あたしがロアを抱きしめていると、
「ルリアちゃん。おくがたさまは、ロアをかうの、きょかしてくれるかな?」
心配そうにサラが言う。
「んー。たぶん、だいじょうぶ? ロアは、ただのトカゲだからなー?」
「でも、羽はえてるけど……」
「むむう?」
「はねはえてるトカゲ……まるでドラゴン……」
サラはロアのことをじーっと見て、その背中の羽を優しくつまむ。
「きっと、ロアは羽トカゲ。きっと」
「りゅいりゅい」
あたしに抱っこされていたロアは、サラの方へと移動して、頭をこすりつける。
こうしていると、とても人懐こい羽トカゲにしか見えない。
「しんしゅ? ドラゴントカゲ?」
「……かもしれない。いや、きっと羽トカゲだ」
万が一にも竜だと思われないように、羽トカゲという種類をおしていこうと思う。
羽トカゲという種族がいるかはわからないが、いないなら新種と言うことにしよう。
(もんだいは、かあさまが、どうぶつにくわしいことだなぁ」
どうやって誤魔化そうと考えていると、
「ところで、ルリアちゃん」
「どした?」
「ドラゴンって、こわい?」
サラはあたしの目をじっと見つめて尋ねてきた。
「なぜ、いまドラゴンのことをたずねるのか、まったくわからないのだけどもー」
あたしはつい目をそらす。
「とてもつよいという、うわさをきいたことがある」
竜は恐れられている生き物だ。
世界で最も強い種族をあげろと言われたら、魔導師や騎士の十人中八人が竜をあげる。
ちなみに残りの二人は人族をあげるらしい。
数の多さと、武器や魔道具を使えることや、集団戦の得意さが、人族最強派の根拠らしい。
あたしが読んだ「強い生き物図鑑」にそう書いていた。
だが、あたしは竜が怖くない。
前世のあたしが出会った竜は、全員が優しかったからだ。
聖女たる王女に竜の討伐を命じられて出向いたあたしを、竜は温かく迎えてくれた。
ロアの通訳であたしの事情を知ると、竜はみな同情してくれた。
そして従属の首輪で攻撃せざるをえないあたしをみて、どこかに去って行ってくれたものだ。
あたしの出会った三頭の竜の全てが、優しく賢く、そして強かった。
「サラちゃん。ドラゴンってすごくつよいんだって」
「うん。ママにきいたの。怒らせたらすごいことになるって」
「そう。その力は、ふんかや、つなみにひってきする」
「ほえー」
サラは少し目を輝かせていた。
あたしと一緒で、サラも強い生き物が好きなのだろう。
だが、少しだけ心配にもなる。
万が一、将来的にロアが竜だとバレる可能性だってある。
そのとき、サラが竜を怖がるようになって、ロアのことを苦手に思ったら大変だ。
強い獅子が大好きな人族も、獅子の檻に放り込まれたら怖く感じるものなのだから。
だから竜が優しいと言うことも知って欲しい。
「サラちゃん。ドラゴンはとてもつよい」
「うん」
「そんなドラゴンが、あばれんぼうで、いじわるだったら、ひとぞくは、いきてない」
「たしかに……」
噴火や津波を任意で起こせる残酷な最強生物がいたら、人族の文明はここまで発展していない。
人族最強説も、あくまでも竜の慈悲深さの上で成り立っていると知った方が良いのだ。
「だから、ドラゴンはやさしい」
「なるほどー。ということは、ロアも?」
「そう、やさしい……はっ」『あっ』
「えへ、えへへへ」
サラが楽しそうに笑う。
サラは思っていたより策略家だった。まんまと嵌められてしまった。
「えへ。えへへ。やっぱり、羽トカゲじゃなくて、ドラゴンなの?」
「ばれたら、しかたがない。そう……ドラゴンだ」『仕方ないのだ』
あたしとサラは話ながら、ロアのことを撫でる。クロも撫でている。
「りゃぃりゃい」
ロアは嬉しそうに、尻尾を揺らし、あたしたちの手に順番に頭を押しつけていた。
「サラね。ドラゴンを見たかったの」
「そっか。ぞんぶんにみるといい」
「うん! ありがと。かわいいねー」
「りゃ〜」
サラはロアを抱っこしてなで回す。
「しっぽふといねぇ」
「ドラゴンのしっぽのいちげきは、あらゆるものをはかいする」
「つめは、あまりするどくない?」
「せいちょうしたドラゴンのつめは、あらゆるえものをのがさない」
「きばも、はえてる。あかちゃんなのにねぇ?」
「ドラゴンのきばは、こんごうせきすらかみくだく」
あたしは「強い生き物図鑑」に載っていた解説をサラに教える。
何度も読んだので「強い生き物の図鑑」の竜の章はだいたい覚えているのだ。
「ロアは、前足があるドラゴンなんだね」
「そう。前足のないワイバーンではない。いや前足じゃなく、うでといったほうがいいかも」
「うでのあるドラゴン……」
竜はまず羽のあるなしで分けられる。
羽の竜を天竜、羽のない竜を地竜と呼ぶ。羽や手足の代わりにヒレのある竜は海竜だ。
ちなみに、湖や川に生息していても、湖竜や川竜ではなく、海竜と呼ぶらしい。
天竜と地竜は、それぞれ前足のあるなしで分けられる。
前足のない天竜をワイバーンと呼ぶことが多い。
そんなことを説明すると、サラは目を輝かせた。
「ルリアちゃん、すごい!」
「ふひひ。そう、すごい。ルリアのドラゴンちしきは、ちょっとしたものだ」
「すごいすごい」
何度も「強い生き物図鑑」を読んだ甲斐があった。
おかげで、姉としての、面目が立ったというものだ。
「ロアは、うでがあるから、ものをつかんだりできる」
ロアの腕は、単に走るための前足ではない。
あたしたちやキャロと同じように、色々と掴むことができる。
「すごいねぇ」
「りゃあ」
ロアはサラに撫でられて嬉しそうに尻尾を揺らした。