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第3話「第二層、騒音は正義」

 ギィィィィ――ン。

 金属が擦れ合うような音とともに、第二層の扉が開いた。

 その先に広がっていたのは、音がすべてを変える迷宮――〈残響回廊〉。構造は石造りで、天井は高く、壁面は左右対称……に見えたが、足音ひとつで空間の形状が変化するという、厄介きわまりないトリックダンジョンだった。

 先陣を切った翔馬が一歩踏み出すと、床が緩やかに沈み、右側の壁がズズズ……と回転した。

「なんだ、今の……音のせい?」

「いや、足音? 踏んだ衝撃? それとも、声?」

 飛翔が周囲を見回しながら問うと、後方から颯がスケッチブックを構えてうなった。

「たぶん“音の高さ”と“強さ”がトリガーになってる。一定の振動数を超えると、壁が動くっぽい」

「ゲームのパズルみたいな話すんな!」

 翔馬がツッコんだその瞬間、背後でまた壁がズレた。今度はさっき通ってきた通路が閉じる。

「って、閉じた!? どうすんのこれ!」

『イェェェェス、ナイス反応ー!』

 通信端末のスピーカーから、やけにテンションの高い声が響いた。

 画面の向こう――地上スタジオに設けられた“副配信ルーム”で、アシュトンとレクシーがそれぞれモニターを見つめていた。

『今の、音圧がちょうど境界値超えたから、トリガー作動してるね! オーケー、Shoma、叫んでみて! でっかく!』

「いや無茶振りだな!?」

 翔馬は戸惑いつつも、「うおおおおおッ!」と絶叫してみせる。

 ――ズガガガンッ!

 すると、三つ先の壁が派手に崩れ、先の通路が新たに出現した。

「マジかよ……叫んだら、道ができた!?」

『声が大きければ、大きいほど道が“開く”――たぶん、このフロアの構造原理は“騒音”そのものだよ』

 解説するのはレクシー。淡々としながらも、分析には熱がこもっている。

『つまり……』

 アシュトンが胸を張った。

『俺の出番だな!』

 そのまま、スマホを通じてダンジョン内に響くように、彼は叫んだ。

『YEEEEEEEEEEEEAAAAAAAAAAH!!』

 ゴオォォォ……と風を切るように、左右の壁が一気に後退し、正面に巨大な扉が出現した。

 音圧に反応する回廊。叫べば道が開く。静かにすれば、閉ざされる。今までにない、“うるさい方が正義”のダンジョン。

「この異世界、うるさい奴に優しいのかよ……」

 翔馬がぼやくと、颯が苦笑いしながら補足する。

「たぶん、第三層に進むためには“最大音量”が必要だな。アシュトン、もう一発頼む」

『任せろォ! オラオラオラオラオラァ!!』

 叫ぶたび、道が広がる。

 進むたび、視聴者数が跳ね上がる。

 だが、この回廊にはまだ“本当の正義”が隠されていた――。




 咲紀は、無言で端末を操作していた。

 彼女は翔馬たちより少し遅れて〈残響回廊〉に合流したが、来てすぐに床にしゃがみ込み、持参のタブレットで空間の“音響構造”を記録し始めていた。

「ここ……反響が極端に偏ってる。恐らく、壁材の材質が場所ごとに違うのね」

 分析を呟く声は小さいが、彼女の操作は緻密で無駄がない。

 その横で、真弓が腕組みしながら壁に耳を当てる。

「この通路、音が届かない死角がある。おそらく“無音領域”になってる。そこがゴールに通じてるはず」

「共鳴点を基準に、迷路構造が“音の届かない場所”に向けて排除されてるってわけか……」

 咲紀が短くうなずくと、タブレット画面に即席の“音響マップ”が描かれる。中央に向かって音が集中する形の円形回廊。その中心から“音が届かない一点”だけが、ぽっかりと抜け落ちたように存在していた。

「……ここだ。ここを目指せばいい」

 真弓が指差したのは、その“静寂の中心”。

 ただしそこに至る道は、回廊の中でも最も遠回りで、反響を極端に誘発する“騒がしすぎる”ルートだった。

「おいおい、これ本当に行けるのか?」

 翔馬がたじろぐと、アシュトンが歯を見せて笑った。

『オーケー、静かな場所を目指すなら、まず“最大限にうるさく”する必要があるわけだ! ……よし、行くぞレッツノイズ!!』

 アシュトンが地響きのような声を上げ、レクシーがそれに合わせてクラップ音を再生する。無人の壁が震え、床の構造が動き、奥への扉が再び開かれる。

 咲紀がその瞬間を逃さず、計測を始めた。

「今の音圧……130デシベル。条件達成。あとはパターンを再現するだけ」

「よし……行こう」

 真弓が言い、咲紀がマップを差し出す。

「でも注意して。最終関門は、恐らく“音がないと崩れる”」

「逆に!?」

「ええ。騒ぎ続けなければ、通路が閉じる。つまり――沈黙は“死”」

 一同に緊張が走る。

 視聴者は固唾を飲んで見守っていた。

《これ配信じゃなきゃ聞けない構造》《咲紀すげぇ》《真弓いつの間に》《アシュトンが主役みたいになってる件》

 視聴者数はついに6万人を突破。

 そして、静寂の一点――最終扉へと至る通路が、音に導かれるように、ゆっくりと開かれていく。




 咲紀の描いた音響マップを頼りに、一行は回廊を進んだ。だが、“静寂の中心”に至るには、最も遠く、騒がしいルートを取らねばならない。

「……やばい、声が枯れてきた」

 翔馬は叫び疲れた喉を押さえ、肩で息をしていた。飛翔も無言でペットボトルを手渡す。

「ありが……っ、痛っ……」

「声出しすぎ。水飲んでも直らねーぞ、それ」

 一方、アシュトンはまだ元気だった。

『いけるいける! 叫びってのは腹筋と愛だ!』

「体力の無限さが怖いよ……」

 そんな中、真弓が道の先にある鉄製の橋に目を留めた。

「見て、あの橋。“音に反応する振動板”になってる。沈黙すると落ちる」

 つまり“喋り続けなければ渡れない”。

「どうすんだ……?」

「会話を絶やさない。咲紀、質問して」

「……なぜ私」

「一番“思考が止まらない”の、あんたでしょ」

 ため息を一つ吐き、咲紀は質問を始めた。

「人はなぜ、正解よりも“納得”を求めるのか?」

 「うわ、それめんどい」と颯がぼやきつつも、誰かが答えるたびに橋は揺れずに維持されていた。

「これは、音というより“会話の継続性”を評価してるわね。……ダンジョン知性体、構造理解してるわよ」

「やっぱりこれ……人の思考そのものを“見てる”ってことだよな……」

 全員がなんとか橋を渡りきり、最後の扉を前にする。

 その扉には、紋章のような文様が刻まれていた。音に共鳴し、赤く光るそれは、開くための“鍵”を待っていた。

 アシュトンが一歩前に出る。

『最後は俺に任せろ。こいつは、“ライブのクライマックス”だ!』

 彼は胸を張り、深呼吸し、叫んだ。

『──WE ARE! ダンジョン! スクリーマァァァァァァアアアアア!!』

 激烈な音波が文様を貫き、扉が爆音とともに開いた。

 その奥には、円形の小部屋。そして中央に、金属の台座の上に浮かぶ小さなレンズ。

「……あれは?」

 翔馬が近づくと、画面上に表示されたのは《魔導レンズ:配信端末の感度+100%》という文字だった。

「これ、要は“カメラの進化系”……?」

「映像と音声の解析強度を上げて、視聴者に伝わる“臨場感”を倍加する。……これで、視聴者干渉の影響も上がるはず」

 咲紀の分析に、一同は一瞬だけ静まり返る。

 ――それはすなわち、“リスク”も跳ね上がるということだ。

 だが、翔馬はためらわずに手を伸ばし、レンズを手に取った。

「これが、次へ進む力になるなら。……拾うしか、ねぇだろ」

 コメント欄が一斉に流れる。

《ナイス》《拾った》《これ絶対次やばいやつ》《今までで一番テンポ良かった!》《アシュトンの喉大丈夫か》

 そうして、第二層〈残響回廊〉はクリアされた。

 だが、すでに視聴者数は10万に近づいており、“熱”が跳ね上がった分、ダンジョンそのものの難易度もまた――確実に“変化”し始めていた。

(第3話 完 → 第4話「撤退か進軍か、コメント投票」へ続く)


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