あたしたちが田舎に行くのは一週間後に決まった。
それまでの間、あたしたちは遊ぶことしかできない。
五歳児なので、難しいいろいろを手伝えないのは仕方のないことだった。
あたしとサラは忘れずに馬の図鑑を読んで、馬の勉強をしておいた。
出発の二日前のこと。
庭で走り回っていたあたしたちが休憩したときに、サラが言う。
「ルリアちゃん、準備しないでいいの?」
「もう、かんぺき。サラちゃんは?」
「すごい! サラはまだまだだよ。でも、ルリアちゃん、準備ってなにしたの?」
サラにはあたしが準備しているようには見えなかったらしい。
「まず、鳥たちに挨拶した」
「してたね。ヤギさんたちにも挨拶してたね」
引っ越しの挨拶というのは大切な準備の一つだ。
「ヤギたちは、でっかくて目立つから、これないかもだけど……」
鳥たちは来てくれる可能性がある。だから、行き先については丁寧に説明しておいた。
「ルリアちゃん、荷物は?」
「ルリアの荷物は、木剣とかっこいい棒ぐらいしかないからな?」
「わふわふ」
ダーウもお気に入りの棒を持って行くつもりらしい。
ちなみに着替えとかは侍女がちゃんと準備してくれると聞いている。
そもそも、持って行かなくても向こう側にも準備してあると言っていた。
「なんか、もう侍女と従者が十人ぐらい、向こうに行って準備してるんだって」
「すごいねー。お屋敷のおそうじとかしてるのかな?」
「うん。きっとおそうじしているよ。がんこでやっかいなわるい汚れを……な?」
サラは気づいていないが、汚れは汚れでも、汚職的な汚れだ。
先代の男爵、つまりサラの父は悪いやつだった。
マリオンを呪って殺そうとし、サラをいじめていたのだ。
先々代から使える忠義者の家臣の首にして、自分の息のかかった者を雇い入れた。
だからこそ、マリオンやサラにひどいことをしても止める家臣がいなかったのだ。
悪い家臣達が集まれば、当然不正がはびこることになる。
「きっと、かあさまとマリオンが、お掃除をがんばったんだな?」
「掃除するために、ママは先に行ったんだね」
マリオンは三日前に出立済みだ。
今、父は王宮の騒ぎの後始末の手伝いでめちゃくちゃ忙しいらしい。
だから、男爵領の後始末は母とマリオンがやっているのだと思う。
母は大公家の領地の経営も担っているので、寝る間もないかもしれない。
今朝見たら、母を手伝う兄も、疲れ果てた表情をしていた。
「きぞくってのは、大変なのだなぁ」
王都では母が、領地ではマリオンが忙しく働いている。
詳しいことは、五歳児のあたしには教えてくれないのだが、きっとそうだろう。
「今、やっている掃除は、しあげかもしれない」
きっと確認作業だ。悪いやつがいないか見逃しがないか。徹底的に調べているのだ。
マリオンはきっと大変に違いない。
「サラちゃん」
「どしたの?」
「向こうに行ったら、しばらくおとなしくしよう」
「え? ルリアちゃん、おとなしくできるの?」
「できる」
きっとマリオンは疲れ果てているはず。
「自分のことは自分でしよう」
侍女がいるとはいえ、その方がいいに違いない。
「うん。湖畔の別邸のときとおなじだね?」
「そだな。あ、スイちゃんも、ダーウ、キャロ、コルコもだよ」
あたしがそういうと、
「呼んだのであるか?」「ばう?」「きゅ?」
一心不乱に庭に穴を掘っていたスイ、ダーウ、キャロが顔を上げる。
コルコはスイ達が穴を掘っているのをおとなしく見守っていた。
きっと掘りすぎないように、見張っていてくれたのだろう。
「りゃ?」
少し遅れてロアが穴から出てきた。どうやら一緒に穴を掘っていたらしい。
全員泥だらけだ。
もし、向こうに行って同じようなことをして泥だらけになったら、マリオンが大変だ。
だから、あたしはスイ達に言う。
「向こうに行ったら、しばらくおとなしくしよう」
「わかったのである」「ばうばう」
「自分のことは自分でしよう」
「当然なのである」「わふ〜」
「泥だらけになったら?」
「自分できれいにするのである」「わふ」
「掘った穴は?」
「ちゃんと埋め直すのである」「ばう」
スイもダーウも任せろとばかりに胸を張っている。
この調子ならば、きっと大丈夫だろう。
「りゃ〜?」
ロアが自分も何かしないといけないと思ったのか不安そうに鳴いた。
「ロアは赤ちゃんだから、なにもしなくていいよ?」
「りゃむ」
「赤ちゃんなのに、なにかしようとしてえらいな」
あたしはロアのことをぎゅっと抱きしめた。
「さっそく、みんなをきれいにするのである! 並ぶのである!」
スイはダーウ達を並ばせると、大きなお湯の球を出してきれいにしていく。
「さすがスイちゃん。どろんこになってもなんともない」
「えへへ〜」
あたしが褒めると、スイはうれしそうに照れて尻尾を揺らす。
「ルリアもスイちゃんぐらい魔法がつかえたらなぁ」
多分今でも、やろうと思えばできると思う。
だが、背が伸びなくなるのだ。
「ううむ。なやましい」
あたしが自分の身長について悩んでいると、サラが不安そうに言う。
「スイちゃん、こんなに穴を掘って、庭師の人がびっくりするよ?」
「このあたりなら、穴掘っていいって言われたのだ」
「そうなんだ。なら安心だね」
サラは安心しているが、庭師もこんなに大きな穴を掘られるとは思っていなかったに違いない。
あとで埋め直すのを手伝わなければならないだろう。
「ところで、スイちゃん、ダーウとキャロとコルコも、持っていくものとか用意した?」
あたしが尋ねると、
「スイは、持ってくもの何もないのである」「きゅきゅ」「ここぅ」
キャロとコルコももっていく物はないらしい。
「ばう〜」
「うん。ダーウは棒を持って行くんだものな」
ダーウは一昨日から、あたしの木剣とかっこいい棒の横に大切な棒を置いている。
あたしが、精霊力を抑える練習で木剣を振るとき、ダーウも一緒に棒を振るのだ。
それだけでなく、毎晩寝る前には棒の匂いを嗅いでいる。
ダーウの宝物に違いない。
忘れたら、ダーウが悲しむので忘れないようにしないといけないと思う。