しばらく「精霊を運ぶゲーム」で遊んでいると、部屋が狭く感じた。
「そとにでたら、しかられるものなー?」
「わふ」
仕方ないので、あたしは部屋の周囲を走り回りながら、対角線上に精霊を投げる。
それに応じて、サラもあたしの対角線上を走った。
そんなことをしていると、じんわりと汗ばんでくる。
途中から、複数の精霊を連続で投げたりしたから、余計に疲れた。
走りながらあたしが投げる精霊を、サラは足を止めずに、素早い動きで次々に触れていく。
サラが触れた精霊を、サラと並走するキャロが掴んでぽんと上に浮かせる。
するとダーウが精霊を鼻先でポンポンと跳ねさせて、あたしに向かって投げ返すのだ。
あたしは、ダーウから投げ返された精霊を、再び投げる。
その様子をクロは部屋の真ん中に浮いて見守ってくれていた。
汗だくになって、走りまわっていると、
「お嬢様がた、夜ご飯の準備が……」
侍女が夜ご飯だと呼びに来てくれた。
侍女は走り回るあたしとサラとダーウたちを見て、一瞬固まった。
「サラ、ご飯だって!」
「うん!」
「はっ、はふっ、はっ」
ダーウはご飯と聞いて、侍女の周りをぐるぐると回り始めた。
尻尾がものすごい勢いで揺れている。
キャロは素早くあたしの肩の上に乗った。
はやく食堂に行こうと、無言で主張していた。
ダーウもキャロもお腹が空いていたらしい。
「ほんとうにお嬢様がたはお元気ですねぇ」
「うむ。ほんとうはそとで、はしれたらいいのだけどなー」
「お外は危ないですからね」
「うむ。しかたない」
あたしはサラと手をつないで、侍女の後ろをついていく。
サラは大事そうに棒人形をしっかり握っていた。
「……みんなは?」
歩きながら、サラがあたしに耳打ちする。
先ほどまで一緒に遊んでいたクロと精霊たちは、侍女が顔を見せた瞬間、一瞬で隠れていた。
「みんな、かくれるのがはやい」
「そっか」
「いつものこと、しんぱいしなくていい」
「わかった」
サラは精霊たちが急に消えて、不安になったらしい。
「お腹がすいたな?」
「うん。すいたの」
「サラはなにが好きなの?」
「おにく」
「わふわふ」
ダーウが自分も肉が好きだとアピールしていた。
あたしたちが食堂に入ると、
「こっこう」
なぜかコルコがいた。
コルコはあたしを見て走ってくる。
「コルコ! どうしてここに?」
「こぅこぅ」
コルコは甘えるようにあたしに体を押しつけてくる。
そんなコルコをぎゅっと抱きしめて、優しく撫でた。
既に食堂にいた母が、
「いつのまにか食事を運ぶ荷馬車に乗っていて、降ろそうとしても頑として降りなかったらしいの」
「そうなのかー」
「コルコは、ルリアがしばらくお屋敷に戻ってこないことに気がついたのね」
「コルコ、きてくれてありがとうな」
「こぅ〜」
コルコはあたしに甘えた後、サラを見て首をかしげる。
「サラ、このこはコルコだ! ルリアのともだちだ」
「にわとり?」
「そう、にわとりだ!」
「こっこ」
「コルコ、サラです。よろしくなの」
そういって、サラはコルコのことを撫でる。
「こぅ」
サラに撫でられて、コルコは気持ちよさそうに目をつぶった。
「コルコも、こっちにやってきたなら、ルリアのへやにきたらよかったのにな」
「こぅ〜」
「コルコは家の中と周囲をぐるぐる回ってたみたいよ」
母が、コルコが働いていたことを教えてくれた。
「そっか。みまわりしてくれてたの?」
「こぅ」
「ありがとうな」
「ここ」
コルコを撫でてから、みんなでご飯だ。
いつもと違いテーブルに全部のお皿が並べられていた。
侍女が一人しかいないので、順番に出すことができないからだ。
「ルリアもサラも……。ずいぶんと……汗だくね?」
「あそんでたからな? な、サラ」
「うん、あそびましたなの」
サラはまだ母相手には少し緊張しているようだ。
口調が少し変だ。
「風邪を引くから、本当は先にお風呂に入った方がいいのだろうけど……」
「おなかすいた!」
「そうね、折角のご飯が冷めてしまうし、食後すぐにお風呂ね。お願いできるかしら」
「畏まりました」
母の指示で侍女はお風呂の準備をしに向かった。
あたしとサラは、母の向かいに並んで座る。
「ルリア。サラ。今日はいつものように侍女たちが全部やってくれるわけではありません」
「わかってる」「はい」
「できることは自分でしましょうね」
「わかった」「はい」
あたしはまずパンを食べる。
「うまい。なにもつけなくてもうまい。サラは、じゃむぬる?」
「ぬる」
「ん」
あたしはサラのパンにジャムを塗る。
「たべるといい、ジャムをつけてもうまい」
「ありがと……おいしい」
パンを口にしたサラの尻尾がばさばさとゆれた。
「パンがなー。うまいのだなー」
この時代のパンが美味しいのか、大公家のパンが美味しいのか、それはわからない。
だが、前世に比べて、とにかく美味しい。
今日のパンは丸くて小さなパンだ。
バターと小麦の香りとほんのりした甘さが口の中に広がる。
「くろわっさんっていうのもうまい。そのうちでる」
「たのしみ。えへへ」
サラが両手で小さなパンを掴んで、一個もぐもぐしている間に、あたしは三個食べた。
一個はそのまま、二個目はバターを塗って、三個目はジャムを塗って食べた。
「サラ、このスプーンをつかうと、スープが飲みやすい!」
「うん」
サラがスープをこぼしたので、あたしが拭く。
サラは幼いのでこぼすのは仕方がないことだ。
だから、姉として、面倒をみなくてはならない。
リディアねーさまも、よくあたしにこうしてくれたものだ。
「このおにくは、ほねがついているけど、ほねはむりにたべなくていい」
「うん」
サラの口元が汚れたので、ナプキンで拭く。
姉だから当然のことだ。
以前、骨を歯でかち割って、中身を食べようとしたら、そこまでしなくていいと教えられたのだ。
「ルリア。普通は骨をかみ砕いて食べようとはしないわよ?」
母がそういって、微笑んでいた。
「わふぅ」
自分のご飯を食べ終わったダーウが、あたしの膝のうえに顎を乗せる。
「だめ! ほねはあげない」
「きゅーん」
「しょっぱいからだめ!」
「ぴぃー」
ダーウは甘えるがダメなものはだめである。
以前、ダーウに骨をあげようとしたら、母に言われたのだ。
人間にとって美味しい味付けは、犬にとっては濃すぎるらしい。
それに、味付けされてない骨は屋敷にはたくさんある。
ダーウはそっちを食べればいい。
「ダーウは、じぶんのぶんをたべたでしょ」
「きゅーん」
あたしから骨を貰えないとわかると、ダーウはサラの膝のうえに顎をのせに行く。
「サラ、心をおににするの」
「わか、わかった。がんばる」
しばらくサラに甘えた後、諦めたのか、ダーウはあたしの足元で伏せをする。
骨を貰えなくて、少し拗ねているようにも見えた。
一方、キャロとコルコは、ご飯を食べ終わると、あたしの足元で行儀良く大人しくしていた。
サラはあたしの三分の一ぐらいしか食べてないのに、食事の手を止めた。
「サラ、もっと食べるといい」
「ありがと、でもおなかいっぱい。えへへ」
本当だろうか。遠慮してないだろうか。
あたしは、肉をバクバク食べる合間に、サラの口を拭いた。
サラは幼いので、すぐに口のまわりが汚れてしまうのだ。
「ほんとうに、えんりょしなくていい。まだあるし」
「だいじょうぶ、ありがと」
サラはずいぶんと小食らしい。
「ルリア。普通の五歳児はそのぐらいよ?」
「そうなの?」
「ええ。リディアも、ギルベルトもサラぐらいしか食べなかったわ」
「……しょうしょく?」
「というよりも、ルリアがたくさん食べるといったほうがいいわね」
「ふむー」
みんなが小食なのか、あたしが大食なのか。
なかなか結論が出ない問題だと思う。
「サラ。全部食べなくていいわよ。食べ過ぎたら、お腹がいたくなるもの」
「あい」
「ルリア基準で用意してあるから、全部食べられなくても当然よ。気にしないでね」
「あい」
「ふむ〜」
サラに見守られながら、あたしはバクバク食べる。
「サラはのこしてもいい。のこしたらあたしがたべるからなー。あねとして?」
「あねとして?」
サラはきょとんとして首をかしげる。かわいい。
「そう、あねとして」
「リディアは、ルリアの残したものを食べたりしないわよ?」
「ふむー?」
それも難しい問題だ。そもそもあたしは残さないのだ。
だから姉は、たまたま、あたしが残したものを食べなかっただけかもしれなかった。