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160 乗馬用の馬小屋

 昼ご飯とおやつを食べて、しばらくゆっくりした後、あたし達は馬小屋へと向かう。

 サラの屋敷には、馬小屋が複数あるらしい。


「馬車用のうまごやと、来客用のうまごやと……」

「そして、今から向かう乗馬用の馬小屋です」


 来客用の馬小屋を分けるのはわかる。

 来客用の馬は餌が異なる場合もあるし、知らない馬同士一緒にしたら喧嘩するかもしれない。


 それに、トマス達のように、自分で自分の馬の世話をする客もいる。

 だから、馬小屋を分けているのだろう。


「馬車用と乗馬用って、どうちがう?」 

「品種が違います。馬車用は力重視ですし、乗馬用は速さ重視です」

「そうだったのか」

「それに軍馬ではない乗馬用の馬は気性が大人しく従順であることも大事です」

「なるほど。ルリアみたいな初心者ものるものな?」

「そのとおりです。私も乗馬用の馬小屋には初めて行くので、楽しみです」


 トマス達が乗ってきた馬は、来客用の馬小屋で管理されているのだ。


「本来であれば、馬の性格などを事前に調べるべきなのですが……」


 乗馬の練習が決まったのは今日の朝食の時だ。


「急にお願いしたのはルリアたちだからな。くろうをかける」

「うん。トマスさん、ありがとう」

「もったいなきお言葉」


 トマスは恭しく頭を下げた。


「ばうばう〜」「りゃむりゃむ〜」


 そんなトマスの横をかっこいい棒を咥えたダーウが歩いていく。


「ダーウ。かっこいい棒もってきちゃったのか? つかわないよ?」


 ダーウの咥えた棒に、なぜかロアがぶら下がっていた。


「ばう〜」「りゃう〜」

「たしかに? ルリアももっているけど。これは罠とかさぐるのにつかうからだしな?」

「わふわふ」


 じゃあ、同じだねとダーウは嬉しそうに言う。

 確かに、あたしもかっこいい棒を右手に持ち、腰には木剣を差している。


「そうか、おなじか。ルリアとダーウはおなじかもしれない」


 まあ、使わなくても、棒はかっこいいので、それでいい。


 あたし達は、乗馬用の馬小屋があるらしい屋敷の裏手に向かって歩いていく。


「うまごやは、ルリアたちが遊んでた庭とは反対側かー。うらてで遊べばよかったな?」

「ルリアちゃんはうまごやの近くで遊びたかったの?」

「そだな。その方がうまたちとなかよくなれた気がする」

「ですが、馬小屋は屋敷から離れた位置にありますから、小屋の近くで遊ぶ許可は下りないかと」

「そうなの?」

「はい、来客用の馬小屋は近くにあるのですが……臭い対策ですね」


 来客用の馬小屋は普段は空だから臭わない。

 それに多少臭っても、お客様の利便性の方が大事だ。


 男爵家への来客は、基本的に母の実家である侯爵家関連がほとんどらしい。

 男爵家にとって、もてなさなければならない相手である。


「そっかー。厩務員さんたちたいへんだな」


 そんなことを話しながら歩いていると、

「ルリア様、サラ様、スイ様、あれが馬小屋ですね……え?」

 トマスが固まった。


「トマス、どした? む? めちゃくちゃでかいな?」


 馬小屋から、とても大きな青毛、つまり真っ黒な馬が顔を出していた。

 大きさすぎて、馬小屋が小さく見えるほどだ。


 その馬の体高は父の身長より、頭一つか二つ分高い。

 これほど大きな馬を、あたしは見たことなかった。


 あたし達の馬車を曳いていた馬の体高は母と父の身長の間ぐらいだった。

 それでも、馬としては立派な部類だ。


 普通の馬の体高は、母の身長より少し低いぐらいなのだ。

 ちなみに馬の体高は、地面から肩までの高さで、頭までの高さではない。


 あたしは、サラの領地に来る前に馬の図鑑で勉強したので間違いない。


「男爵領には、りっぱなうまがいるって聞いていたけどさすがだな?」


 国有数の馬産地だけなことはある。


「立派な馬なのである! スイもあれほど立派な馬は見たことないのである!」

「たしかに。すごくりっぱだな?」


 あたしとスイの褒める声が聞こえたのか、馬が「ぶるる」とうれしそうにいなないた。

 まるで言葉がわかっているみたいだ。

 きっと、大きいうえに賢い馬に違いない。


「……ここはうまのほんばだもんね? だからでかいのかな?」


 びっくりしていたサラがそんなことを言う。


「そだな。ほんばだものな? サラちゃんの領地は、すごいな?」

「いえ、本場とかそういうレベルではないです。魔獣の馬かも」

「トマスは面白いことをいう。馬小屋に魔獣のうまがいるわけない」

「そうだぞ、トマス。常識で考えるのである」


 あたしとスイは非の打ち所のない正論を言った。


「それはそうなのですが、大きさが常識では考えられないレベルで……」


 そこまで言って、トマスは真面目な表情で言う。


「万が一があります。ルリア様とサラ様には一度お屋敷に戻っていただき——」

「えー。あれはいいうまだよ?」

「うん。サラもそう思う」「……」

「スイもそう思うのである」


 ミアも無言で頷いて同意している。


「いえ、魔獣の馬が馬小屋に入り込んだ可能性があります」

「そんなことないな? な?」

「ないと思う」

「常識で考えるのである、トマスよ」


 あたし達がそう言ってもトマスは納得しない。


「いえ、万が一がありますから。一度——」

「わかった。じゃあ、ダーウにみてきてもらおうな? それでいい?」

「ダーウならば、はい」


 トマスが同意したので、あたしはダーウにお願いする。


「ダーウ、あのうまにはなしをきいてきてな?」

「わふ〜」


 ダーウは尻尾を振りながら、ゆっくりめに走って行く。

 口に咥えたかっこいい棒で、地面をべしべし叩きながら走っている。


 きっと棒で罠を探っているのだろう。


「りゃむりゃむ!」

 棒にぶら下がっていたロアはいつの間にか、ダーウの頭の上に乗っていた。


 ダーウが離れると同時に、走り回って周囲を警戒していたキャロとコルコが寄ってくる。

 キャロとコルコは、ダーウの代わりにあたしを護衛しようとしてくれているのだ。


「ありがと、キャロ、コルコ」

「きゅ」「ここ」


 あたし達がダーウを見守っていると、三人の厩務員が後ろからやってきた。

 厩務員達は、あたし達のために屋敷から鞍などの馬具を運んでくれている。


 だから、今の馬小屋は無人なのだ。


「お嬢様方、こんなところで立ち止まられて、どうなされましたか?」

「うまがりっぱだなーって。さすが、ほんばだねって話してたの」

「うん、すごくりっぱなおうまさん」

「見事なのである」


 馬を褒められて、厩務員達は嬉しそうに頭を下げる。


「お褒めにあずかり恐縮です。他の馬産地に負けぬよう、馬を育成しておりますから」

「でも、トマスがな? りっぱすぎて魔獣じゃないかといいだしてな?」

「魔馬でございますか? お褒めの言葉、ありがとうございます」


 厩務員はトマスにも頭を下げた。

 まるで魔獣の馬、魔馬だというのは、馬を褒めるときの最大の賛辞なのだ。


「いえ、褒め言葉というか……本当に魔獣にしか見えないというか」

「恐縮です。ありがとうございます」


 トマスにそう言われて、厩務員はとても嬉しそうだ。


「トマスは、魔獣のうまが勝手に入り込んだんじゃないかって」

「はは、まさか!」

「なー。でも、トマスは心配性だからな? いまダーウをていさつにだしたの」

「ダーウというと、ルリア様のお連れになっている大きな犬でございますね」


 そういって、厩務員達はダーウの方を見る。


 ダーウは楽しそうに、棒で地面をべしべし叩きながら、ゆっくり馬小屋に近づいていくる。

 でかい馬は、ちょうど馬小屋の中に引っ込んでいるらしく、ここからは見えなかった。


「ダーウはな? いつもうまとよく遊んでいるからな」


 ダーウは大公家の屋敷にいるときは、朝の散歩の時などに、馬と遊んでいる。


「わ〜うわふ」


 ダーウなりに馬を驚かせないようにゆっくり近づいているのだろう。

 だが、驚かせたくないなら、棒は振り回すべきではないと思う。


 きっと、ダーウは大公家で馬と棒で遊んでいるに違いない。

 だから、ダーウとしては、罠を探るついでに、面白いおもちゃをアピールしているのだろう。



 ダーウは馬小屋の前に行くと、

「わふ〜? わふ?」「りゃむ〜? りゃむ?」

 ——びしびしびし


 一緒に遊ぼうと、棒を使ってアピールし始めた。


「ぶるるるる」


 大きな馬は馬小屋から顔を出すと、仕事があるから無理だという。

 馬は、大きいだけでなく勤労意識が高くて素晴らしい。


 そんなことを思っていると、


「ふぁ?」「え?」「あれは一体?」


 厩務員三人が一斉に驚きの声を上げた。


「む? どした?」

「あの大きな馬は一体?」

「むむ? 男爵家のうまじゃないのか?」

「あれは、常識を超えています、馬とは思えません」

「ですよね!」


 厩務員がそう言うと、トマスが嬉しそうに同意する。


「じゃあ、魔獣? む〜」


 あたしがじっと見つめている間も、

「わうわう〜」

「ぶるるるる」

 ダーウと馬は話し合っていた。


「あっ」


 あたしは気づいた。あれは魔獣ではない。守護獣の馬だ。 

 なぜ、守護獣の馬が馬小屋の中にいるのかはわからないが、守護獣なのは間違いなかった。

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