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110 廃村の主



 台の上に降りた主は、魔猪に言う。


『久しぶりだな。息災であったか?』

「ぶぼぼ~」

『うむ。召喚に応じることができず、迷惑をかけた』

「ぶぼぶぼぼ~」

『うむ。さて、今日はどうしたのだ?』


 主はミナト達に背を向けて、魔猪に話しかけている。

 やはり、魔猪が廃村の魔獣達のまとめ役なのだろう。


「あれ? レックスどうしたの?」

『…………え?』


 ミナトが声をかけると、主ことレックスが振り返る。


「りゃあ~」

 ルクスが嬉しそうに羽をパタパタさせて、レックスに抱きつきに行く。


『え? どうして、ミナトがここに? おお、ルクス!』

「りゃむりゃむ~」

『元気にしてたか? ちょっと大きくなったんじゃないか?』

「昨日の今日で大きくなるわけないだろ」


 ルクスにでれでれなレックスを見て、ジルベルトがあきれたように言う。


「レックスが主だったんだね。そっか、子分がいるっていったけど、魔猪さん達だったんだ」

「ぶぼぼ?」

「うん、レックスとは友達なんだよ」

「ぶぼ~」「きゅ~」「ちゅ~」「めぇ~」「ほほう」


 魔猪達は、レックスと友達と聞いて、ミナトのことを尊敬の目で見る。

 それほど、レックスのことを尊敬しているのだろう。


「魔法を使う魔物、って確かに氷竜は魔法を使う魔物ね」

「竜は魔物というイメージが薄いですからね」

「確かに異種族をまとめるなら、竜ぐらい強くないとだめよね」


 サーニャとマルセルがそう言って納得していた。


「レックス、あのね。実は――」

『ちょっと待て。この姿だと話しにくい』


 レックスは竜形態から人形態に変化すると、台から降りる。

 たちまち、魔猪達がレックスの周囲に集まった。


「ぶぼぼ~」「きゅきゅ」「ちゅ」「めぇぇ」「ほほぅ」


 魔猪はレックスに鼻を押しつけ、魔狸と魔鼠はレックスの膝の上にのぼる。

 そして、魔山羊はレックスの腕に優しく頭突きし、魔梟はそっと体を押しつけていた。


「懐かれてるねー」

「そうか? おお、魔猪は大きくなったんじゃないか? みんなも元気そうで何よりだ」


 レックスは魔猪達を順番に撫でていく。


「りゃむ~」

 レックスのお腹に抱きついているルクスも、レックスと一緒に魔狸と魔鼠を撫でていた。


「ふう。それで、どうしたんだ?」

「えっとね、コボルトさん達がね。神殿から畑を借りたんだけど――」


 ミナトは順を追って説明する。

 もちろん、ジルベルトやアニエス達も補足してくれた。


 数分かけて、説明を終えると、レックスは真面目な表情で頷いた。

 その手はまだ、魔猪達をなで続けている。


「つまり、コボルトさん達が、こいつらと協力することにしたと」

「そういうこと! だから、主のレックスに報告しに来たの」

「……本当に、ミナトは凄いなぁ」

「そかな?」

「ああ、普通は魔獣が村にいたら追い出すか、諦めるかだろ。本当に凄い」


 レックスはそういって、ミナトの頭をわしわし撫でる。


「えへへ~。それで、どうかな? 協力していい?」

「もちろんだ。拒否する理由がない」

「やったー! コボルトさん達も喜ぶよ」「わふわふ!」

「よかったです~」「んにゃー」


 コリンとコトラもほっとしたようだった。


「お前達も、コボルト達とちゃんと協力するんだぞ?」

 レックスは魔猪達に言う。


「ぶぼぼ~」

「うむ。何か不満があったり、もめたりすることもあるだろう、そのときは俺に言え」

「めえ~」


 主がレックスだったことで、話し合いは本当にあっさり終わった。


「魔猪さん達に会えなかったのは、グラキアスが大変だったから?」

「まさにその通りだ。人族の冒険者の振りをして毎日働いていたからな」


 レックスは氷の大精霊と氷竜王を助けられる人材を探していた。

 そのために毎日熱心に依頼をこなしていたのだ。


「有能な冒険者を見つけるために、いつもパーティを組んでいたからな」


 パーティに参加しているときに、魔猪達に召喚されても応じられない。

 人前で、いきなり竜形態になって、飛び去るわけにはいかないのだ。


「……迷惑をかけたなぁ」

「ぶぼぼ~~」


 レックスに鼻先を撫でられた魔猪は、ご無事で何よりですと再会を喜んでいる。


「人の姿だから違和感が凄いわね」

「本来の姿は巨大な竜だもんな。大きくて強い魔猪より、氷竜の方が遥かに強い」


 レックスにかかれば、大きくて強い魔猪も子犬のような物なのだ。


「それにしても、レックスはどうして廃村の魔獣達のまとめ役になったの?」


 アニエスに尋ねられて、レックスは少し考え込んだ。


「……なんて説明すればいいか。魔猪が現われて、村から人が逃げたと聞いて、気になったんだ」

「なんで、気になったの?」「わふわふ?」


 ミナトが尋ねると、タロは首をかしげた。


「ええっと、なんでだったかな。あ、そうだ。人族の作った畑に興味があったんだよ」


 当時を思い出しながら、レックスは語り始めた。


 十五年前も、レックスは、氷竜王の執事長としてノースエンドの街をよく訪れていた。

 街の中で、たまに冒険者としての仕事をこなしながら、珍しい物を集めたりしたらしい。


「氷竜達は人族が作ったものを真似して作ったりもしてな。それを人族に売ったりもした」

「ほほう~」「わわふ~」

「もちろん、販売は本竜がやりたがるんだけどな」


 ハンドメイドの物をバザーで売るような感覚なのかもしれない。

 レックスが代理で販売するのは、人型になれない氷竜が作った物だけだ。


 その場合は、店に卸した後、売れ行きと評判を確認するのも大切な仕事だった。


「だが、農作物は真似できないからな」


 氷竜の王宮は高度八千メートルを超えた場所にある。空気の薄い極寒の環境だ。

 農作業には致命的に向いていない。


「元々農業に興味があったところに、村から人が撤退したって聞いてな」


 レックスはこっそり畑の様子を見に行った。

 人族が使わないなら、氷竜達で農作業しても楽しいかもしれないと考えたからだ。


 だが、そこには魔猪がいて、魔狸がいて、魔鼠がいた。

 特に喧嘩することもなく、のんびり暮らしていたという。


「最初は追い払おうとしたんだが……魔猪達に管理させたらどうなるだろうって思ったんだ」

「好奇心ってやつ?」「わう?」

「そうだ。それに、仲良く暮らしているのを追い出すと胸が痛いだろ」

「わかる」「わう」


 魔獣達が争って、激しい縄張り争いをしていたのなら、追い出したかもしれない。

 元々弱肉強食の環境だったのだ。圧倒的な強者氷竜が来たら追い出されるのは道理だ。

 だが、争っていないところに、力を振りかざして追い出すのは、横暴な気がする。


「だから、魔猪達に提案した。もっと効率的に作物を管理しないかと」

「ほほう?」

「魔猪達が言うことを聞いてくれたから、仕事を与えた」


 魔猪は害獣の駆除、魔狸と魔鼠は害虫の駆除だ。


「興味があった農業のまねごとをしてみたんだ」


 そうしていると、魔山羊と魔梟がやってきた。

 だから、魔山羊には雑草の駆除、魔梟には魔獣の駆除の仕事を与えた。


「そうして、今の状態ができたって訳だ」

「よく、みんなが言うこと聞いたね」

「竜は強いからな。賢くて温厚な魔物は言うことを聞くことが多い。ルクスも覚えておくといい」

「りゃ~」


 レックスはルクスの頭を優しく撫でた。


「魔猪達に畑を任せたら、思いのほかうまくいってな。収穫物を分けてくれるし」


 それを山の上に持って行って、氷竜達と一緒に食べたりしたらしい。


「人族の畑で、魔獣が作った作物だ。これほど珍しいものはない。陛下もみんなも大喜びだ」

「確かに珍しいかも」「わふ~」

「ミナト達が食べた料理にも、この村で作った野菜が使われていたんだぞ」

「知らなかった! どれもおいしかったよ!」「わふわふ!」


 そういうと、レックスも、魔猪達も嬉しそうだった。


「あ、レックス。気になってたんだけど、この台なに?」


 ミナトはレックスが降り立った台を指さして尋ねる。


「千年ぐらい前に氷竜が使っていた物だ。魔猪達が俺に連絡するのに丁度いいと思ってな」

 再利用することにしたらしい。


「へー。この遺跡さわってもいい?」「わふ~?」

「いいぞ」

「私も調べても?」

「マルセルも、もちろんいいぞ」


 許可をもらった、ミナト、タロ、マルセルが遺跡を調べる。


「おおー。さすが竜が作った魔導具ですね。四者が触れると、別の魔導具に報せが行くのですね」

「これ、元々は何に使うものなの?」「わふ~」

「えっとだな、子竜が遊びに使う道具、つまりおもちゃなんだ」

「おもちゃ?」「わふ?」

「ルールは人族の鬼ごっこに似ているんだが……」


 まず、鬼竜役と竜王役の二頭を選び、それ以外は子竜役になる。

 鬼竜が子竜に触れると、子竜は台座の上に乗らなければならない。

 全ての子竜を捕まえたら鬼竜の勝ちだ。


「捕まっていない子竜役は、鬼竜役の目をかいくぐって、台の四方に触れることを目指すんだ」

「触れたらどうなるの?」

「竜王役がきて鬼竜役を捕まえたり、それまでに捕まった子竜役を逃がしたりする」

「へー。その遊びって、氷竜達に人気があるの?」「わふ~」

「それがな……そもそも子竜自体が少なくてな……」

「少子化ってやつだねー」「わふ~」


 作ったはいいが、ほとんど使われなかったらしい。


「竜は長命で強いから、めったに子供を産まないでしょうしね。集団での遊びは流行らなそう」

「そうなの?」「わふ?」


 ミナトに尋ねられて、サーニャは嬉しそうに語り出す。


「そうなのよ。基本的に弱くて短命な種族ほど、短期間に沢山の子供を作る傾向があるの」

「ほえー」「わふ~」

「ね……リスとかだと、餌が充分にあれば、年に複数回、それも一度に何頭も子供を産むわ」


 サーニャはネズミが多産だと説明しかけて、魔鼠を見て、リスに変えた。

 この流れでネズミが多産だと言えば、魔鼠は弱いといっているのと同じだからだ。


「一方、寿命が長くて大きな象の妊娠期間は二年近いし、生まれるのは一頭ずつが基本なの」

「ほえー。つまり、竜は大きくて強いから、めったに子供生まれないんだねー」「わふ~」

「まあ、そういうことだ。全く使われなかった訳ではないんだが……」

「どんなときに使ったの?」

「炎竜とか地竜とか、他の竜の子竜が遊びに来たときとかな?」

「ほえー」「わふ~」


 多種族の子竜が遊びに来るなど、千年に一度あるかどうかだ。

 だから、ほとんど放置されていた。それをレックスは再利用したのだ。


「ただのおもちゃで、この精度。しかも千年経っても全く壊れていない耐久性……なんという」


 マルセルは竜の技術力に、衝撃を受けていた。


「すごいねー。やっぱり竜はすごいね」「わふわふ」

「灰色の賢者殿と使徒様と神獣様が褒めていたって製作者に伝えておくよ。きっと喜ぶ」

「製作者ってだれ? 僕の知ってる氷竜?」「ばうばう?」

「ん? 陛下だ」


 どうやら、この台の魔導具を作ったのは、氷竜王らしい。


「陛下は、昔から子竜が大好きだからな」

「ルクスのこともかわいがってたもんね?」

「りゃむ~」

「ルクスのことは、竜なら誰でもかわいいと思うだろうけどな」


 そういうと、レックスはぎゅっとルクスを抱きしめた。


「人もルクスを可愛いと思う!」

「ばうばう」


 タロが犬もルクスを可愛いと思うというと、ルクスは「りゃあ」と照れたように鳴いた。


「レックスも、コボルトさん達の村に来る?」

「お、いいな。人族の農業には興味があったんだ!」


 皆が廃村に戻ろうと歩き始めたとき、ミナトが「ん?」と言って止まった。







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