夕食まで少し時間があった。
『ねね、てぃる。もらくすにまほうをおしえて』
モラクスのつぶらな瞳は真剣だった。
きっと、魔鳥を仕留めたペロの魔法をみて刺激を受けたのだろう。
「でも、人族の魔法を、聖獣が使えるかわからないよ」
人族と聖獣は体の形も違うし、体内の魔力回路も違う。
『それでもおしえて』
「わかった」
聖獣であるモラクスに人族の魔法体系がどれだけ役立つかはわからない。
だが、モラクスが自分の身を守るようになるには魔法は必要だ。
草食動物のモラクスには爪も牙もないのだから。
母牛がいない今、俺が教えるしかない。
「そもそもモラクスって魔力は感じられてる?」
『あんまり』「がぁぅ?」
ペロもモラクスの横で首をかしげている。ペロも魔法を習いたいのかもしれない。
「まあ、聖獣は魔力を感じなくても魔法を使えるのかもな」
歩き方を考えなくても歩けるようにだ。
俺が初めて魔法を使った三歳の時も特に何も考えていなかったと思う。
とはいえ訓練が無駄なわけではない。使えるのと、使いこなせるのもまた違うのだから。
「モラクスが俺と話しているのも魔法だからね。モラクスが魔法を使えるのは確実だ」
『ふむふむ?』「わふわふ?」
「とりあえず、深呼吸をしながら――」
俺は一般的な魔法の練習法をモラクスとペロに教える。
モラクスとペロは、真剣に練習してくれた。
日没近くまで練習して、すっかり空腹になってしまった。
「よし、今日はこのぐらいにして、夜ご飯を食べよう」
『たべる』「わぁぅ!」
俺は魔法の鞄からパンノキの実を取り出した。
「モラクス、これって皮をむいてから焼けばいいの?」
『ううん。かわのままやくの。ひとりふたつぐらいたべる』
「ほうほう?」
『よわびで、じっくり、さんじゅっぷんぐらいやく』
「了解、やってみるね」
俺は六つのパンノキの実を焼いていく。
俺とモラクスとペロの分だ。
「火加減はこのぐらいでいい?」
『いい。あとまたまねぎをうすくきって、やいて』
俺はモラクスの指示通りに魔玉葱を薄く切って焼いていく。
『よわびでじっくり。ちゃいろくなるまで』
「ほいほい」
『とまとも、うすくきって』
「了解。魔トマトはこのぐらいの厚さでいい?」
『もうちょっとあつく』
「じゃあ、〇・五せんちぐらいでいいかな?」
モラクスは尻尾をぶんぶん振って、俺にお願いしてくる。
「モラクス、なにかレシピをしっているの?」
『うん。ままにおしえてもらった』
どうやら、モラクスには食べたいものがあるらしい。
薄切りの魔玉葱を焼きながら、魔トマトを切っていく。
『まちょうにくも、まとまとぐらいのあつさにきって』
「いいけど、モラクスもお肉食べるの?」
『たべない。でも、ひとぞくはすきだって、ままはいってた』
「モラクスのママは何でも知ってるなぁ」
本当に知識が豊富な聖牛だ。俺も会ってみたかった。
モラクスの指示通り、魔鳥の肉を〇・五センチぐらいの厚さに切っていく。
「味付けに希望はある?」
『もらくすは、またまねぎにしおかけたのがすき。ひとぞくはわかんない』
「じゃあ、適当に味付けするね」
『うん』
「魔鳥肉の味付けは……やっぱり最初だから塩と胡椒にしよう」
最初はシンプルに、素材の味を楽しみたい。
魔鳥肉の味付けは、俺は塩と胡椒、ペロは塩なしがいいだろう。
パンノキの実を焼き始めてしばらく経ってから薄切りにした魔鳥肉を焼き始める。
「ヴォウヴォウ」
すると、嬉しそうにペロが吠えて尻尾を振った。
やはりペロは肉が好きらしい。
「ペロ、焼き上がるまでもう少しかかるよ」
「わぁぅ~」
ペロの口からよだれが落ちた。
パンノキの実を焼き始めてからだいたい三十分が経った。
時間をずらして焼き始めた魔鳥の肉もそろそろ良い感じだ。
「モラクス。パンノキの実から微かに良い匂いがするね」
『ねー。このにおいがしたら、もうやけてる』
「懐かしいな。微かすぎて、何の匂いか思い出せそうで、思い出せない……」
『てぃる、ぱんのきのみはね。ぐるりときるの。いっせんちぐらいのふかさ』
「了解」
指示通りにパンノキの実を一センチぐらいの深さで一周ぐるりと切っていく。
そうしてから皮を上下にひっぱると、パカッと取れた。
「うお! すごい!」
途端に湯気とバターとミルクのおいしそうな匂いがあふれてくる。
「これ、パンか! 焼きたてのパンの旨そうな匂いだ!」
しかも黒パンではなく、貴族が食べるような白パンだ。
どうやら、パンノキはパンの木だったらしい。
『てぃる、そのままたべてもうまいし、たまねぎをはさんでもうまい』
「おお、それは、確かに旨そうだ」
焼いた玉葱でも、生の玉葱でもうまいだろう。
「わふぅわふぅ!」
「ど、どうする? まずはパンだけ食べてみるか?」
『うん!』「がう!」
俺は焼きたてのパンの木の実、略してパンの実をそれぞれのお皿に載せる。
もちろん、水も用意して、それぞれに配ってある
「いただきます!」「もー」「がう」
そして、一口かじる。
すると、バターとミルクと小麦の味が口の中に広がる。香りも素晴らしい。
しっとしりていて、柔らかくて、しっかりとした旨みとほんのりとした甘みがある。
「……高級店のパンよりずっとずっと、……うまい」
何も付けなくてもものすごく美味だった。
「もきゅもきゅ『うまいうまい』」「がふがふ」
「うまい……幸せだ」
旨い食事はそれだけで、幸せにしてくれる。
「……それにしても、なんでバターとミルクの風味がするんだろう?」
『わかんない』
「牛も狼もパンの実は好きなんだね」
ペロも美味しそうにバクバク食べている。
肉よりも食いつきがいいぐらいだ。
『ぱんのきのみは、とくべつ。しょうきをね、まりょくにかえてるからね』
「ふむ?」
『やいてたべたら、まりょくがかいふくする。ままがいってた』
「なるほど? 天然のマジックポーションみたいなものかな」
マジックポーションはめちゃくちゃまずい。
だから、とても美味しいのに魔力を回復できるパンの実の需要は高そうだ。
もしかしたら、パンの実を売ったら大もうけできるかもしれない。
「モラクス、ちなみに生で食べるとどうなの? 魔力は回復するの?」
『しない。おなかこわす。おいしくもない』
「へー。不思議だね」
『ふしぎだねー』「わふ~」
食べ終わったペロが、俺が持つパンをじっと見つめていた。
「おっと、肉を挟んだパンも食べようね」
「わふわふ!」
待ってましたとばかりにペロの尻尾がびゅんびゅんと揺れた。
「ちょっと待ってな。直ぐに作るからね」
パンに切れ込みをいれると、味付けしてない魔鳥肉を挟む。
ペロは子狼で育ち盛りなので、多めに挟んであげた。
モラクス用には塩で味付けした焼き魔玉葱とトマトを挟む。
モラクスも育ち盛りなので、多めに挟んでおく。
「俺の分は魔鳥肉と魔玉葱と、トマトを挟んでっと……」
完成した具材を挟んだパンをそれぞれに配る。
「さてさて……どのくらい美味しいかな」
美味しいのは確定だ。
一口かじると、美味しいパンと、魔鳥肉の旨みいっぱいの肉汁が口に拡がる。
つぎに焼き魔玉葱の甘みとトマトの酸味が追いかけてきた。
「おお……うまい」
「ももぅ『うまぃ』」「がふがふがふがふがふ」
モラクスは一口食べて幸せそうにぼけーっとしている。
一方、ペロは止まらないようでガツガツ食べていた。
「パンだけ食べても美味しいけど、具材を挟んだらさらに旨いね」
『ねーおいしいね』「がふがふがふがふがふ」
単独で食べるより美味しいかもしれない。
「それにこの魔トマト。他の腐界の食材と同じく味が濃い。これだけで食べてもご馳走だよ」
酸味と甘みだけでなく、複雑な味がしている。これでソースを作っても旨かろう。
「魔鳥肉も……外の鶏肉とは全然違う。柔らかいのに弾力があって……」
脂身も赤身も旨い。凄くジューシーだ。
チーズを挟んでも美味しいだろう。持ってこなかったことが悔やまれる。
「…………」
ふと気づくと、もう食べ終わったペロがじっと俺を見つめていた。
「ペロ、魔鳥肉はまだまだあるからね。焼いてあげよう」
「がぁぅ」
「遠慮するな。元はといえばペロが獲った魔鳥肉だろう? それに他にも肉はある」
「わふぅ?」
「もちろん、生でもいいよ。どんどん食べなさい」
ペロが生の魔鳥肉も食べたいいうので、生の塊を皿の上に載せてやる。
「モラクスも、何か追加で焼こうか? 茹でたりもできるよ?」
『もらくす、おなかいっぱいになった』
「遠慮しなくていいんだよ?」
『してない。はんすうするからね?』
「そっかー。牛だものなー」
楽しくて美味しい食事を終えると、俺たちは寝ることにした。
モラクスもペロも子供なので必要な睡眠時間は長いのだ。
家に入って板の間の上に毛皮を敷いて横になる。
するとペロは俺にお尻を付けて横になった。
「……すぅ…………ぁぅ? ……すぅ」
そして、すぐに寝息を立て始めた。
「眠かったのかな。子狼だものな。睡眠時間が足りてたら良いんだけど……」
『だいじょうぶ。いつもねてる』
俺が作業している間とかにモラクスたちは結構寝ているのだ。
「モラクスは眠くない?」
『ねむい。ねる』
「おやすみ」
『なでて』
「はいはい」
俺が撫でてやると、モラクスもすぐに寝息を立て始めた。
「俺も寝るか」
モラクスとペロの体温を感じながら目を瞑る。すると、色々なことが頭に浮かぶ。
魔鳥肉も魔玉葱も魔トマトも、パンの実もうまかったな。
生の魔玉葱をパンの実に挟んでも旨そうだな。
それにしてもパンの実って不思議だな。狼も牛も好きだなんて…………
腐界の植物は不思議がいっぱい……………………
…………
……
「はっ! そういうことか!」
眠りに落ちる直前、俺は土壌清浄化の新理論を思いついた。