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151 道中一日目

 遊んで暮らしている間に、サラの領地へと出発する日がやってきた。

 馬車に乗るのは、あたし、サラ、姉と、ロアとキャロとコルコ、ミアに、侍女一人だ。


 姉と侍女には見えないし、口を全く開かないが、精霊王のクロもしっかり乗ってくれている。


 その馬車を、馬に乗った二十人の従者が護衛してくれていた。

 大所帯だ。

 父のあたし達を守ろうという強い意思が伝わってくる。


 ダーウはでかいので、馬車の隣を走ることになっている。


 馬車に乗り込むあたしたちを、父と母、それに兄が見送ってくれた。


 父も母も兄も、あたし達を順番に抱きしめてくれる。


「道中、気をつけるんだよ」

「ルリア、サラ。リディアの言うことをよく聞くのよ?」

「楽しんでおいで」


 スイは母にぎゅっと抱きしめられて、うれしそうにしていた。


 そうして、父、母、兄に優しい言葉をかけられて、あたし達は出発したのだった。


「馬もなかなかやるのである! まあスイの方が速いが?」


 スイは、楽しそうに馬車の中から外を眺めている。


「ダーウは、だいじょうぶかな」


 あたしは馬車に並走しているダーウのことが心配だった。

 馬車の中に積んであるダーウのかっこいい棒をぎゅっと握る。


「楽しそうに走ってるよ?」

「…………」


 サラがそういうと、サラに抱っこされたミアも無言でうんうんと頷いた。


「でも、二泊三日はながい」


 何があってもおかしくはないのだ。


 あたしは心配なので、休憩のたびにダーウのことを撫でまくった。

 怪我や調子の悪いところがないか調べるためだ。


「ダーウ、いたいところはないか?」

「わわぅふぅ」

「ない? でも、無理しなようにな? なにかあったらすぐに言ってな?」

「ばう」


 あたしの心配をよそにダーウは元気に走って行く。


「あ、水飲むであるか? 喉が渇いたらいつでもいうのだ!」


 スイは張り切っているようだ。ふんすふんすと鼻息があらい。


「スイちゃんの水はおいしいものな!」

「うむ!」


 その日の夕方、あたしたちは宿泊予定の大きめの街に入った。

 泊まる場所は宿屋ではなく、代官所である。


 代官所には、代官、つまり父に任命された行政官が常駐しているのだ。

 父や兄が視察に来るときに泊まるので宿泊設備も整っている。


 代官はあたしたちを宿泊部屋に案内する際に、申し訳なさそうに言う。


「姫様方をお泊めするには、不十分な施設でございますが……」

「父上も兄上も泊まる部屋なのでしょう? 問題ありません。ありがとうございます」


 姉が笑顔でそう返すと、代官はほっとした様子を見せていた。

 きっと、姫君に無茶なわがままを言われるかもと警戒していたのだろう。 


 わがままを直すために、父が送り込んだという噂が流れていたのかもしれない。

 おそらく風呂が狭いとか、料理がまずいとかいろいろ言われる覚悟をしていたのだろう。


 部屋に入り、代官が去ると、侍女が言う。


「なんというか、シンプルなお部屋ですね」


 部屋の中には調度品はなく、小さな寝台が人数分三台並べられている。

 あたしとさらで一台、姉と侍女がそれぞれ一台だろう。


 その寝台もいつも使っている物より小さかった。

 だが、キャロ達と一緒に眠るには充分だ。あたしもサラもキャロ達も体は小さいのだ。


「でも、部屋はひろいな? ダーウ、入れてよかったな?」

「わふ」


 代官所に入ってから、ずっとダーウはあたしにぴったりくっついている。

 休憩時以外、あたしと離れていたから、寂しいのだ。


「なんで、こんなに部屋が広いのである?」

「それはね。父上が執務をするためよ」


 スイの問いに姉が答えた。


「執務? そんなの机があればできるのである」

「通常時はそうだけど、災害時はそうもいかないわ」


 そういうと、姉はあたしとサラを見て、語りはじめた。


 災害時は、この場所に大きな机を置いて、指揮を執るのだという。

 大勢の家臣が出入りすることになる。

 そんななか、父も家臣達と一緒に仮眠もこの場でとるのだ。


「ベッドが足りなくなるから、お父様も床に寝ることもあるそうよ」

「ほえー、そうなんだ」

「そう、それが領主の勤め。災害時に指揮が遅れればそれだけ民の生活が大変になるの」


 生活だけでなく、命が失われることもある。


「そっかー、大変なんだな。ね、サラちゃん」

「うん。大変だね」


 姉は何も言わずに、あたしとサラの頭を撫でてくれた。

 きっと、姉は将来領主となるサラに、領主とは何か教えようとしてくれているのだ。


 父から、そうするように姉が頼まれたのだろう。


 あたしの推測が正しかったと裏づけるように、食事も質素な物だった。

 代官は同席せず、あたし達だけでご飯を食べる。


「災害時だけでなく、視察時にはお父様はこういうものを食べるらしいわ」

「へー、なんで?」

「この街の民がよく食べるものを食べるらしいの」

「なるほどなー。サラちゃんおいしい?」

「おいしい」


 一日中走っていたダーウは、ご飯をたくさん食べてうれしそうにしていた。


 ご飯を食べると部屋に戻り、スイにきれいにしてもらった。

 スイの水魔法は、本当に旅に最適だった。


「スイがいると旅も快適ね!」

「ふふん、任せるとよいのである」


 あたしは寝る前に、ダーウのことを撫でて、マッサージする。

 ダーウはあたしに撫でられながら自分とあたしのかっこいい棒の匂いを嗅いでいた。


「ダーウ、痛いところはない?」

「わふ〜」

「そっか、無理はしないでな?」


 一日中ダーウは馬車に並走していた。

 馬車を曳く馬は、何度か交替したが、ダーウは走り詰めなのだ。


 いざというときは、治癒魔法を使おう。

 そう心に決めた。

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