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101 元気になった患者

 うんちを落としてよくみれば服も高そうだ。もしかしたら親戚の誰かかもしれない。

「よーし、トマスも綺麗になったのである!」

「ありがとうございます。水竜公」

 スイがトマスをお湯球で綺麗にし終わる頃には、

「ばうばう」「きゅぅ」「ここ」「りゃむ」「めえ」「ぶぼ」「もぅ」

 ダーウたちが、トマスの後ろに並んで洗ってもらうのを待っていた。

「しかたないのであるなー」

 スイは嬉しそうに尻尾を揺らしながら、ダーウ達も洗い始める。

「わふ〜」「きゅきゅ〜」「こ〜」「りゃあ〜」「めえ〜」「ぶぼ〜」「もぅ〜」

 ダーウたちも気持ちが良さそうだ。

「スイちゃんのお湯は、温度がちょうどよくてきもちいいよね」

「うん。すごくきもちがいい」

「まったくです」

 毛のないロア以外、洗われたダーウたちはモフモフになった。

「りゃあ〜」

 ロアは嬉しそうにヤギや猪、牛の毛に顔を埋めに行った。

「ルリアも——」

 うらやましくなったあたしも顔を埋めに行こうと思ったのだが、

「ルリア、どうする? こやつも洗っておくべきであるか?」

 スイに患者を洗うべきか尋ねられた。

「あ、そっか。そだね。まだちょっと臭いし……」

 患者の服は、治療の前にスイが綺麗にしてくれた。

 それにあたしとサラが一生懸命、皮膚に付いたうんちを拭ってある。

 しかもただ拭ったわけではなく、スイの綺麗な水を布につけて拭ったのだ。

 それでも、まだ臭い。皮膚にこびりついたうんちは根強かった。

「臭いだけならいいけど、きたないと体にわるいし、スイちゃん、おねがいできる?」

 それに不潔なままだと、ちょっとした傷から炎症をおこしたりする。

 治療前はちょっとしたことで死にそうなほど弱っていたが、今なら大丈夫だろう。

「任せるのである!」

 仰向けで横たわった患者の全身をお湯球が包む。

「目は瞑っているから……ルリア、鼻をつまんでやるといいのである」

「わかった!」

 あたしが患者の鼻をつまむと、顔もお湯球に包まれる。

「スイちゃんのこれ、ほんとうにすごいなぁ」

 お湯自体に浄化の魔法がかかっているので効果が高い。

 消毒薬と洗剤のいいとこ取りみたいな感じだ。しかも、目とか鼻に入っても染みない。

「ふふふ、もっと褒めると良いのである!」

「傷をきれいにするのにもつかえそう」

 全身を覆わなくても、傷口だけをこれで覆うだけでも、効果は高い。

「……ごぼ? ごぼぼぼ(む? ここは)」

「あ、目がさめた?」

 患者は目を開けて、混乱した様子で暴れかけ、

「大人しくするがよい。すぐに終わるゆえな」

 スイが宥めながら、お湯球を小さくしていく。

「これでよかろう。ルリアちゃん、どうだ?」

 患者の鼻をつまんでいた手を離すと、あたしはくんくんと患者の臭いを嗅ぐ。

「ん、大丈夫。もう臭くないよ」

「ふんふんふん」

 あたしの真似をしてくんくんしたタロも臭くないと言っていた。

 お湯球から出てきた元患者は、あたしを見て、自分を見て、もう一度あたしを見る。

「……治っている」

「うん。もうだいじょうぶだよ?」

「……ありがとう……ございます」

 元患者はゆっくりと丁寧にお礼を言った。

「よかった。あ、お腹すいてる? なにかたべものが……あったような」

「大丈夫です。ありがとうございます」

 元患者は何度もお礼を言う。

 物腰が柔らかくて、とても丁寧な人だった。

「お主、どういう経緯でここにきたのであるか? 呪われて肥だめに落ちたのか?」

「……よくわかりませぬ」

「呪われる心当たりはないのであるか?」

「……お恥ずかしながら、ありすぎてわかりませぬ」

「そっかー。お主も苦労しているのであるなー」

 スイはうんうんと頷いている。

「こんなところで、どしたの?」

 あたしとしては、湖畔の別邸の近くにやってきた理由を知りたかった。

 父か母に用事があったのかもしれないと思ったのだ。

「……えっと、少し道に迷ってしまって」

「なんと! おうちわかる? 一人でかえれる?」

「はい、ありがとうございます」

 あたしはじっと元患者の顔を見る。

 やはり、父に顔が似ている。特に優しそうな目がそっくりだ。

「あの、親戚に——」

「わふわふ!」

 そのときダーウが「誰かいる」と吠えた。

「ダーウ、誰がいるの? てきか?」

 あたしはそう言いながら、サラを背中に隠す。同時にスイとトマスが身構えた。

 数秒後、姿を現したのは商人ぽい格好の男二人だった。

「ああ、ご心配をおかけしました。私の迎えがきたようですです」

 元患者がそう言った。

「だいじょうぶ? 信用できるひと?」

 元患者は呪われて、肥だめに落とされ、こんなところに放置されたのだ。

 そのときに迎えに来ず、治ってから迎えに来るとは信用できるのか心配になった。

 元患者が迎えの二人をじっと見る。すると、二人は無言で跪いた。

「大丈夫なようです。ご心配をおかけしました」

「そっか、もし困ったことがあったら、いつでもルリアに……、いやとうさまに言うといい」

「はい、ありがとうございます。何から何まで……」

 そういうと、元患者はあたしの手を両手でぎゅっと握る。

「このご恩は一生忘れませぬ。ルリア様は命の恩人です」

「きにするな!」

 次に患者はサラの手を取り、同様にお礼を言った。

「サラはルリアちゃんを手伝っただけで……」

「いえ、なかなかできることではありませぬ。感謝を」

 続いてスイやトマスにも丁寧にお礼を言った。

「また、近いうちに。ありがとうございました」

「うん、げんきにな?」

「あの、ルリア様」

「どした?」

 元患者は真剣な目であたしをじっと見つめた。

「どうして私を助けてくださったのですか?」

「どうしてって」

「汚物にまみれた、ただの老人を、なぜ? 何の得もないではありませんか」

「うーん? りゆうなんてないけど……」

 元患者は、まだあたしを見つめ続けている。

 その目が真剣かつ必死すぎて、あたしも、なんとか説明した方が良い気がした。

「えっとだな。たとえば子犬が……」

「子犬が?」

「はしゃいだ子犬が、井戸に落ちかけたら、とっさにたすけるでしょ?」

 誰だってそうするはずだ。

 助けたら子犬の飼い主からお礼を貰えるかもとか考えず、咄嗟に手を伸ばすはずだ。

「…………」

 元患者は真剣に考えている。子犬はわかりにくかったかもしれない。

「子犬じゃなくてもいいよ。子猫とかあかちゃんでもいい」

 井戸に子猫が落ちかけていたら、赤ちゃんが落ちかけたら、咄嗟に手を出して助けるものだ。

「井戸じゃなくてがけでもいいけど。とにかくとっさに手がでるでしょ?」

「…………はい。…………その通りですね」

 元患者はどこかつきものが落ちたような表情になった。

「ありがとうございます。ルリア様。そして皆様」

 最後に笑顔で頭を下げると、元患者は二人の迎えと一緒に帰っていった。


「ルリアちゃん! 助けられて良かったね!」

「そだなー。でも……」

 あたしはちらりとトマスを見る。

「かあさまにおこられる」

「お嬢様。私も心苦しいのですが、怒られてください。非常に危ない行為でした」

「ごめん」

 そんなあたしを元気づけようとしたのか、スイがわしわしと頭を撫でてくれた。

「ルリアちゃんはえらいのである! スイも一緒に謝ってやるのであるぞ!」

「わふわふ!」「りゃあ〜」「きゅっきゅ」「こここ」

「うん、サラも一緒にあやまるね!」

 みんな一緒に謝ってくれるという。心強い限りだ。


 それから、あたしたちはヤギ、猪、牛を撫でまくる。

「めええ」「ぶぼぼ」「もお〜」

「せなかにのってほしいの?」

「めえ〜」

 あたしとロアとサラがヤギの背に乗り、トマスは猪の背に乗り、スイは牛の背に乗った。

 ダーウの背にはキャロとコルコが乗っている。

 そして、あたしたちはそのまま屋敷に向かって歩いて行った。

「ふわー、高いねえ」「りゃむりゃむ!」

 サラの尻尾がバサバサ揺れる。ロアが羽をバサバサさせて喜んでいる。

「サラちゃんは、たかいところ、怖くないの?」

「ちょっと怖いけど、楽しい! ルリアちゃんは?」

「あたしもたのしい!」

「めええ〜〜」

 ヤギが嬉しそうに鳴いた。

「ぶぼぼ」「もお〜」

「うん、今度はいのししと牛のせなかにものせてな?」

「ぶぼ」「も」

 森を抜けると、一気に視界が開ける。

 ヤギの背は高いので、いつもとは見え方が全然違う。

「ふわ〜。湖が綺麗だねー」

「ほんとにね!」

 湖面が日の光を反射してきらきらしていた。

 強めの涼しい風もとても気持ちが良い。

 あたしはヤギの背の上で立ち上がって、腕を組む。

「ルリアちゃん? どうしたの?」

「ん? かっこいいポーズ」

 猪の背に乗ったトマスが慌てる。

「お嬢様! 危のうございます!」

「トマス、案じなくても良いのである! 落ちたらスイが助けるゆえな?」

「本当におねがいしますよ。水竜公」

 そんな声を聞きながら少し気になった。

 あの患者は、一体誰なんだろう。なんで、あそこにいたのだろう。

 そもそも、あの呪いは何だろうか。

「うーん、わからないな?」

 考えてもわからないことは、仕方ないので後回しにすることにした。


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