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第38話 聖獣たち

  ◇◇◇◇


「よいか? ティル。これから教える勅許魔法は、軽々に使ってはいけないよ」


 大賢者は十二歳のティルに優しく言う。


「わかったけど、そもそも勅許魔法ってなに?」

「祈祷を捧げて神の許しを得なければ発動できない魔法だ」

「治癒魔法みたいな?」

「違うな。いいかい? 治癒魔法は神にお願いして、神に治してもらうんだ」

「あ、つまり、勅許魔法は許可をもらったあと、自分でやるってことだね」

「そういうことだ。例えばこれ」


 次の瞬間、大賢者の指先に黒い球体が出現した。


「なにそれ? 見たことない魔法だ。でもものすごい魔力密度……時空を操ってる?」

「一目で見抜くか。才能が恐ろしいな。そうでなければ勅許魔法は使えぬだろうが……」


 そう言った後、大賢者はにこりと笑う。


「その通り。時空を操る魔法だ。これを使えば転移も可能だし、魔法の鞄を作る事もできる」

「あ、この前、師匠がくれた魔導書もそれの応用?」

「そう、その通りだ。このような世界自体を大きく歪める魔法は神の許可がいる」

「なるほど~。……ちょっとまって? 師匠、許可のための祈祷を捧げた? 捧げてないよね?」

「私は良いんだよ。私は神の愛し子、どちらかというと許可を出す神側に近い」


 また始まったとティルは思った。

 師匠はティルに対して、よく冗談でそういうことを言うのだ。


「へー、すごいねー」

「信じてないな? まあよい。だが、ティルは必ず許可を取らねばならないぞ?」

「わかった」


 ティルは、基本的に師匠の言うことをよく聞く素直な子だった。


「普通は祈祷を捧げた程度では許可は下りぬ」

「じゃあ、だめじゃない?」

「安心しろ。私が神に頼んでおいたから、ティルは祈祷を捧げれば使えるよ。感謝するといい」


 そんな感じで始まった勅許魔法の練習は、ティルがこなした修業の中でも特別に厳しかった。

 毎日、血反吐を吐いて、何度も気絶したほどだった。


  ◇◇◇◇


 ずいぶんと昔の夢を見ていた気がする。

 久しぶりに勅許魔法を使って、気絶したからかもしれない。


 とてもだるくて、もっと眠っていたい。目を開けるのも面倒だ。


「もっもっも!」


 近くでモラクスの声が聞こえる。


「む? つまりこの実を搾って汁を飲ませればよいのであるな?」

「も~」


 ぼんやりとした意識の中、モラクスに加えてジルカの声も聞こえてくる。


(モラクス、立派になって……)


 いつもよりモラクスの声が大人、いや成牛の声に聞こえる。

 小さな子供たちと過ごすことで、モラクスに兄としての自覚が生まれたのかもしれない。


「わかったのである。我に任せるがよい!」


 次の瞬間、唇に柔らかい何かが触れて、口の中に生温かい果実の汁が流れ込んできた。

 ほどよい酸味と甘さがあって、とても美味しい。


 だが、量が多い。どんどんと流れ込んでくる。


「ごほごほごほっ!」


 飲みきれずにむせてしまった。上体を起こすと、


「おー、起きたのであるなー。さすがは知恵者! 効果てきめんであるな!」

「もっもー」


 人型で全裸のジルカが楽しそうにいって、牛が嬉しそうに尻尾を振った。

「もっもっも」


 その牛が俺の顔をベロベロ舐めてくる。


「…………モラクス? じゃないよね?」


 俺はその牛の頭を撫でる。


 その牛は、毛皮の柄こそモラクスそっくりだが、体高が三メートルほどあった。

 頭には一メートル近い大きな角が生えている。


 大きさは全然違うが、モラクスは姿を変化させられるジルカと同じ聖獣なのだ。

 モラクスも体の大きさを変化させることができても不思議ではない。


「でも、モラクスとは魔力が違うか」


 魔力はそっくりだが違う。つまりモラクスとは別牛だ。


 俺は牛を撫でながら周囲を観察する。

 俺が寝ているのは幹の太さの直径が二十メートル近い巨大な木のうろの中らしい。


 近くには凶悪な魔物の気配もないし、慌てる必要はなさそうだ。


「ジルカ、とりあえず服を着ろ。あれからどのくらい経って、何があった?」

「服などないのである! おーい、ティルが起きたのであるぞー」


 全裸のジルカはうろの外に向かって呼びかけている。


「そっか。服がないなら仕方ないな。これを巻いておくといい」


 俺は魔法の鞄から毛布を出してジルカに手渡す。


「いいかい? ジルカ。ミアが言っていたように人の姿になったら、全裸は良くない」

「ええ、非常時でもあるか」

「非常時なら仕方ないけど、なるべくはだめだ」

「なるほどー。勉強になるのであるなー」

「今後、人の姿になってもいいように、服を用意するとか、そもそも魔法で服は作れないのか?」

「また難しいことをー。でも、できるかもしれぬのである。えっと、基本的な考えは……」


 ジルカは毛布を体に巻きながら、ぶつぶつと呟いている。


「がうがうがうがうがうがう」「がうがうがうがうがうがう」


 すると、興奮した大きな狼が二頭、全速力で走ってきた。


「おお、凄い勢いだな!」

「がうがうがうがうがうがう」「がうがうがうがう」


 狼は上体を起こした俺に飛びついて、顔をベロベロ舐める。

 まるでペロを相手にしているみたいだ。


「落ち着け落ち着け。……ペロに似てるな」


 毛皮の柄はペロそっくりだ。

 だが、大きさが違う。二頭とも体高三メートルを超えた立派な成狼だ。


 ペロとは魔力が違うが、とても似ている。


「もう話が進まないのである! ティルが気絶してから今はだいたい三十分後である!」

「三十分か、思ったより短いな」

「うむ。そして気絶してからの話しであるが――」


 俺は気絶する直前に魔槍を放って、強そうな魔物を五頭ほど倒しておいた。


「ティルが数を減らしてくれたおかげで、残りの魔物を倒すのは簡単だったのである」

『魔王種が倒れると、側近は弱くなる。ありがと』

 牛がそう言うと、狼二頭が、

『ぼくつよい。数がへったら、たおせる。ありがと』『ティルすごいすごい。ありがと』

 嬉しそうに尻尾を振った。


『治癒ポーションもありがと。傷ふさがった。こことか』

 牛がお尻を俺に向けて見せてくれる。確かに傷のあとはあるが、完全に塞がっていた。


「おお、牛も狼も話せるのか。すごいね」

「も~」


 モラクスが話せるのだ。もっと成長している牛は話せても当然だろう。


「おお、お尻以外の傷も完全に塞がっているね。あとも残らないと思うよ。良かった良かった」


 俺は牛の全身を調べる。傷は全て塞がっていた。

 雌牛で、お乳が張っているが、これは病気でも怪我でもないだろう。


『ぼくも! ここふさがった! みてみて! ティルみて! ありがと』

『ここも、ここも! みてみて! ありがとありがと』


 狼二頭も傷があった場所をアピールして押しつけてくる。

 もふもふで犬臭くて最高だ。


「おお、もう治ったのか。すごいね」


 ペロはまだ話せないが、きっと成長したら話せるようになるのだろう。

 俺は狼二頭の体も調べる。傷は全て塞がっていた。


「よかったよかった。でもね、傷は塞がっても魔力と体力は戻ってないからね」

『うん。ありがと』

『わかった! でもげんき!』『あそぶ? ティルあそぶ?』

「あとでねー」


 嬉しそうに尻尾を振っている牛と狼二頭は、体こそ大きいが、モラクスとペロに似ている。

 魔力の形も似ているし、同種族どころか、いや同じ血族でもおかしくない。


「……説明続けて良いであるか?」

「あ、すまない。魔物を倒した後、治癒ポーションを使ったところからだな」

「うむ、近くに丁度いい場所があったからティルを寝かせて、これの絞り汁を飲ませたのである」


 ジルカが指さしたのは魔苺と魔檸檬だ。


『魔力枯渇の症状には、魔苺と魔檸檬の絞り汁が効果的』


 どうやら牛が治療法を知っていたらしい。


「助かったよ。それに勉強になった。ありがとう」

「も~」


 そして、ジルカは深く頭を下げた。


「ティル。助かったのである。我も聖獣たちも、ティルがいなかったら死んでいたのである」

『ありがと』『ありがとありがと』

「気にしないでくれ。ジルカには言ったが、魔物を倒すのは俺の仕事でもあるからな」

「命の恩人なのである。ありがとう」『ありがと』「わふ」

「ジルカも、聖獣のみんなも、今後とも協力してくれたら嬉しいよ」


 そういって、俺は牛と狼二頭を撫でまくった。


「そういえばジルカ。聖獣は五頭いるって言ってたけど、残りの二頭は?」

「子供を見に行ったのである。子供を残して戦っていたゆえなー」

「そっか、今度ご挨拶したいな」

「うむ、ティルの拠点の場所を教えておいたから、すぐに会えるであろ! 事後報告ですまぬ」

「問題ないよ。みんなもどうだ? 俺たちの拠点で一休みするといい」


 俺が渡した治癒ポーションの効果で、傷は塞がってはいる。

 だが、魔力も体力も失われているし、回復する必要があるだろう。


「俺の拠点には瘴気がないからな。回復も早いだろう。それに……」


 牛と狼が、モラクスとペロの一族の可能性もあるし、会わせてあげたい。

 だが、何の確証もないので、何も言うべきではないだろう。


 モラクスとペロが魔物との戦いで親を失ったように、牛と狼も家族を失っているかもしれない。

 行方不明になった家族がいるかもと聞かされたら、希望を持ってしまう。

 そして、家族ではないとなったら、がっかりしてしまうだろう。


「それに? なんであるか?」

「いや、なんでもない」


 俺がちらりと牛と狼二頭を見ると、ジルカも見る。


「なるほど。まだ確証はないから我も何も言わぬのである」

「助かる」


 ジルカも察してくれたようだ。

 それほど、牛とモラクス、狼二頭とペロは似ているのだ。


「さあ、みんな! ティルの拠点に行くのである。付いてくるのである!」

「もっも」「がうがう」「わふ!」 


 そして、俺たちは、皆が待つ拠点に向かって移動を開始した。








 俺を背中に乗せたジルカは、牛と狼を気にしながら、ゆっくりと飛んで行く。

 ゆっくりといっても、行きに比べてである。時速三十キロぐらいは出ている。


 行きの際は三分で移動した距離を、二十分かけて飛び、俺たちの拠点が見えてくる。

 コボルトの魔法は健在で、魔樹がうっそうと茂っているようにしか見えない。

 コボルトたちが頑張ってくれたのだろう。



 ジルカは静かに地面に着陸し、俺がその背中から降りると、

「も」「がう」「がう」

 牛と狼二頭もすぐに追いついた。


「牛も狼たちも速いね。無理はしてない?」

『余裕。あの程度の速さは散歩みたいなもの』

『さんぽ? さんぽする?』『いく! さんぽいく!』


 牛の散歩という言葉に狼たちが反応する。


「今は散歩はしないよ。しばらく休まないとだからね」

「ぁぅ~」「ぁぅ」


 散歩はしないというと、狼の尻尾がへなへなと垂れ下がった。


「元気になったら散歩に行こうね。じゃあ、ついて……おお?」


 俺は人型になったジルカを見て驚いた。なぜなら、服を着ていたからだ。


「服を魔法で作ってみたのである。どうであるか?」


 ジルカが身に付けているのは、極めて単純な構造の赤褐色の貫頭衣だった。


「素晴らしい! 似合ってるぞ。すぐに魔法で服を作れるようになるとは流石はジルカだな」

「そうであろ、そうであろ! 我は偉大なる竜、天星のジルカゆえな? このぐらいは容易い」

「ふんふんふんふんふん」「ふんふんふんふん」「ふんふんふん……クシュ」


 牛と狼たちも気になるらしく、ジルカの服の匂いを嗅ぎまくっている。


「それじゃあ、行くよ。みんな付いてきてくれ」

「行くのである!」

「も」「わう」「がう」


 俺はみんなを引きつれて、結界の範囲内へと入り、歩いて行く。

 三メートルほど歩いて、急に視界が開けると、子供たちとコボルトたちが勢揃いしていた。


「ティル! 無事なようでなによりだが、魔物はどうなった?」


 ミアが心配そうに尋ねてきて、

「おかえり!」「はやかったね!」「いや、遅かった! 一時間ぐらい待ったもん!」

『ぶじでよかったわんねぇ』『ねね、ティルなでてわん』

 元気にはしゃぐ子供たちとコボルトたちに囲まれ、

「もおおおおおお!」

「がうがうがうがうがう」

 モラクスとペロが興奮して駆けてきて、

『ママ! ママ!』「わふわふわふわふ」

 牛と狼たちに飛びついた。


『無事だったのね。可愛い坊や』

『もらくすがんばった。がんばった』

 モラクスは母牛に体をくっつけて「もおおもおお」と鳴いている。


「わふわふ」

『我が子よ! よくぞ生きてた』『我が誇り。立派になったな』


 ペロは狼二頭にベロベロと舐められている。


「ふむ。やはりモラクスの母であったか」

「狼の方は?」

「狼もペロの両親であるな?」


 甘えん坊の犬といった雰囲気だったペロの両親は、今は威厳ある大狼という雰囲気だ。

 親としての振るまいといち狼としての振る舞いが違うらしい。


「そっか。よかったなぁ」 


 きっと、ペロの群れの大半は悲しいことになったのだろう。

 それでも、無事生き延びた者がいたことは良かった。


「むぎゅむぎゅむぎゅむぎゅ」

「むぎゅむぎゅむぎゅちゅぱ」


 モラクスとペロは嬉しそうに母のお乳を吸いはじめた。

 モラクスもペロもまだ乳離れしていない赤ちゃんなのだ。


 そんなモラクスとペロの様子を、子供たちとコボルトたちは優しく見守っていた。

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