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104 母への弁明

「かあさま! はなしがある!」

「……ドアはしずかに叩きなさい。入っていいわよ」

「はい!」

 あたしとサラはダーウたちと一緒に部屋の中に入る。

 部屋の中には母の他にマリオン、侍女、そしてトマスと従者筆頭がいた。

 母は執務机の向こうに座り、手前にある長椅子にはマリオンと侍女が座っている。

 そしてトマスと従者筆頭は、長椅子の手前で立っていた。

「おお、いっぱいいる」

 トマスと従者筆頭が横に動いて、あたしたちを通してくれる。

「……ルリアのことを呼ぼうと思っていたからちょうど良いわ」

 きっと怒られるのだろう。とはいえ、あたしは堂々としておくことにした。

「ルリア、話って何かしら?」

「えっと、トマスは悪くなくて……えっと」

「お嬢様……」

 トマスが泣きそうな表情を浮かべた。

 きっと、ものすごく怒られていたに違いない。

「トマス、ごめんな? かあさま、ルリアがわるい。トマスはわるくない」

「……ルリア。まず説明しなさい。何があったの?」

「えっとだな、何からはなせばいいか——」

 あたしが少し言葉に詰まると、

「ぴぃ〜」

 ダーウがあたしと母の間で仰向けになって鼻を鳴らす。

「ダーウは、なにも悪いことしてないから、あやまらなくていい」

「ぴぃ〜〜」

 ダーウはあたしのかわりに謝っているのだ。

「かあさま、ダーウはわるくない」

「わかっているわ。ダーウ、こちらにいらっしゃい」

「きゅーん」

 ダーウは母の執務机に顎を乗せにいく。

 そんなダーウの頭を母は撫でた。

「ルリア。正直に全て話なさい」

「まず、ヤギが森で人が倒れているって言ってるって、スイちゃんが教えてくれて——」

「スイちゃん?」

「すいりゅうこうのことだよ」

 あたしが精霊を見ることができたり、話せたりすることは、母にも内緒にしている。

 だから、ヤギとスイが教えてくれたことにした。

「それでヤギのあとに付いていったら、おじいさんが倒れていて……」

「それで?」

「えっとー。死にそうだったからなおした?」

「……………………」

 母はしばらく無言になったあと、トマスを見た。

「その老人は、どのような状態でしたか? もう一度報告してください」

「はい。汚物にまみれており、全身が腫れ物に覆われておりました」

「一刻を争うように見えましたか?」

「はい。なぜ生きているのか不思議だと、私は思いました」

 母はトマスの報告を聞いてゆっくり頷くと、あたしを見る。

「ルリア。それであっている?」

「あってる。ほおっておいたら死ぬとおもった。だから時間がなかったの」

 一応やむを得ないことだったとアピールしておく。

「起きたことは理解しました。……ルリア」

 母は私をじっと睨むように見つめた。

「あ、あの、おばさま! サラがわるいんです。ルリアちゃんはわるくないです!」

「きゅーんきゅーん」

 サラとダーウが慌てて取りなしてくれた。

 ダーウはまた床に仰向けになっている。だが、それでは母から姿が見えない。

「サラ。奥方様になんて呼び方! 失礼です。弁えなさい」

 マリオンが慌てるが、母は笑顔だ。

「いいの、マリオン。私がそう呼びなさいっていったのよ」

「かあさま。もちろん、あたしがぜんぶわるい。サラちゃんもダーウもわるくない」

「そうね。サラもダーウも悪くないわね」

 母は、少し微笑んだように見えた。

「ルリア。まだ聞かなければならないことがありますが、その前に叱らなければなりません」

「はい」

「ですが、ルリア。何が悪かったか、わかっているかしら?」

「えっと、森に入ったこと?」

「それも悪いわね。庭で遊んでもいいとは言ったけど、森に入っていいとは言わなかったわ」

「あい」

「しかもサラちゃんを連れていったわね? それはもっといけないことよ。わかるかしら?」

「サラちゃんもあぶないから?」

「あの、ルリアちゃんは付いてくるなっていったけど、サラがかってに付いていったの!」

「本当?」

「ちがう。あたしはサラちゃんが危ないことをわすれてた」

 倒れている人を助けることしか考えていなかった。

「そう。それにトマスの制止を振り切ったのも良くないわ、ダーウに抑えさせたそうね?」

「ごめんなさい」

「従者の方たちは、ルリアとサラを守るためにいるの。指示には従わないといけないわ」

「あい」

 母はあたしの目をじっと見ると立ち上がって、こちらに歩いてくる。

「ルリア」

「ぴぃ〜〜〜」

 仰向けに転がっていたダーウが慌てたように歩いてきてあたしの前に転がり直す。

「ぴぃ〜〜ぴぃ〜」

 そんなダーウをチラリと見ると、母はあたしの前に立った。

「ルリア」

 あたしは叩かれることを覚悟して、目をつぶる。

 ダーウが許しを請うて「ぴぃぴぃ」鳴く声が部屋に響く。

「よくがんばりました」

 母にぎゅっと抱きしめられた。


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