サラのミミズばれは、指ぐらいの太さのしなやかな棒で強く叩かれたときにできるものだ。
前世であたしも、似たような痕を沢山つけていたので、よくわかる。
「いつごろ?」
「……きのう」
あたしはサラの体をよく眺めた。
お尻のミミズばれが目立つが、お腹や胸のあたり、太ももなどにも治りかけの傷跡がある。
日常的に殴られていたのだ。
だからといって、この体の傷を証拠として、男爵を追求することは難しいだろう。
しつけと称して、ムチで殴ることは、前世の時代でも、この時代でも一般的なことだ。
父が家庭教師や使用人に、体罰を禁止しているから、あたしは殴られたことはない。
だが、父が念押しする程度には、教育時に暴力を振るうことは一般的なのだ。
前世の経験から判断するに、サラの傷痕は、しばらく経てばきれいに消えるはず。
だが、特にお尻の傷はお湯に入ったら染みるに違いない。
だから、サラはお風呂に入るのが嫌だったのかもしれない。
「ふむう」
あたしはちらりと母を見る。侍女がいないので、母は自分で服を脱いでいる最中だ。
他家の貴族に会うための服は、一人で着たり脱いだりするようには作られていない。
少し母も苦戦しているようだった。
おかげで、サラの体の傷に、母はまだ気づいていない。
「……いまのうち」
「なにが?」
「ないしょな?」
あたしは、サラの耳元でささやくと、精霊から魔力を借りて治癒魔法をかける。
魔法を使って背が伸びなくなるとしても、今サラが痛くなくなることの方が大事なのだ。
元々、サラの傷は重傷ではない。
手足の欠損を治したりすることに比べれば、治癒魔法の消費魔力は大したことはないのだ。
一瞬で、サラの傷は綺麗に治った。
「まだ、いたい?」
「いたくない。すごい」
「しーっ、ないしょな?」
「うん、うん。わかった。……ありがと、ルリア様」
「れいにはおよばない」
あたしはサラの頭をわしわしとなでた。
それから、服を脱いだかあさまと一緒にお風呂場へと入る。
二十人は楽に入れそうな大きめの浴槽には、温かいお湯が入っている。
浴槽の近くには、キャロとコルコ向けの大きめの桶があり、そこに温かいお湯が入っていた。
「きゃうきゃう」「こっこぅ」
嬉しそうにキャロとコルコは桶の中に飛び込んだ。
「わふう!」
ダーウも浴槽に飛び込もうとしたが、
「ダーウだめ。体をあらってからよ」
「……わふ」
かあさまに止められてしょんぼりする。
「わふぅ」
ダーウがあたしの近くにきてお座りした。
「あらってほしいの?」
「わふっ」
「しかたないな!」
「サラもあらう」
あたしとサラは母と一緒にダーウのことを洗った。
ダーウはとても大きいので、非常に大変だ。
「ダーウふせて」
「わふ」
「あたまをべたんて、ゆかにつけて」
「わふ」
姿勢を低くさせて背中や頭を洗う。
あたしとサラも頑張っているが、洗う主力は母だ。
あたしとサラはあくまでも、母が洗ってない場所をゴシゴシする程度である。
「ダーウかわいい。えへへ」
「うん。ダーウはかわいい」
毛の奥まで指を入れて、ダーウをしっかり洗っていると、ふと気づいた。
「……ダーウ。しらがふえた?」
「わふ?」
金色の毛に白い毛が混じっている気がした。
もともと、白い毛は混じっていた気がしなくもない。
「かあさま、かあさま。ダーウ。しらがふえてる?」
「……どうかしら?」
「としかな?」
「わふぅ?」
ダーウはショックを受けたような顔であたしを見つめる。
「うーん。ダーウは五歳だから、老化ではないかもしれないわね」
「そっか、よかったな?」
「わふ」
「でもどうして、しらががふえたんだろ?」
「成長と共に毛の色が変わることはあるわ。犬ではあまりきかないけど」
あたしとサラはダーウをわしわし洗いながら、母の話に耳を傾ける。
「いろがかわる動物って、どんなの?」
「そうね。有名なのは馬かしら。葦毛の馬っているでしょう?」
「いる。しろいおうまさん」
「そう、白いお馬さんね。でもあの葦毛のお馬さんって生まれたときは茶色かったりするの」
もしかしたら、ダーウも成長と共に色が変わる葦毛の犬なのかもしれなかった。
「ダーウ、ろうかじゃないみたい。よかったな?」
「わふぅ」
ダーウは嬉しそうに尻尾を振った。
「あ、ダーウのしっぽもわすれてはいけない」
「うん。きれいにするの」
あたしとサラは手分けして太い尻尾を洗う。
「あらうとほそくなるな?」
「うん。ほそくなっても、ダーウのしっぽはふとい」
「たしかに」
尻尾をあらったら、次はお腹だ。
「ダーウ、ごろんってして」
「わふ」
仰向けになってもらって、お腹もあらう。
「ほんとだ。おなかのほうは白いけがおおい」
「むかしはもっと金いろだった気がする」
「わふ」
サラと一緒にお腹をわしわし洗うと、ダーウは気持ちよさそうに目をつぶっていた。
「足の裏もあらわないといけないわ」
「わふぅ〜」
あたしとサラがお腹をわしわししている間、母は難しい足の裏を洗ってくれる。
「肉球の間もきれいにしないといけないわ」
「わふー」
「爪は……あまり伸びてないわね。散歩でけずれるのかしら?」
「……わふぅ」
かあさまの言葉をダーウは半分も聞いていない。
ダーウはすごくリラックスして、気持ちよさそうに「わふわふ」鳴いている。
洗体が終わり、泡を流されると、
「きゅーん」
名残惜しそうにダーウは鳴いた。
「次は、サラとルリアの番ね」
「うん、あらって!」
あたしは母のもとに駆け寄ったが、
「じぶんであらえる」
サラは遠慮しているらしい。
「だめよ。サラもこっちきなさい」
「あい」
あたしとサラは母に頭のてっぺんから足の先まで洗われた。
その間、ダーウは大人しくお座りしてあたしたちのことを見守っていた。
「あれ、おかしいわね」
「なにが?」
「サラ。怪我をしてないの?」
「し、してない」
「そう。それならばいいのだけど」
母は怪訝な表情を浮かべている。
「かーさま、どうした?」
「サラの怪我を治すために、お医者様を呼ぶ予定だったのだけど。赤痘で無理になったでしょう?」
「そだな?」
母は洗い終わったサラの体を、改めてしっかり観察していた。
どこから情報を手に入れていたのか、サラが親に叩かれていることを知っていたらしい。
「うん。怪我をしていないなら、それでいいわ」
そういって、母はにこりと笑う。
風呂に入るといったのも、サラの怪我の程度を調べるためだったのかもしれない。
「かーさまのせなかあらう!」
「あら、ありがとう」
サラと一緒に母の背中を洗った。
洗い終わっても、母はまだ髪を洗っている。髪が長いので、時間がかかるようだ。
「ルリア、サラ。風邪を引くから、先に湯船にはいっちゃいなさい」
「わかった」「あい」
「ダーウ、溺れないように見てあげてね」
「わふう」
張り切ったダーウがあたしたちより先に湯船に向かう。
ダーウが入った瞬間、湯船から、お湯があふれた。
ダーウの後をついて、あたしとサラは湯船に入る。
「あったかいね!」
サラは嬉しそうに言う。
「うむ。あったかい。きもちがいい」
「わふぅ」
ダーウも気持ちよさそうだ。
ダーウは大きいので、中々湯船には入れないのだろう。
「サラも、お風呂すきになった?」
「あったかいなら、すき。えへへ」
「……いつも、つめたいの?」
「つめたいの」
サラはダーウを撫でながら言う。
「だんしゃくけには、おゆのまどうぐないの?」
「ある。でも、サラはつかったらだめって」
「さむいな?」
「うん。でもさいきんはあったかくなったから」
きっとマリオンが病気になってから、ずっと水で体を洗われていたのだろう。
秋や冬もだ。
たとえ暖かい季節でも、むち打ちの傷に冷たい水がしみたはずだ。
「つらいな?」
臭くなったら水をかける。よくある手段だ。
あたしも前世の頃はそうされていた。
冬は本当につらい。
がくがくと歯の根が合わなくなるほど震えるあたしを聖女は楽しそうに笑ってみていた。
冷たい水は傷にも染みる。
「サラは、よく生きのびたなぁ」
前世のあたしには精霊とヤギとがいて、魔法があった。
だから生き延びることができた。
「サラはえらい」
「……そうなのかな?」
「そう。えらい」
あたしはサラの頭をなでなでする。
すると、サラは「えへ、えへ」と笑った。