「かあさま! はなしがある!」
「……ドアはしずかに叩きなさい。入っていいわよ」
「はい!」
あたしとサラはダーウたちと一緒に部屋の中に入る。
部屋の中には母の他にマリオン、侍女、そしてトマスと従者筆頭がいた。
母は執務机の向こうに座り、手前にある長椅子にはマリオンと侍女が座っている。
そしてトマスと従者筆頭は、長椅子の手前で立っていた。
「おお、いっぱいいる」
トマスと従者筆頭が横に動いて、あたしたちを通してくれる。
「……ルリアのことを呼ぼうと思っていたからちょうど良いわ」
きっと怒られるのだろう。とはいえ、あたしは堂々としておくことにした。
「ルリア、話って何かしら?」
「えっと、トマスは悪くなくて……えっと」
「お嬢様……」
トマスが泣きそうな表情を浮かべた。
きっと、ものすごく怒られていたに違いない。
「トマス、ごめんな? かあさま、ルリアがわるい。トマスはわるくない」
「……ルリア。まず説明しなさい。何があったの?」
「えっとだな、何からはなせばいいか——」
あたしが少し言葉に詰まると、
「ぴぃ〜」
ダーウがあたしと母の間で仰向けになって鼻を鳴らす。
「ダーウは、なにも悪いことしてないから、あやまらなくていい」
「ぴぃ〜〜」
ダーウはあたしのかわりに謝っているのだ。
「かあさま、ダーウはわるくない」
「わかっているわ。ダーウ、こちらにいらっしゃい」
「きゅーん」
ダーウは母の執務机に顎を乗せにいく。
そんなダーウの頭を母は撫でた。
「ルリア。正直に全て話なさい」
「まず、ヤギが森で人が倒れているって言ってるって、スイちゃんが教えてくれて——」
「スイちゃん?」
「すいりゅうこうのことだよ」
あたしが精霊を見ることができたり、話せたりすることは、母にも内緒にしている。
だから、ヤギとスイが教えてくれたことにした。
「それでヤギのあとに付いていったら、おじいさんが倒れていて……」
「それで?」
「えっとー。死にそうだったからなおした?」
「……………………」
母はしばらく無言になったあと、トマスを見た。
「その老人は、どのような状態でしたか? もう一度報告してください」
「はい。汚物にまみれており、全身が腫れ物に覆われておりました」
「一刻を争うように見えましたか?」
「はい。なぜ生きているのか不思議だと、私は思いました」
母はトマスの報告を聞いてゆっくり頷くと、あたしを見る。
「ルリア。それであっている?」
「あってる。ほおっておいたら死ぬとおもった。だから時間がなかったの」
一応やむを得ないことだったとアピールしておく。
「起きたことは理解しました。……ルリア」
母は私をじっと睨むように見つめた。
「あ、あの、おばさま! サラがわるいんです。ルリアちゃんはわるくないです!」
「きゅーんきゅーん」
サラとダーウが慌てて取りなしてくれた。
ダーウはまた床に仰向けになっている。だが、それでは母から姿が見えない。
「サラ。奥方様になんて呼び方! 失礼です。弁えなさい」
マリオンが慌てるが、母は笑顔だ。
「いいの、マリオン。私がそう呼びなさいっていったのよ」
「かあさま。もちろん、あたしがぜんぶわるい。サラちゃんもダーウもわるくない」
「そうね。サラもダーウも悪くないわね」
母は、少し微笑んだように見えた。
「ルリア。まだ聞かなければならないことがありますが、その前に叱らなければなりません」
「はい」
「ですが、ルリア。何が悪かったか、わかっているかしら?」
「えっと、森に入ったこと?」
「それも悪いわね。庭で遊んでもいいとは言ったけど、森に入っていいとは言わなかったわ」
「あい」
「しかもサラちゃんを連れていったわね? それはもっといけないことよ。わかるかしら?」
「サラちゃんもあぶないから?」
「あの、ルリアちゃんは付いてくるなっていったけど、サラがかってに付いていったの!」
「本当?」
「ちがう。あたしはサラちゃんが危ないことをわすれてた」
倒れている人を助けることしか考えていなかった。
「そう。それにトマスの制止を振り切ったのも良くないわ、ダーウに抑えさせたそうね?」
「ごめんなさい」
「従者の方たちは、ルリアとサラを守るためにいるの。指示には従わないといけないわ」
「あい」
母はあたしの目をじっと見ると立ち上がって、こちらに歩いてくる。
「ルリア」
「ぴぃ〜〜〜」
仰向けに転がっていたダーウが慌てたように歩いてきてあたしの前に転がり直す。
「ぴぃ〜〜ぴぃ〜」
そんなダーウをチラリと見ると、母はあたしの前に立った。
「ルリア」
あたしは叩かれることを覚悟して、目をつぶる。
ダーウが許しを請うて「ぴぃぴぃ」鳴く声が部屋に響く。
「よくがんばりました」
母にぎゅっと抱きしめられた。