「-……ふう~」
ゲームからログアウトした俺は、ベッドから起き上がりぐっと身体を伸ばした。…そして思わずニヤけてしまう。
何故なら、今日ようやくカンストまでやり込む事が出来たのだから。…はあ、まさかこんなに時間が掛かるとは思わなかった。
俺は、今やっていたゲームのパッケージを手に取りながら達成感に浸る。
-『ドラゴン×ナイト』
世界観はパッケージイラストの通り西洋風のバトルファンタジーであり、プレイヤーはドラゴンを駆る龍騎士となって『混沌の龍』を封印するのが、この作品の本筋だ。
当然、プレイヤーの分身である主人公と相棒のドラゴンを鍛えないといけないので、割りとレベルアップに時間が掛かる作品ではある。
だが、元々コツコツやる作業に抵抗が無い上にようやく買って貰った作品なので、それはもう楽しくレベルアップに勤しんだ。
そのおかげで、スムーズにメインストーリーやサブクエもこなしていき、この作品のブームが少し落ち着いた頃にはクリアしていた。
なので、そこからはやり込みの時間だ。まずは隠しボスや裏ボスを倒すべく、レベルアップをしつつ新たに装備を整えたり、アイテムコンプやトロコンにも挑戦した。
それが終わったら、後は主人公と相棒ドラゴンのステータスやらスキルレベルをカンストまで上げ、その作業も今日終わった。
「…ふああああっ」
カンスト作業を振り返っていると、不意に欠伸が出た。…まあ、連休だった事もあり徹夜が続いたからな。とりあえず、仮眠しよう。
外は既に昼間になっているが、俺は眠気に逆らわず寝ようとする。…だが、眠りに入る直前でふとスマホが鳴った。
「…んあ?……『アプデ来るか~っ!?』だあ?」
何とかスマホを見た俺の目に、訳の分からない情報が飛び込んで来た。…ゲームが発売してからまだ三ヶ月しか経ってないのに、修正以外のアプデが来るなんてどう考えてもおかしい。
多分、デマ情報だろう。なので、俺はスマホを枕元に置いて改めて眠った。
-この時はまさか、今日が『この世界』での最後の日となるとは想像していなかった。…当然それは、俺の大切な『存在達』も同じだったのだろう。
「-……っ」
眠り始めて数時間は経っただろうか。…ぼんやりしながら目を開けると、部屋の中は随分と暗くなっていた。
それから、少しずつ空腹で目が覚めて来たので俺はゆっくりと起き上がる。…そして、何気なく窓の外を見た。
「……あれ?」
そこで俺の頭は、急速に動き始めた。…何故なら、こんな時間にも関わらず街灯が一つも点灯していないのだ。
「…っ!?」
少し不安を抱きつつ、とりあえずスマホで部屋の明かりを操作する。…だが、ついこの間替えたばかりの照明は何故か点かなかった。
「……っ」
そこで更に、違和感に気付く。いつもなら夕食になると、母さんか父さんが起こしてくれる筈だ。なのに、今日はどういう訳かこんな時間になるまでどちらも来なかった。
勿論、今日は遅くまで出掛けるとは聞いてないし、急な用事ならきちんとスマホに留守録を入れてくれるのに、それもなかった。
だから、俺は直ぐに二人へ連絡をする。…しかし、二人は電話に出なかった。
「-うわっ!?」
焦りが募るなか、突然地震が起きた。…揺れ自体は大した事はないが、俺は不安になってしまう。
そして、しばらくして揺れは収まり少しだけ不安になった。…とりあえず、何が起きているか調べないと。
そう思った俺は、スマホでネットニュースを調べる。…だが、地震の事も停電の事も出ていなかった。
「…っ!?」
そんな時、不意にスマホが振動する。…しかし来たのは、二人からの折り返しではなくゲーム
関係のメールだった。
「……は?」
俺は、少し現実逃避したい気持ちになりメールを開く。…だが、その内容は意味が分からないものだった。
『-誰カ、こっ血ニ手。来る方歩、世界ヲ繋ぐ貰!』
「……」
普段の俺なら、イタズラメールだと決めてメールを捨てるだろう。…しかし、何故か今はこの繊細な文字で書かれた意味不明なメールを、必死に解読しようとしていた。
「…っ!」
だって、この文字はとても見覚えがあったのだから。…そして、俺は何とか意味のある文章に変えていく。
『-誰か、こっちに来て下さいっ!来る方法は世界を繋ぐ物ですっ!』
「……っ」
解読した文章を見て、俺は直ぐに肝心な物がなんなのか分かった。…それは、ゲームの世界へ行く為のVRマシンだった。
「…っ!?」
俺は、迷いながらもそれをそっと手に取ってみる。…すると突然マシンが輝き出し、目が開けていられなくなってしまう。しかも、目を閉じた瞬間急に気が遠くなっていった-。
○
-……んあ?
気が付くと、俺はいつの間にか横になっていたらしく背中に硬い感触が伝わって来た。…同時に、直ぐ近くに何かの気配を感じてしまう。
「………」
『…グルア?』
恐る恐る目を開けていくと、視界は白で埋め尽くされた。…しかも、『ソイツ』はデカイ瞳でこちらを見ていたのだ。
「うわあああああっ!?」
『…グルアッ!?』
当然、寝起きにそんな物を見た俺は叫び声を上げてしまう。すると、同じくソイツもびっくりして顔を離した。
「……っ!?……もしかして、お前『ヴァイス』なのか?」
しかし、その反応を見て俺はソイツの正体を言い当てた。…そう。この白いドラゴンは、俺のパートナーなのだ。
『…グルアッ!』
「…っ!」
それを聞いた相棒は、直ぐにまた顔を近付けて来る。…そういえば、相棒の顔グラはかなり厳ついんだよな。普段、見る機会が少ないから忘れてた。
「…っと。大丈夫だよ」
『…グルアアア~』
とりあえず俺はゆっくり起き上がり、心配する相棒の鼻の下を撫でてやる。すると、相棒は気持ち良さそうにした。
「…というか、本当に『来ちゃった』のか」
『…グルアッ!』
そして、俺はようやくゲームの世界に来た事を受け入れた。…その呟きを聞いた相棒は、急に真面目な顔になって、立派な銀の角の片方を優しく光らせた。
『…グルア?』
「…ん?…もしかして、『メッセージ』が出ないのか?」
しかし、相棒は首を傾げてしまう。…その仕草を見て、俺はトラブルを察した。
ゲームだと、相棒のセリフはメッセージウィンドウに表示されるのだが、この世界が現実であるせいかメッセージは出ないようだ。
つまり、相棒との意志疎通は出来ないという事になる。…これは、かなりマズい。
もし今エネミーに襲われたら、相棒に指示が出せずにやられてしまうだろう。…だが、このトラブルの解決策は身近にあった。
「……」
俺は、一縷の望みを掛けて近くに置かれていたVRマシンとスマホを見る。…すると、二つのアイテムは相棒と同じ色の光を放っていた。
「…っ!?」
次の瞬間、二つのアイテムの間に見慣れた白い魔法陣が展開した。そして、二つのアイテムは光の粒となり魔法陣の上で混ざり合う。
「…マジかよ」
やがて、沢山の粒は一つのアイテムとなり魔法陣に落ちた。…それは、冒険モノのキャラが身に付けていそうな、白い保護タイプのゴーグルだった。
「……っ!」
とりあえず、地面に落ちているそれを身に付けてみる。…すると、突然ゴーグルに変化が現れた。
なんと、視界に見慣れたウィンドウが表示されたのだ。そして、メニューの一番上にあるドラゴンのアイコンが上下に揺れていた。
なので俺は、いつものようにアイコンをタッチしてみると、直ぐに目の前に居る相棒の顔の下にメッセージウィンドウが展開した。
『-ああっ、やっとマスターと繋がったようですね』
直後、メッセージが表示されると共に穏やかな声が聞こえた。…相変わらず、見た目とかけ離れたイケボだと思う。
声から分かるように、相棒は雄のドラゴンである。おまけに、光属性のドラゴンは基本的にとても気性が穏やかなので、かなり育成がしやすいのだ。
「…で、どうしたんだ?」
『…実は、マスターにお伝えしなければならない事があります』
改めて質問すると、相棒は神妙な様子で答え始める。…だが、まるでそれを阻むように突如俺達の居る洞窟が揺れ始めた。