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163 乗馬の練習

 厩務員達とトマスから注意事項を聞いたあと、実際に馬に乗ることになった。


「サラ様、失礼」


 トマスが、サラを抱っこしてサンダーの上に乗せる。


「ありがとう! たかいね」


 サラは全く怖がっていなかった。


「ルリア様も——」

「ルリアはだいじょうぶ。ひとりでのれるからな?」


 トマスが近づいてきたので、あたしは右手を前に出して断った。


「いや、無理ですよ。私でも乗るのに手こずります。馬具もないし規格外に大きいですから」

「だいじょうぶ。こうするからな?」


 あたしは思いっきり馬小屋目がけて走って飛び跳ねる。

 馬小屋の壁を蹴って、更に上昇して、レオナルドのたてがみを手で掴んで背中にしがみついた。


「……ふう。な? のれた」

「ぶるるる〜」

「なっ!」「え?」


 レオナルドは喜び、トマスと厩務員達が驚いていた。


「ルリアは、はしったり、とんだり、得意だからな?」

「…………ルリア様の身体能力の高さは、尋常ではないですね」

「ふふふ」

「なんかもう、ルリア様なら、色々と大丈夫な気がしてきました」


 トマスがそんなことを言って、息を吐いた。


「たしかに自分でもだいじょうぶだとおもうな?」


 あたしが派手に乗っている頃、スイはいつの間にかスレインに乗っていた。

 派手に注目されて目立つより、さりげなくこなしている方が凄いのではないだろうか。


「…………あれが本当にできるおんなってやつか?」

「どしたのである? ルリア。こっちをじっと見て」

「いや、スイちゃんはかっこいいなと思って」

「まあ、スイがかっこいいのは、自明であるからな〜」


 スイが嬉しそうに振った尻尾が、スレインのお尻にべしべし当たる。


「ひぃぃぃぃん!」


 当然のようにスレインが嫌がって直立した。


「おおっ! 落ちつけ、スレイン、落ちつくのである! よーしよしよし」


 スイは慌てずに、スレインをなだめて見せた。


「うむうむ。いいこであるなー? でも急にどうしたのである?」


 そういって、優しくスレインの首を撫でる。


「スイ様、慌てずになだめてお見事でした。ですが……尻尾がその」


 トマスは言いにくそうだ。


「む?」

「スイちゃんの尻尾がお尻に当たって、スレインがびっくりしてたな?」


 あたしがスイに教えてあげた。


「むむ! なんと! 気づかなかったのだ。スレイン! すまぬのである」

「ぶるるるる」


 そんなスイにトマスが言う。


「スイ様は乗馬技術自体には問題ないと思われます」

「そ、そうであるか?」

「はい、先ほどの動きを見ればわかります。よほどの熟練者でもああはいきません」


 直立した馬から落馬せずにすぐに落ち着かせることが簡単ではないと、あたしでもわかる。


「ただ、尻尾の動きなどで、馬に刺激を与えない練習をすべきでしょう」

「なるほど……たしかに……。気をつけるのである」


 そして、トマスの授業が始まった。


「まず、馬は臆病な生き物なので、驚かせてはいけません。そして——」


 トマスから注意事項を聞いた後、実際に馬を動かしてみる。

 あくまでも乗馬の練習をするのは柵の中だ。


 正面の門から屋敷の入り口までは短いが、屋敷の裏側と左右は相当に広いのだ。

 馬を全力で走らせても一周三、四分かかりそうなほどだ。


「はいやー! レオナルド、歩いて」

「ぶるるる〜〜」

「走って」

「ぶるるるる」


 レオナルドはあたしの指示に従って、動いてくれる。


「あ、動作でしじするんだったな? レオナルド、次から足と手でしじするな?」

「ぶる〜」


 足でお腹を蹴って走らせたり、手綱代わりにたてがみを引っ張って、曲がる方向を指示をする。


 あたしの指示をレオナルドは全て素直に聞いてくれた。


「おおー、レオナルドとルリアの息はぴったりだな?」

「ぶるぶるぶる〜」

「レオナルド、いいこいいこ」


 あたしは、レオナルドの首筋を撫でた。


「ルリア様は完璧ですね」

「えへへ」「ぶるる」


 トマスにも褒められて、レオナルドも照れていた。


 それから、あたしはレオナルドを走らせながら、サラとスイの訓練を見守った。

 上空を見ると、守護獣の鳥達が飛び回っている。

 さっき、あたしが乗馬の訓練を見ててといったから、見てくれているのだろう。


「みんな、ありがとな? レオナルド、鳥達が見ていてくれてる」

「ぶるる〜」


 あたしは上空に向けて手を振った。

 守護獣の鳥達が見守ってくれていたら、心強い。


「それで、スイちゃんとサラちゃんは……、スイちゃんはうまいな?」


 スイは最初から乗馬がうまかった。


「スイ様も完璧ですね。尻尾の動きにさえ気をつければ、ですが」

「えへへ、スイは乗馬が得意だったようである!」


 それから、トマスはサラの指導に集中し始めた。

 あたしとスイは、ゆっくりと馬を歩かせながら、サラとサンダーの訓練を見守る。


 いつサラが落馬しても、助けられるように注意しながらだ。


「ばうばう〜」


 ダーウは背中にミアとロア、キャロとコルコを乗せて、あたしの隣を併走していた。

 きっと、レオナルドの真似をしているに違いない。


「サンダーいくよ〜」

「ひひぃーん」


 最初、サラは動かすだけでも苦労していたのに、五分経つ頃には自在に動かし始めた。


「…………サラちゃんも、うまに乗るのがうまいな?」

「凄いのである」「ばうばう」


 あたしの場合、守護獣のレオナルドとは会話できる。

 だから、自在に動いてもらえる。うまく乗れて当然と言えた。


 それに、スイは竜だから、身体能力が高い。

 落馬しても怪我することはないし、突発的な動きをされても落ちることはない。

 そのうえ、馬はそもそも竜に逆らったりしない。


 だから、あたしとスイがうまいのはある意味、当然なのだ。


「サラちゃんは……天才かもしれない」

「サラは身体能力が、そもそも高いのである」

『ルリア様と遊べている時点で、サラの身体能力は並みの五歳児ではないのだ』


 他の人の目がサラに向いている隙を見計らって、クロが出てきてそんなことを言う。


「そっかー」


 サラのことは心配ないとわかったので、あたしはレオナルドの上で木剣と木の棒を振り回した。


「ルリア、何をしているのである?」


 サラを見守るスイが、横目であたしをチラチラと見る。


「うまにのりながら、たたかう訓練」

「ほほ〜。そなえあれば憂いなしなのである」

「でしょ?」


 お昼から始めた乗馬の訓練に夢中になっていると、おやつの時間になった。


「お嬢様方、そろそろ今日の訓練は終わりにしましょう」

「えー、ルリア、もう少しやりたい」

「サラもやりたい!」「スイもである!」


 途中からは訓練と言うより、普通に馬に乗って遊んでいた。

 サラも自在に常歩なみあし速歩はやあし駈歩かけあしを交互に繰り返して、楽しそうに遊んでいた。


 サラの屋敷の裏手には馬を走らせやすい平野があるのだ。

 ちなみにヤギたちのいる森は、左手の方にある。


「馬たちにも休息が必要ですから」

「そっかー。ならしかたないな?」


 レオナルドはともかく、サンダーとスレインは普通の馬なので疲れてしまう。


「じゃあ、馬小屋にもどろっか」

「うん」「わかったのである! 競そ——」


 スイの言葉の途中でトマスが釘を刺す。


「走らず常歩でお願いしますね。人も激しい運動の後、ゆっくり歩いた方が良いでしょう?」

「たしかにその方が筋肉痛になりにくいんだものな?」

「ばうばう」


 昨日、筋肉痛で苦しんでいたダーウが「そうだそうだ」といっている。

 運動の後は、急に止まらず、ゆっくり歩いたほうがいいのだ。


 ゆっくり歩きながら、馬小屋に向かって戻っていると、馬車が見えた。


「あ、ねーさまとマリオンの馬車だ!」

「はやいね? 予定がかわったのかな?」


 今朝、夜ご飯の前に帰るとマリオンは言っていた。

 もし、間に合わなければ、先に食べておきなさいとも言っていたのだ。


「むむ? 見にいってみよ」

「サラも!」「スイもみにいくのである!」「ばうばう」


 あたし達は常歩で、屋敷に向かって移動した。

 あたし達が屋敷前につくのと、馬車が到着するのはほぼ同時だった。


「ねえさま、おかえり!」

「ただいま。……ルリア」


 馬車には顔が真っ青な姉だけが乗っていた。

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