湖畔の別邸に戻ったあたしとサラは、送ってくれたヤギたちにお礼を言った。
沢山モフモフしてから、大人しく部屋に戻る。
部屋に入ると、あたしは息を殺して、目立たないように、布団の中に潜った。
「りゃむ?」
ロアを抱っこして布団の中で丸くなる。
「…………ルリアちゃん? どしたの? ねむい?」
サラがもぞもぞと布団の中に入ってくる。
「ばう?」
ダーウも鼻の先を布団の中につっこんできた。
一方、キャロとコルコは部屋の中を歩き回っている。
きっと、悪い奴が来ないか、見張ってくれているのだ。
「スイも眠るのである!」
スイは眠る気満々らしく、布団の中に入ると、仰向けになって目をつぶる。
「ルリア、だっこして欲しいのである!」
「しかたないなー」
あたしは、スイをぎゅっと抱きしめる。
「りゃむ」
ロアは、スイの顔にひしっと抱き付いた。あれでは前がみえないだろう。
「ロアのお腹はいい匂いがするのである! すーはーすーはー」
「りゃっりゃ」
くすぐったそうに、そして楽しそうにロアが尻尾を揺らす。
スイとロアが楽しそうで良かった。
ロアは赤ちゃんなので、誰かにくっついて眠りがたがる。
スイは赤ちゃんではないが、長い間一人で寂しかったから抱っこして欲しがるのだ。
スイに抱きつくあたしをみて、サラもスイに抱きついた。
「えへへ、あったかいのである。ミアも我を抱っこしてくれるであるか?」
サラが持っている棒人形ミアを、スイは優しく撫でた。
「わふ」
ダーウも鼻をスイにくっつけている。
あたしは、そんなダーウの鼻先を撫でた。
「ルリアちゃん。サラ、眠くないかも」
「あたしも、実はねむくはない。だけど、ねているふりをする」
「どして?」
「…………いまごろ、かあさまに、トマスがほうこくしてる」
「あ!」
「ほうこくを聞いたかあさまは激怒するにちがいない」
そして、激怒した母はこの部屋へとやってくるだろう。
「そのとき、あたしはねてるってわけ」
寝ているあたしをみて、母は起きてから叱ろうと考えるに違いない。
そして時間が経てば、怒りも多少収まるはずなのだ。
「ほぉ〜。ルリアちゃんあたまいい」
「ふひひ。あたまいいでしょ」
「でも、激怒してたら、おこされない?」
「…………その可能性はある。そのときはねぼけたふりをする?」
「よけいおこられないかな?」
そんなことを話していると、
「すー……すー……」「りゃ〜……りゃ〜……」
スイとロアが寝息を立て始めた。スイは仰向けで顔にロアを乗っけたままだ。
「……ほんとに寝た。眠かったのかな?」
「そうかも」
「……息くるしくないのかな? ルリアちゃん、ロアをどかしたほうがいい?」
「スイちゃんは、竜だからだいじょうぶだよ。たぶん」
ロアは赤ちゃんだから、大きなあたしたちよりも、沢山寝る。
ということは、もしかしたら、スイも赤ちゃんだったのかもしれない。
そのとき、布団の中に、クロがやってきて明るくなった。
「あ、せいれいさん? このあかるさは、クロ?」
「そう。さすがサラ」
スイとロアを起こさないように、あたしたちは小さな声で会話する。
サラは精霊の姿がぼんやりとだが見ることができるのだ。
精霊はそれぞれ明るさが違うので、クロを見分けることが出来たのだろう。
精霊王であるクロは、特に輝きが強いので見分けやすい。
「クロ、いいこいいこ」
『ふへへ……って、和んでいる場合じゃないのだ!』
サラに撫でられて一瞬嬉しくなったクロは、慌てたように顔を引き締める。
「クロ、どした?」
『どした? じゃないのだ! 魔法は体に良くないからダメって言ったのだ!』
「でも、あの人、あのままだと死んじゃったよ?」
スイとロアは、精霊の声を聞くことができる。
だから、クロはスイとロアを起こさないよう、小さな声で話してくれていた。
「……?」
クロの声が聞こえないはサラは首をかしげる。
サラには、あたしが独り言を言っているようにみえるだろう。
『背が伸びなくなるのだ!』
「それはこまるけど……。クロ。いっておくことがある」
『なんなのだ?』
「あたしはたすけられるなら、たすける。それで背が伸びなくてもしかたがない」
人命には替えられない。
世界中の人を助けるのは無理だけど、目の前にいる人は助けたい。
『かあさまに怒られるのだ。それをルリア様は忘れているのだ』
「忘れてないよ? かあさまはこわいけど、しかたない」
クロは首をゆっくりと振った。
『ちがうのだ。ルリア様だけじゃなく、トマスも怒られるのだ』
「なんで?」
『ルリア様を止められなかったからなのだ』
「あっ、そうかも」
確かに、あたしを危険なことに近づけないのも従者の仕事だ。
となると、トマスが正直に報告したら、あたしだけでなく、トマスもすごく怒られる。
それでも、トマスはきっと正直に報告してしまうのだろう。
あたしが悪いのに、トマスは、あたしのせいにしないかもしれない。
『ルリア様は叱られるだけなのだ。それで家を追い出されたりしないのだ』
「うん」
夜ご飯抜きにされたり、お尻を叩かれるかもしれない。それはすごく怖い。
怖いが、母も父も「うちの子じゃありません!」と追い出したりはしないと思う。
『でも、もしかしたら、トマスは首になるかもなのだ』
「ク、クビ!」
あたしの声にサラもびっくりして目を見開いた。棒人形ミアを抱く手が強くなる。
『……首にならなくても、左遷。いや少なくとも配置換えは避けられないのだ』
あたしを止められなかった。つまり、職務を果たせなかった。
ならば、別の部署に回すというのは、ありそうだ。
「まずいね」
『そう、まずいのだ。ルリア様の勝手な振る舞いは多くの人に影響を与えるのだ』
クロの言うとおりだ。
父は国王の息子でもある大貴族。その娘であるあたしのふるまいも沢山の人に影響を与える。
その自覚が足りなかった。
「こうしちゃいられない!」
「るりあちゃん?」「りゃ?」
「かあさまのところにいく!」
あたしは、スイの顔に抱きつくロアを撫でると、布団から飛び出した。
「怒られるから寝たふりするんじゃないの?」
「トマスが怒られる。あたしがしょうげんしないとまずい」
「サラも行く!」
「サラちゃんはまってて! 怒られるのはルリアだけで言い」
サラはぶんぶんと首を振る。
「一人より二人の方が信用されるから」
「そっか。そうかも。ごめんね?」
「いいよ!」
そのまま部屋を出ようとしたとき、サラが足を止めた。
「スイちゃんが起きたら寂しがるから、ミアを抱っこさせておいてあげよう」
「そだね、コッコとキャロ。スイちゃんとロアをおねがい」
「ここ」「きゅ」
「すー……すー……」「りゃむ〜」
寝息を立てるスイに、ミアを抱かせて、コルコとキャロを部屋に残すことにする。
「……ダーウも部屋にのこるといい。でも、スイちゃんとロアが寝ているからな?」
大人しくしていろと言い含める。
「きゅーんきゅーん」
ダーウは怒られることがわかっているのか、あたしの方を見て、悲しそうに鳴いていた。
だが、部屋を出ると、ダーウも付いてくる。
「ダーウ。怖いなら部屋にのこっていていいんだよ?」
「きゅぅ〜」
そういっているのに、ダーウは付いてくる。
「そっか、ありがとうな。ダーウ」
「きゅーん」
あたしはダーウをわしわし撫でた。
屋敷の中とはいえ、あたしが悪い奴に襲われないとも限らない。
実際、あたしは生まれたばかりの頃、屋敷の中で襲われたこともある。
だから、ダーウは守るために付いてきてくれるのだろう。
「でも、こわがらなくていい。おこられるのはルリアだからな?」
ダーウを撫でてから、あたしはサラと手をつないで母がいる部屋へと走って行った。
「いくよ?」
「うん」
あたしは母がいるはずの書斎の扉を力一杯叩いた。