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58 サラの安心

 その後、体を洗い終わった母が湯船に来たので、一緒に温まった。

 キャロとコルコは、浴槽のすぐ近くにある桶の中で、のんびりしている。

 キャロは手を使って、自分で自分の体をきれいにしていた。


「キャロはきようだなぁ」

「きゅ」


 桶の中で、すくっと立ち上がったキャロが、どや顔でこちらを見た。

 キャロはどや顔するときに立ち上がる傾向がある気がする。


「コルコも、きようだなぁ」

「ここ」


 コルコは砂浴びの要領で、桶の中で体をブルブルさせている。


「かーさま、にわとりって……みずあび好きじゃないな?」

「そうね。一般的に鶏は砂浴びの方が好きなはず」

「ふむう。コルコはかわっている」

「こぅここぅ」


 コルコは「守護獣だから」と言っている気がした。


「ここぅ」


 どうやら水は嫌いだけど、お湯浴びなら好きらしい。


「きゅっきゅ」


 キャロも水は嫌だという。

 キャロもコルコも、あたしやサラと同じなのかもしれない。


「みずはつめたいものな?」

「きゅう」「こぅ」


 あたしは湯船から出て、コルコの桶まで移動する。


「あらうの、てつだう」

「こっこ」


 頭の上にお湯をかけたり、足を優しくあらったり。


「とさかもきれいにしないとなー」

「こぅ」


 お湯を手ですくって、こしこしこする。撫でるようにして、羽毛の隙間を洗っていく。


「いたくないか?」

「こ」


 気持ちよさそうなのでよいだろう。


「つぎはキャロだ」

「きゅ」


 キャロのこともお湯で洗う。


「やっぱり、キャロもコルコもきれいだなー」

「きゅっ」「こっ」


 キャロもコルコも、基本的に洗わなくていいぐらい綺麗だ。

 一応、あたしはキャロの爪の隙間をきれいにする。

 キャロは穴を掘るので、爪に土が詰まりがちなのだ。


 キャロとコルコを洗っている間、ダーウは仰向けで、背泳ぎみたいな状態でぷかぷか浮いていた。

 どういう仕組みかわからない。きっと守護獣だから特別なのだろう。


 一方、サラは母に抱っこされていた。

 サラは母の豊かな胸の間に後頭部をあてた状態で、耳をぴくぴくと動かしている。

 母はそんなサラを後ろから軽く抱きしめている。


「サラ、体調はどう?」

「げんき……なの」

「そう。赤痘のこともあるから、少しでも調子が悪いときはいうのよ?」

「あい」


 母がサラの体を調べたのも赤痘の発疹が出てないか調べるためでもあったのかもしれない。


「サラは嫌いな食べ物とかある?」

「ないです」

「そう? 遠慮しないでいいのよ?」

「あい」


 あたしは、キャロとコルコを洗いながら、母とサラの会話を聞いていた。

 サラはまだ固い気がした。


 だが、しばらく母と会話を続けて、

「えっとね。サラはあしがはやいの」

 サラの口調から固さがとれた。


「あら、そうなの?」

「うん。ママにも褒められたの」

「そう。凄いわね」

「えへ、えへへ」


 サラは、母に褒められて照れていた。

 母の優しさに触れて、サラも安心したのだろう。


 もっとサラは安心できるといいと思う。


「ふこうちゅうのさいわい?」


 沢山の人と出会う前に、母を安心できる相手だと認識できたのはサラにとっては良かったと思う。

 父も兄も姉も、使用人たちも優しい。

 だが、たくさんの大人というだけで、サラにとっては怖いだろう。


 それに、どうやらサラはびっくりしたら、固まってしまうらしい。

 人がいっぱいいれば、それだけでびっくりさせることが多くなってしまうに違いないのだから。


 サラの緊張が解けた今がチャンスだ。


「サラ、きになっていたのだけど」

「どしたの? ルリア様」

「それ! 様はいらない」

「え、でも……」


 サラは少し困ったような表情を浮かべて母を見る。


「かあさま。様はいらないよね?」

「そうね。公式な場所だと、色々面倒ではあるのだけど、普段は必要ないわね」

「な? サラちゃん」

「ル、ルリアちゃん?」

「それでいい!」


 ルリアちゃんと呼ばれるのはとてもいい気がした。


 しっかり、温まった後、のぼせないうちに、みんなでお風呂を出る。


 風呂を出て、一番大変だったのは、ダーウを乾かすことだった。

 とにかく大きいので、タオルを何枚も使うことになった。



 その後あたしたちは母の部屋に連れて行かれた。

 そこには、たくさんの服が置かれている。


「ほー? いっぱいあるな?」

「昔リディアが着ていた服よ」


 どうやら姉リディアが幼い頃に着ていた服が別邸にあったらしい。


「サラ、ちゃんと尻尾を通せるように穴をあけているから安心してね」

「がんばりました」


 侍女が誇らしげだ。あたしたちがお風呂に入っている間に、作業してくれたようだ。


「ありがとう。急がせたわね」

「お気になさらないでください」

「……ありがと」

 サラは少し戸惑いながらもぺこりと頭を下げた。


「裁縫は得意なので! サラお嬢様も尻尾穴がきついとかあれば、いつでも言ってくださいね」

 侍女はそう言って、優しく微笑んだ。


 それから、母と侍女はサラに服を着せていく。

「こっちの方が似合いそうね」

「奥様、こちらも捨てがたいかと」

「どっちもにあう!」

「そかな? えへえへ」


 姉の服は、サラにとても似合って可愛らしい。

 サラの今の体型に合う姉の服だけで、別邸には十着ほどあった。

 母と侍女は、楽しそうに着せ替え人形のごとくサラに服を順番に着せていく。


「こっちの水色の服の方が似合うかしら」

「うーん。どっちもにあうなぁ」「可愛らしいですよ、サラお嬢様」

「えへ、えへへ」


 これで、オーダーメイドの服ができるまでの間も、サラは服に困らないだろう。


 着せ替え人形タイムが終わり、今すぐに着ない服を畳んでタンスに仕舞っていく。

「かあさま。これは?」

 あたしはタンスの中に気になる服を見つけた。


「それはギルベルトが着ていた服ね」

「ほう?」


 あたしは兄ギルベルトの服を取り出した。

 あたしのサイズに合っているのでは無かろうか。


「……きてみるか」


 動きやすそうだ。そして何よりポケットがたくさん付いているのがいい。


「んしょ、んしょ」

 あたしが服を脱ぎはじめると、

「ルリア、ギルベルトの服を着たいの? しかたないわね」

 そう言いながら、母が着替えを手伝ってくれた。


 兄の服に着替えると、くるりと回る。動きやすい。


「かあさま、どうどう! にあう?」

「ルリア……、これは、想像以上に可愛いわね」

「へへ」

「ルリアちゃんかわいい!」「お可愛いですよ!」


 みんなに褒められて、良い気持ちになった。


 しばらく兄の服を着て過すのも良いかもしれない。




 その日の夜、あたしはサラと一緒に寝台に入った。

 侍女が去った後、部屋の灯は全部消す。

 精霊たちが輝いているので、あたしとサラ、守護獣たちにとっては充分に明るいのだ。


「あした、てがみかこうな」

「うん。でも、字はむずかしくない?」

「たしょう、むずかしい。でもだいじょうぶだ。ルリアが教えるからな」

「うん……ルリ……アちゃんは…………すぅー」


 サラは会話の途中で眠りに落ちた。

 今日は色々あったのだ。サラが疲れていても当然だ。


 あたしはサラをぎゅっと抱きしめる。

 姉や兄にしてもらったのと同じようにだ。


『ねた?』『ねっちゃった?』『かわいい』


 サラが眠ったのを見て、精霊たちは途端に話し出す。

 サラは精霊を見ることができるが、声を聞くことはできない。


 だから、あたしとサラの会話を邪魔しないよう静かにしてくれていたのだろう。


『るりあさま、おはなししよ?』

「るりあも、もうねむい」

『えー』


 あたしも五歳児なのだから、眠くなって当然だ。


「また、あしたね……」

『るりあさまおやすみ!』『いいゆめみてね?』『かわいい』

「……クロは……どこいった?」


 幼いぽわぽわした精霊は沢山いるが、黒猫のクロはいなかった。

 どこかに遊びに行っているのかもしれない。


 とはいえ、心配には及ばない。

 クロは強い精霊だし、精霊を傷付けることができるものなど、滅多にいないのだから。

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