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2章

第40話 来訪者

 モラクス母とペロ両親がやってきた次の日のお昼前。


『てぃる。だれかきた』

「む? ……ほんとだ。これは人族の気配だな」


 モラクスが教えてくれて俺も初めて、ゆっくりと近づいてくる人族の気配に気がついた。


「敵か? いや、迷子か? どちらにしろ追い払わなければ……」


 座って布を織っていたミアが弓を持って立ち上がる。


「待て待て。俺が行ってくる。もし必要なら腐界の外まで案内するさ」

『もらくすもいく』「わふわふ」

「うん、じゃあ、モラクスとペロも付いてきて。ジルカとミアはみんなを頼む」

「ああ、任されたのである」「うん、ティル。気をつけて」

「モラクス母とペロ両親もみんなをお願いね」

「もっも」「わふ」「ぁぅ」


 戦力が増えたので、拠点を気楽に離れることができるようになった。

 とても助かる。


 俺はみんなに見送られて、モラクスとペロと一緒に気配の方へと走っていった。


「わう?」

「そうだね。三人だな。三人とも魔力の量はそんなに多くないな」

『まいご?』

「かもしれない」


 迷子なら外まで案内する必要がある。


「でも、迷いなく腐界の奥に向かって歩いているしな……」

『かんこう?』

「観光かな? それならミアがやったみたいに追い払わないと……」


 そんなことを話しながら歩いていると、三人の人族が見えてきた。


 三人ともだぶついた手の先まで覆った長袖の服を着ている。

 靴とズボンの間にも隙間がなく、フードを深くかぶっていた。

 しかも、顔には大きな鳥の嘴みたいな、伝染病を治療する医師のマスクを着けていた。


 完全に肌や髪を隠している。瘴気を防ぐための防護服なのだろう。


 おかげで、外見からは性別も年齢も、何もかもわからなかった。


 俺はモラクスとペロと一緒に堂々と前に出る。


「この腐界に何の用だ? 俺は国王陛下から腐界の領主に任じられたティル・リッシュだ」


 最初に身分を明かしておく。

 こう言っておけば、まともな人族なら話しを聞いてくれるだろう。


 領主の指示には普通は従う。人族は権威と権力に弱いのだ。


「俺だよ、ティル。久しぶりだな」


 そう言って先頭の人族がマスクを外す。


「フィロか? どうしたんだ。こんなところに」


 フィロは、何度も俺と一緒に魔物を退治した凄腕の剣士だ。


 俺が辺境開拓騎士の辞令を受けたときもすぐに駆けつけてくれた。

 困ったことがあったらいつでも頼れと、言ってくれた友達だ。


「話は長くなるんだが……ティルに頼みがあってきた」

「わかった。……瘴気がきついだろうし、俺の拠点で話そう。付いてきてくれ」


 フィロがわざわざ訪ねて来るほどの頼み事だ。簡単ではないだろう。

 ゆっくりと話しを聞く必要がある。


「後ろの二人も、俺についてきてくれ。拠点はそう遠くない」


 残りの二人はフィロのパーティの一員だろう。

 フィロは凄腕の剣士だが、単独で腐界に入るのは危険なので、パーティを組む必要があるのだ。


「お初に――」

「いや、挨拶は拠点で頼む。ここは瘴気があるからね」


 フィロのパーティの一人がマスクをはずそうと手をかけながら、挨拶をし始めたので止める。

 挨拶は大切だが、瘴気漂う中、マスクを外してまですることじゃない。


 挨拶しかけた者の声は、俺の知らない女性のものだった。

 フィロが連れているぐらいだ。きっと凄腕の冒険者に違いない。


「フィロもマスクを着けろ。魔導師じゃないと、ここの瘴気はきついだろう。」

「すまない。まあ普通は魔導師でもきついんだがな。よくティルは平気だな」

「俺は普通の魔導師よりずっと魔力が多いからね」


 フィロはマスクを付け直す。


「…………ん? フィロ、それは護符か?」

「お、気づくか。さすがはティルだな。聖女様特注の護符だよ。身に付けておくと瘴気を少し防げる」

「ほー。その護符をつけていると、誰の気配がわからなくなるぞ。フィロだとは気づけなかった」

「そうなのか? ……魔導師相手に変装するときにも使えるかもしれないな」


 そんなことを言いながら、フィロと歩いて行く。

 フィロの仲間の二人は俺たちの後ろを黙って歩き、その後ろをモラクスとペロが付いてくる。


「瘴気を防げると言っても、完全ではないからな。マスクが必要なんだよ」


 そういってフィロは、着けたマスクを指さした。


「なるほどなぁ。だが、安心しろ。俺の拠点は瘴気を完全に防いでいるからな」

「ほう?。ああ、だから挨拶は拠点に行ってからって言ってたんだな」

「そうだよ」

「さすがはティルだ。瘴気を完全に防ぐ方法を編み出すとはな」

「いやいや、俺が凄いっていうか、凄い護符をくれたお方がいるんだよ」


 俺はその護符を魔導具に組み込んだだけだ。


「どんなお方なんだ?」


 護符をくれたのはリラだ。リラは幼なじみで、神殿の優秀な神官だ。


「そうだな。優しくて綺麗な人だよ。本当にいつも気をかけてくれて、ありがたいんだ」


 そのとき、フィロの仲間の一人がゴホゴホッと咳をした。


「も?」


 モラクスが心配そうにその一人を見つめる。


「……狼は……猟犬替わりだと思うんだが……どうして牛?」

「モラクスっていうんだが、聖獣の牛の子供だよ。母牛とはぐれたときに出会って――」


 俺はフィロとその仲間たちにモラクスとついでにペロについても紹介した。


「拠点に行けばモラクスとペロの親にも会えるよ」

「それは楽しみだな」

「それにしてもよく俺の拠点の位置がわかったな」


 フィロたちは俺の拠点に向かってまっすぐ歩いていた。


「ティルのお師匠様に教えてもらったんだ」

「それなら納得だ」


 師匠とはオルを通じて連絡を取っている。当然、師匠は拠点の位置を知っているのだ。

 そんな会話しながら歩いていると、拠点が見えてきた。


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