだち?」
「うむ。友達。サラも撫でるといい」
サラはあたしの腕に止まった雀たちを撫でる。
「かわいいの」
「ちっちっ」
「かわいい、えへ。えへへ」
サラが笑顔を見せてくれた。
サラが充分に撫でたあと、雀は外に出してやる。
「ありがと。ルリアはしばらくこはんのべっていにいってくるからな? いいこにしてまってて?」
「ぴっぴちゅ」
雀は何度か首をかしげた後、元気に飛んでいく。
その時、馬車は大公爵家の屋敷を囲む森の中を進んでいた。
相変わらず森の中には、動物の気配が沢山ある気がする。
「かあさま。もりのなかには、どんなどうぶつがいるの?」
「そうねぇ。あまり動物は見ないわ。リスとかうさぎみたいな小さい動物はいるかもしれないわね」
「ふむぅ。もっとでかいいきものけはいがするのだけどなー。サラはどうおもう?」
「わかんない。けど……いそう?」
「なー。きっといるよね」
今度森の中を探検したい。
あたしも、もう五歳。父と母もそろそろ森探索の許可をだしてくれてもいいと思う。
あたしが考え事をしている間に馬車は大公爵家の屋敷を通り過ぎて進んでいく。
「かあさま。べっていって、どんなところ?」
「ルリアも初めてだったわね」
「そもそも屋敷のそとにでたのも、今日がはじめてだったからなー」
「それなら、楽しいかもしれないわ。別邸はね——」
どうやら母が言うには夏の休暇を取る場所らしい。
大公爵家の建物の中で、王都中枢の屋敷以外で本邸に最も近い場所にある建物とのことだ。
いつもの屋敷からは四頭立ての馬車で一時間ほど。
湖の畔にある、比較的小さな屋敷だという。
兄も姉も小さい頃は、真夏に数週間滞在して、遊んでいたらしい。
「湖畔の別邸を訪れるのは何年ぶりかしら」
「かあさまも、ひさしぶり?」
「そうね。まあ、今夏、陛下の来訪予定もあったからちょうどいいわ」
「へいかって。おじいさま?」
「そうよ」
陛下、つまり祖父である国王が湖畔の別邸を訪ねる予定だったとは知らなかった。
「建物にこわれているところないか、しらべるの?」
「それは管理人がきちんとしてくれているけど、念のためね」
母が別邸を数年訪れていないのは、あたしを外に出せなかったからだろう。
兄も姉も、夏の楽しみだっただろうに。
「たのしみ。これからは、みんなでこれるようになるといいな?」
「そうね」
「つぎはマリオンも一緒にきたらいい。な? サラ」
「……うん」
まだ、サラは不安そうだ。
新しい家も、赤痘がうつってないかも、なによりマリオンのことも、不安なのだろう。
「サラ。別邸に着いたらマリオンにお手紙をかくといい。じはルリアがおしえる!」
「うん」
「あらあら。ルリア、ちゃんと教えられる?」
「もちろん! あ、サラ、湖でおよいだら、きっとたのしい」
「うん。たのしそ」
「ルリア。子供だけで泳ぎに行ったらだめよ。危ないのだから」
「だいじょうぶ! わかってる!」
あたしはサラが不安に思わないように、楽しそうなことを話し続けた。
キャロもサラを安心させるために、サラのひざの上に座ってくれていた。
馬車で走ってしばらく経つと、湖が見えてくる。
「サラ、ルリア。湖が見えてきたわ。綺麗ね」
「おおー?」「うん。きれい」
湖は綺麗なのだが、少し変な気配を感じた。
「なんか……ふしぎなきがする」
「そう? もしかしたら、ルリアは主の気配を感じたのかもしれないわね」
「ぬし? なにそれ?」
「えーっと、この湖には大きな主がいるっていう昔話があるの」
「ほえー。いたらいいなぁ、な、サラ」
「うん」
本当にいたら、楽しそうだ。だが、主がいそうな気配はしない。
むしろ、大公爵家の周囲より精霊が少ない気すらする。
変な気配の正体は、綺麗で自然が豊富なのに精霊が少ないからかもしれなかった。
「あ、そうだ。サラはおよぐのすき?」
「およいだことないの」
「ルリアが教えるから、安心していい」
あたしがそういうと、母が呆れたように言う。
「ルリアも湖で泳いだことがないでしょう?」
「ないけど……れんしゅうはしてる」
「そう。凄いわね」
「おふろで、れんしゅうした」
泳げるかどうかというのは、万が一のときに生死を分ける。
だから、あたしはお風呂でバシャバシャ練習していたのだ。
侍女たちは、いつも「お上手ですね」と褒めてくれたものだ。
「キャロ。ルリアは泳ぐのうまいもんな?」
「きゅ〜」
あたしのお風呂での泳ぎの練習をキャロはいつも見ている。
そのキャロも「うまい!」と言ってくれていた。
「……お風呂で練習するのは、行儀良くないからあまりしちゃだめよ?」
「うむ。でも、ほかでれんしゅうできない」
「そうね……令嬢は別に泳げなくていいのだけど」
「そうはいかない。おぼれるのに男とか女とか、かんけいない」
溺れるのが男だけなら、練習しなくてよいだろうが、そうでは無い。
女であっても溺れるのである。ならば当然泳げなければならない。
「それは……そうなのだけど」
「だから、泳ぐれんしゅうする」
「でもね。ルリア。まだ春だから寒いわよ?」
「むむ?」
冷たいのは困る。風邪をひいてしまうかもしれない。
「湖で泳ぐのは、もっと暑くなってからなの」
「そっかー。サラざんねんだな」
「うん」
いくつか小さな村の近くを通り過ぎ、そして大公爵家の別邸が見えてきた。
あたしが住んでいる屋敷より二回りぐらい小さい。
別邸の屋根の上には、いつもの鳥たちがもう止まっていた。
あたしとサラが手をつないで、馬車を降りると鳥たちがやってくる。
「ほっほう」「ぴぴっぴ」「くるっぽー」
「フクロウたちもきてくれたかー。ありがとうな」
「この子たちも、ルリア様のおともだち?」
「そう。サラも撫でるといい」
「ほほう」
「ふわふわしてるの。かわいい」
サラに撫でられて、鳥たちもご機嫌だった。
「いつもはコルコという子もいるのだけど……お屋敷にいったらあえる」
勝手にやってきたダーウと違って、にわとりのコルコはお留守番だ。
「コルコ! サラもあってみたいの」
「うむ! コルコも可愛い」
あたしとサラが鳥たちと戯れている間にも、母は従者たちと館の警護について話し合っていた。
暇なので、サラとダーウ、キャロと一緒に近くを調べた。
「遠くに行ってはダメよ? 森には怖い動物がいるかもしれないからね」
「わかった。とおくいかない」
離れすぎると怒られるので、馬車の周りをうろちょろする。
屋敷と大きな湖は、大きな森に囲まれている。
「でも、どうぶつの気配はすくないな? な、サラ」
「うん」
屋敷の周りにある森より、こちらの森の方がずっと大きい。
なのに、動物の気配はこちらの森の方がずっと少ない気がする。
「いてもリスとかかな? プレーリードッグはいるかな?」
「きゅ」
そんなことを話ながら、サラとダーウ、キャロと馬車の周りを歩いていると、棒を見つけた。
「かっこいいぼうがある」
それはあたしの身長ぐらいの棒だ。曲がり具合がほどよくて格好いい。
「かっこいいの?」
「うむ。このあたりがかっこいい。なっ?」
サラはきょとんとして首をかしげていた。
「ふんふん! なっ?」
棒を振って格好いいところをアピールした。
「そうなんだ。かっこいいね?」
まだかっこよさが伝わっていないようだ。
だが、そのうちサラにもかっこよさが伝わるに違いない。
「ルリア。サラ。中に入りましょう」
「うん!」「はい」
ダーウとキャロと一緒に、あたしとサラは、別邸の中に入った。