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100 治療しよう

 呪いだと気づかれなければ、適切な治療を受けることはできない。

 あたしも呪いだと気づかなければ、怪我の治療や病気の治療をしただろう。

 そうなれば、一瞬良くなったように見えても。数時間後に悪化して死ぬ。

 そのときは、体の中に入ったうんちから腐り始めて、耐えがたい苦しみが襲うだろう。

 死んでも全身から悪臭を放ち続け、まともに埋葬してもらえるかもわからない。

 この患者を絶対に苦しめて、殺してやるという強い意志を感じる。

「だけど、もうだいじょうぶだからな? もうすこしだけまってな?」

「ぁ……ぁ……」

「ちょっといたいかもだけど、がまんしてな?」

「…………ぁ」

「サラちゃん、手を握ってあげて」

「うん」

 サラは患者の手をぎゅっと握る。

 すると患者はサラの顔を見て「ぁ……ぅ……」と呟いて涙をこぼした。

「……クロ、力をかして」

 あたしはトマスに聞こえないぐらい小さな声で囁く。

『……こうなったらしかたないのだ。まかせると良いのだ』

「ありがと」

 クロも人命がかかっていると理解しているので、すんなり協力してくれることになった。

「いくよ」

 あたしはまず解呪からすることにした。

 いままでは「えいっ」と気合いを入れたら解呪できたが、今回は体の奥の奥にある。

「あんしんしてな? あたしはこういうのとくいなの」

 あたしは五歳だが、ものすごく大量の患者を癒やしたという前世の経験がある。

 体の中をいじるのは得意なのだ。

 患者の魔力回路の奥の奥、隠された位置にある呪いの核を探り出して、

「えいっ」

 とクロから借りた力をぶつける。

「ぅ……ぐぅ……」

 解呪は成功したが、患者は苦しそうに口から黒い腐った悪臭のする血を吐いた。

 ここからは時間との勝負だ。

 だが、患者は苦しみのあまり痙攣する。

「サラちゃんおさえて! スイちゃんとタロとトマスもこっちきておさえて」

「うん!」「まかせるがよい」「わふ」「え? 何を?」

「いいから!」

「わ、わかりました! とにかく抑えます!」

 ビクンビクンと暴れる患者はサラの手に余る。

 サラちゃんが右手を握り、スイが肩を押さえる。

 タロの前足が足を押さえてくれて、トマスが胴体を押さえてやっと痙攣が治まる。

「ふうぅぅ」

 あたしは大急ぎで体内を浄化していく。

 傷を癒やし、汚染された血を浄化し、傷ついた内臓を癒やしていく。

 そのすべてを同時にやらなければいけないのだ。

 前世で沢山の患者を癒やしてきたが、その中でも一二を争うほど、今回の治療は難しい。

「ぬぬぬぅぅぅぅ!」

『頑張るのだ!』

「ふおおおおおぉぉぉぉ!」

 体の奥から癒やしていき、徐々に外側へと治療が進む。

 この前クロに教えてもらったのだが、あたしの魔法は魔力ではなく精霊力を使うらしい。

 その日から、あたしはクロから教えてもらった精霊力を使う訓練をしている。

「なんかちょうしがいい!」

 きっと訓練のお陰だろう。凄く難しい魔法なのに、うまくできている。

「ルリアちゃんがんばって!」

 サラに応援されて、あたしはますます頑張った。

「ふおおおおお!」

「おお! 腫れ物が消えていく!」

 抑えながら、トマスが叫んだ。

 最奥から始まった治療が、体表に達したのだ。

 患者の全身を覆っていた腫れ物が、すぅっと消えていく。

「ふう……これでおわり」

 これで、患者は大丈夫だ。しばらく休めば元気になるはずだ。

 ものすごく疲れた。

 あたしが大きく息を吐いて、ぺたんと後ろにお尻をつけると、

「ルリアちゃん、えらい。いいこいいこ」

 サラが頭を撫でてぎゅっとしてくれた。

「えへへ、ありがと」

『しばらくやすんだほうがいいのだ! 背が伸びなくなるのだ!』

 クロが怖いことを言う。

 今回ばかりは、あたしもしばらく大人しくしていなければなるまい。

 背が伸びなくなるのは困るからだ。

「ばうばう」「きゅ〜」「こっこ」

 ダーウ、キャロ、コルコも褒めてくれるし、

「りゃ〜」

 ロアはあたしの肩に乗ると、頭を撫でながらぎゅっと抱きしめてくれる。

 きっとロアはサラをみて、褒めるにはこうしたらいいと思ったのだろう。

「うむうむ。流石はルリアである。よいぞよいぞ」

 スイは気絶したままの患者を調べながら言った。

「あのね、トマス。あたしがしたことはないしょな?」

「……それはできぬ相談です。私は大公殿下の臣下ゆえ」

「そっかー、しかたないなー。でもとうさまとかあさま以外にはないしょな?」

「はい、それはもちろん」

 父と母に怒られるだろうが、仕方ない。

 人の命を救えたのだから、あたしが怒られるぐらいはなんてことは無い。

「サラも一緒にあやまるね!」

「ばうばう〜」

「ありがと、サラちゃん、ダーウ」

「スイもとりなしてやるのである! それよりルリア、サラ、きれいにしてやろう!」

 スイはそういって温かい水球を二つ作って、あたしたちをそれぞれ包み込む。

 いや、水球というよりもお湯球と言った方が良いのかもしれない。

「おおー。あったかい!」

「ふわあ! きもちい!」

「ほれほれ、髪の毛も洗うから目を瞑るが良いのである」

 あたしとサラが目を瞑ると、頭までしっかりお湯に包まれる。

「よし、これで終わりである」

 お湯球が消えると、あたしとサラの服も髪も、全部綺麗になっていた。

 そのうえ、しっかり乾いている。

「ありがと! スイちゃん」

「スイちゃんはすごいねえ。ありがと」

「へへへ。トマスとやらも綺麗になっておくがよい」

「お、おお! ありがとうございます! これは心地が良いですね」

「そうであろそうであろ」

 スイがトマスを綺麗にしている間、あたしは患者の様子を観察する。

 まだ気絶しているが、呼吸も安定しているし、辛そうでもない。

 しばらく休めば目を覚ますだろう。

「ふむ? こうしてみると……」

 できものが消えた患者の顔はどこか父に似ている気がしなくもない。

 今は目を閉じているが、目の色も父にそっくりだった。

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