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93 水竜公その2

 友達になった水竜公は、嬉しそうに巨大な頭を押し付けて来る。

 その頭をサラと一緒に撫でながら尋ねた。


「すいりゅうこうは、なんでドロドロだったの?」

「話せばながくなるのだけど……きいてくれる?」

「いいよ。おしえて」


 水竜公はゆっくりと語り始めた。


「あれは、五百年前、いや千年前、もしかしたら二千年前だったかも」

「ほうほう? ずいぶんむかしだなぁ」


 大昔、ものすごく強力でな呪者が現れこの辺りに呪いを振りまいたことがあったという。

 この地の支配者である先代の水竜公は聖女とともに呪者を倒したが、呪いを払うことはできなかった。


「だから、我は呪いをその身に取り込み、湖底に呪いごと聖女に封じてもらったの」


 父を継いだばかりの水竜公が、犠牲になったのだという。

 聖女の封印のおかげで、この地は精霊の力あふれる土地となった。

 その一方、呪いは水竜公を蝕み続けた。


「……想像していたより本当につらかった。痛くて苦しくて……」


 数十年、百数十年なら、自分の支配するこの地に生きる者のためだと我慢できた。

 だが、それは終わらない。二百年、三百年、……気が遠くなるほどの年月が経った。


 幼かった水竜公も、長い年月をかけて成長した。

 それでも、辛さも苦しさも痛さも変わらない。


「どうして我がこんな目にあわなければならないんだって、思い始めて……」

「つらかったなぁ」「いいこいいこ」「わぅ」


 あたしとサラが撫でて、ダーウがペロペロ舐めると、水竜公はぽろぽろと涙を流した。


「えっ、えぐ……えぐ。ありがと」


 こうしていると、水竜公はまるで幼児みたいだ。

 幼い頃に封じられ、一人で過していたからかもしれない。


「だけど、突然封印にほころびができて……そのあと呪いも消えたの」

『あ〜どっちもルリア様の仕業なのだ』


 母がいる前でクロに返事をするわけにはいかないので、あたしは無言でクロを見た。


『ほら、水路から岩をどけたあと、ルリア様は結界を壊したのだ』


 クロは丁寧に説明してくれる。


『昔の聖女の結界を利用、いや悪用するかたちで精霊除けの結界を張った奴がいたのだ』


 精霊除けの結界が壊れたとき、聖女の結界にもひびが入ったのだいう。


『そして水竜公の呪いが消えたのは……ロア様の呪いを解いたときなのだ』


 悪い奴が水竜公の呪詛を、ロアを呪者化するのに利用していた。

 ロアの呪いを解いたとき、呪術的につながっている水竜公の呪いもついでに解けたのだという。


『ほら、守護獣たるロア様を呪者にするには、普通には無理で特別な力が必要なのだ』


 その特別な力が、古に封じられた水竜公の呪詛だった。

 気高き善なる存在である水竜公が、苦しみのあまり吐いた世界への呪詛。

 それは極めて強力な呪いとなった。


『我の呪詛がロアの呪者化に使われたのは間違いないと思う。本当にごめんなさい』


 水竜公は再び頭を下げた後、

『我の呪詛を利用されるところだった。我自身、呪者化するところでだった』


 そうなったら、 父の偉大な功績や、自分の長年耐えた結果が台無しになる。

 水竜公にとって、それは死よりも嫌なことだっただろう。


「ルリア様、どれだけ感謝の言葉を重ねても、我の感謝を伝えられないのである」


 水竜公は偉そうな口調になり、人の言葉でお礼を言うと改めて頭を下げる。


「いいよ。すいりゅうこうが、ぶじでよかったよ」

「サラ、そしてみんな。昨夜、雷を落として、びっくりさせてすまなかったのである」


 水竜公は、深々とサラと母、そして皆に向かって頭を下げた。


「壊れかけた封印とはいえ、古の聖女の結界ゆえ、雷を何度も落として壊すしかなかったのである」

「そっかー。たいへんだったなぁ」「がんばったね。いいこいいこ」「わぁぅわぁぅ」

「うん……えっえぐ……ふぐ……」


 また、水竜公は涙を流していた。

 やはり、先ほど、母に向かって怒鳴ったのは、それだけ追い詰められていたからだろう。


 孤独が怖いあまり、あたしとの繋がりにすがったのだ。

 だから、その繋がりを否定されそうになって、母に強い言葉を使ってしまったのだろう。


「ながいあいだ、がんばったなぁ。よしよし」「りゃあ〜」


 あたしがもし同じ立場でも、きっと泣いてしまうに違いない。

 あたしは水竜公を優しくぎゅっとした。ロアも一緒にぎゅっとしていた。



 水竜公はダーウにもぺろぺろ舐められて、慰められていた。

 しばらく経って、元気になった水竜公にあたしは言う。


「すいりゅうこう、おなかすいたな? いっしょにあさごはんをたべる?」

「へっへへ。ありがと。うれしい。でも我は大きいから遠慮する」

「そっかー」

「それに我がばらまいた穢れを浄化しないとだし」

「どういうこと?」

「えっとね。……昨夜なんだけど——」


 どうやら水竜公が言うには、封印から出た後、周囲を歩き回ったらしい。

 その際、腐った皮膚をボタボタ落としてしまったという。


「そっかー。たいへんだ。ルリアもてつだうよ」

「大丈夫。むずかしくないし。ありがと、ルリア様」


 そういって、水竜公は「えへへ」と笑った。


「……ルリア様。いい子にするから、また、すぐに遊びにきてよもよい?」

「いいよ。あ、でも、ルリアたちがここにいるのは明日までだ!」


 たちまち、水竜公の尻尾はしょんぼりした様子で垂れ下がる。


「もともと、ルリアたちは、おうとのほうにすんでいたからなー」

「…………そっちに遊びに行ってもよい?」

「よいよ? ともだちだからな!」


 あたしがそういうと、母が困ったような表情で言う。


「水竜公。親としてルリアを目立たせたくはないのです」

「ふむ?」

「水竜公はお体がとても立派なので、王都の屋敷にいらっしゃったら、騒ぎになります」

「……なるほどー?」

「騒ぎにならない方法を考えますので、王都屋敷を訪れるのは、しばしお待ちくださいますか?」

「わかったのである! アマーリアは頼りになるのであるな」

 水竜公の尻尾が、嬉しそうにぶんぶんと振られる。

 大きな尻尾が地面にバシンバシンと当たって、大きめの音が鳴った。


「サラもすいりゅうこうのともだちだよ」「わふわふ」「りゃ〜」「きゅ」「こ」

「ありがとうである。サラ、ダーウ、ロア、キャロ、コルコ」


 お礼を言った後恥ずかしそうに

「またぎゅっとしてくれる?」と言った。

「うん。してあげるよ」


 あたしとサラはまた水竜公をぎゅっと抱きしめた。


 それから、水竜公は何度も振り返りながら歩いて行った。


「お待ちを、水竜公様」

 そんな水竜公を従者が追いかけていく。


「どした? ルリア様の従者のものたち」

「そのお姿を見て怯える者もおりましょう、説明するために我らがどうこういたしましょう」

『あ、クロもはなしがあるのだ!』


 そんな水竜公に、クロも同行するらしい。

 クロなら、きっと細かくあたしの事情などを話してくれるに違いない。

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