目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

97 泥まみれになったダーウ

 無事に水竜公の名前が決まったので、あたしたちは探検を再開した。


「みずばをさがそう。探検ではみずのかくほがだいじだからなー」

「わふ〜?」


 ダーウが水たまりに前足をばちゃばちゃしながら、水場を見つけたとアピールする。


「それは泥だらけだからダメ」

「わふ!」


 ダーウは張り切って、泥だらけじゃない水場を探して走る。

あたしは慎重に、棒で地面を叩きながら、ぬかるんでいない場所を選んで歩く。


「サラちゃん。そっちはどろどろになる。こっち」

「わかった」


 あたしは右手で棒をふり、左手でサラの手を握って慎重に歩く。

 スイは、頭にコルコ、肩にキャロを乗せて、あたしたちの後ろを付いてくる。


「こるこ、おもたくない?」


 コルコはとても大きなにわとりなのだ。


「スイは竜だから平気なのである。ダーウものせられるぐらいである」

「すごい」

「わふ〜わふわふ」


 ダーウが後ろからスイの両肩に前足を置きに行く。

 スイのセリフを聞いて、ダーウは乗せて貰えると考えたらしい。


「ダーウ、むちゃいわないの!」

「わふ〜?」

「ダーウがスイちゃんの上にのったらみんなびっくりするでしょ!」

「わふ?」


 ダーウは首をかしげている。だが、想像してみたらわかる。

 華奢な少女にしかみえないスイが、巨大なダーウを頭の上に乗せていたらすごいことだ。


「ぐらぐらするでしょ!」

「わふ〜」


 ダーウは「しかたないなぁ」と言いながら、水場の探索に戻る。

 探索といっても、本気で探しているわけではない。庭を元気に走り回っているだけだ。


 ダーウは体が大きいので、必要な運動量も多いのだ。


「探さなくても、水場なら湖がみえているであろ?」

「そだね。そこまで安全にいくのが大変」


 あたしは棒でペシペシ落とし穴がないか確認して歩いて行った。


「スイは落とし穴なんて無いと思うのであるがなー」

「油断したらだめ!」

「そうであるかー?」


 スイがのんびりと話していると、

「きゃうん!」

 次の瞬間、駆け回っていたダーウが深い水たまりにはまって転ぶ。


 七割茶色かったダーウが、十割茶色くなった。


「りゃあ〜」

 あたしの頭の上に乗っているロアが目を覆っている。


「……ほんとに落とし穴があったのである」

「そう。ゆだんしたらダメ」

「ルリアちゃんすごい」


 スイとサラが尊敬の目であたしをみてくるので、誇らしい気持ちになった。

 とはいえ、本当の落とし穴ではない。


 泥濘が少し深くなっていただけだ。あたしの膝までの高さもないだろう。

 そんな些細な泥濘だからこそ、ダーウは油断して足を取られて転んだのだ。


「きゃうきゃう。ピー」


 ダーウは甘えた声を出しながら走ってくる。


「ダーウ。ゆだんたいてきなんだよ」

「ぴぃ〜。きゃんきゃぅ」


 ダーウが「痛い痛い」と言っているので、あたしは体を調べた。


「だいじょうぶ、怪我してないよ」

「……わふ。ぴぃ〜」


 びっくりして、甘えていただけらしい。

 撫でてといって、体を押しつけてくる。


「ダーウ、まって」

「わふ?」

「そのままだとあたしたちも泥だらけになるからな? あらいにいこう」

「わふ〜?」

「みずうみまでいくよ」

「わふっ!?」


 ダーウは、こんな季節に湖に入るなんて信じられないと言った表情を浮かべて走り始めた。


「まてまて〜」

「わふわふ〜」


 あたしは走ってダーウを追いかける。

 落とし穴を探っている余裕などない。結構本気で走った。


「りゃありゃありゃあ!」


 ロアが嬉しそうに羽をバサバサさせている。

 そのお陰で、後ろから風を受けるのと似た効果が発揮され、少しあたしの足が速くなった。

 だが、ダーウはやっぱり速かった。


「はぁはぁ……もうみえなくなった」

「りゃむ〜」

「ロア、今のよかった。今度練習しよう」

「りゃむ!」


 そこにゆっくり走ってきたスイが追いついてきた。


「ダーウは逃げたのであるな?」

 スイはサラちゃんを小脇に抱えて、追いかけてきてくれたのだ。


「春だもんね。ダーウも湖にはいりたくなかったのかも」


 スイに降ろされたサラちゃんがあたしの手を握る。


「そかも。でもよごれてたら、かあさまに怒られるかもだしなー」


 難しい問題である。


「ふむ? ならば、スイがお湯で洗ってやってもよいのである。魔法で」

「え? スイちゃんが?」

「うむ。魔法でパパッとな。スイは水竜公であるゆえ、水魔法は得意なのである」

「スイちゃん、かっこいい!」「すごい!」

「そうでも……あるのである」


 あたしとサラに褒められて、スイは嬉しそうに尻尾を振った。


「そうときまれば、ダーウを呼ぼう。ダーウ、でておいでー」

「ダーウ! スイちゃんがお湯で洗ってくれるって」


 あたしとサラが呼びかけながらダーウが駆けて行った方へと歩いていく。


「あ、ダーウいた!」


 しばらく歩いて、あたしたちはダーウを見つけた。

 泥だらけのダーウが、庭から離れた木々の隙間からこちらをじっと見つめていた。


「スイちゃんが、つめたい水じゃなくて、あったかいお湯であらってくれるって」

「わふ〜」


 だが、ダーウは動かずに、こっちに来てと鳴いていた。


「ダーウどした?」


 あたしたちが近づこうとすると、

「お嬢様、お待ちを」

 どこからともなく護衛の従者が現われた。


 従者は、ずっと隠れてあたしたちを見守ってくれていたようだ。


「それ以上は庭の範囲を超えております」

「そっかー。そかも。トマス、どのあたりまでいいの?」


 その従者の名前はトマスという。

 たしか、平民出身だが、父親は騎士の従士を務めていたらしい。


 とある剣術大会出優勝し、父に抜擢されたとても優秀な従者とのことだ。


「お嬢様。あの木までが庭の範囲でございます」

「そっかーわかった、ありがと!」


 あたしたちが許可されたのは庭で遊ぶことだけだ。


「ダーウ、こっちに来て! そっち行けないからね!」

「ぁぅ?」

「湖にいれないからあんしんして」

「わぁぅ」


 ダーウはそういうことならと、ゆっくり出てくる。


「……全身どろだらけですね」

 トマスもダーウの惨状を見て呆れていた。


「そなの。ちょっと、はしゃいじゃったみたい」

「今朝の散歩の時は、はしゃいでいなかったので、やはりお嬢様と一緒だと楽しいのでしょう」

「そかな?」


 今朝、ダーウは朝食前にトマスと一緒に散歩していたのだ。


「ルリア、サラ、見ているがよいのである。これがスイの力であるぞ!」


 そういって、スイはなにも無いところから水球を作り出す。


「おお〜さすがスイちゃん!」「スイちゃんすごい!」


 あたしとサラがそういうと、トマスも「見事なものですね」と感心していた。


「えへへ、だが、まだまだ、これからであるぞ」


 照れながらスイは魔法を操る。巨大な水球から湯気がでる。


「おお〜お湯になった」「あったかそう!」

「ダーウ、温度を確かめるがよいのである」

「わふ〜」


 ダーウは右前足でちょんと水球をつついた。


「ちょうどよいであろう?」

「わふ!」

「ではいくのである!」


 ダーウの全身が水球に包まれる。


「わふ〜〜」


 ダーウは気持ちよさそうだ。


「ダーウはお風呂がすきだものなー」


 お風呂が好きか嫌いかは、その犬によって異なるが、ダーウは基本的に風呂が好きなのだ。

 湖に入りたくなかったのは冷たすぎるからだ。


「ダーウ、頭を洗うから、目をつぶるのである」

「わふ〜ぶくぶくぶくぶくぶく」


 ダーウは目をつぶって、顔を覆われると、ぶくぶくして遊んでいた。

「これでよしなのである!」


 水球が消えると、そこには真っ白でモフモフなダーウがいた。


「スイちゃん、ありがと、あとでやりかたおしえて!」

「任せるのである」

「ダーウ、モフモフだー」


 サラにぎゅっと抱きつかれて、ダーウも嬉しそうに尻尾を振った。


「流石は水竜公ですね。良いものを見せていただきました」


 トマスも心から賞賛する。

「えへへー」


 そんなことを話していると、

『ルリア、森の中に知らない人がいるのだ!』

 突然クロが目の前に現われた。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?