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第46話 死の山へ

 体操を終えた皆にも手伝ってもらって、朝ご飯を作って食べると出発だ。


 出発の前、リラに防護服を渡された。


「はい、ティルの分」

「え? 俺は大丈夫だよ? 魔力多いし」

「それでも、瘴気が体に悪いのは変わりないでしょ?」

「そうだけど……暑そうだし……動きにくそうだし……」

「つべこべ言わないの!」


 少し強引にリラに防護服を着せられた。


「これでよし。いい? なるべく脱いだらだめだからね? 体に良くないんだから」

「わかった。ありがとう」

「ん」


 リラは防護服のフードの上から、俺の頭をわしわしと撫でた。


「気をつけてね。ノエルをお願い」

「わかってる、リラも子供たちを頼む」

「ん」


 それから俺はフィロたちと同じ仮面を付けて皆に言う。


「ミアとジルカ、モニファスとペリオス、ペリーナ。留守中、子供たちを頼む」

「任せてくれ」「任せるのである」

『任せて』「わふ」「がう」


 すると子供たちが集まってくる。


「気をつけてねー」

『さみしいわんねー』『まってるわん!』


 そしてモニファスとペリオス、ペリーナは自分の子に優しく声をかける。



『もらくす、がんばりなさい』

『ぺろ、がんばって』『かわいい、ペロかわいい』


 みんなに見送られて、俺とモラクス、ペロ、そしてフィロ夫妻は拠点を出立した。


 拠点周囲は定期的に見回って魔物を狩っているので、しばらくは魔物は出ない。

 その間に、打ち合わせを済ませておく。


「モラクスとペロには、敵の気配の察知。それにカトリーヌの護衛を頼みたい」

『まかせて』「わふ!」

「カトリーヌは基本的にペロとモラクスのそばにいてくれ」

「わかりました」

「フィロは……その防護服を着た状態だと、どのくらい動けるんだ?」

「いつも通り動けるぞ」

「なら、いつも通り前衛を頼む」

「わかった」


 先頭をフィロが歩き、次にカトリーヌ、その左右にモラクスとペロ、最後尾を俺がついて行く。


「この防護服、意外と動きやすいな。蒸れないし」

「外から瘴気が入るのを防ぐが、風とか湿気は通すんだよ」

「それはすごいな」

「本当に。リラさんは凄いよ」

「え? これもリラが開発したのか」


 護符を作ったことは知っていたが、防護服までリラが作ったとは知らなかった。

 俺が想像していたより、リラはずっと多才らしい。


 歩きながら、俺は先頭のフィロに向かって語りかけた。


「俺とフィロがはじめて共闘したのっていつ頃だ?」

「十年ぐらい前だな」

「そっか、そんなになるか」


 十年前、俺もフィロも二十五歳だった。


「フィロは最初から強かったな」

「ティルの方こそ強かったぞ、こんなに強い魔導師がいるのかと驚かされた」

「そんなことはないだろうが……それにしても辺境伯の嫡子だったとはなぁ」

「辺境伯を継ぐには実戦経験が必須とされているんだよ。戦争がなければ魔物を倒すしかない」


 どうやらフィロの実家には面倒な決まりがあるらしい。


「ノエルが誘拐されてからは魔物退治ではなく戦争指揮が忙しくてな」


 ノエル誘拐は隣国が戦争を起こす前に行った謀略の一部である。

 その後攻めてきた隣国の兵と戦っていたので、しばらくフィロは魔物退治をしていなかった。


 それでも、三年前に復帰して一年ほど戦ってくれた。


「三年前にちょうどノエルが生存したと聖女が教えてくれて……」


 魔物がひしめく腐界にいるノエルのために一匹でも魔物を倒そうと考えたようだ。


「そっか。皆が子供を魔物に殺されたんだと噂していたぞ」


 フィロは子供を腐界に攫われたとは言っていた。

 つまりそれは魔物に子供を殺されたということだと皆が考えた。


 実際、魔物と戦うフィロは鬼気迫るものがあった。


「今思えば、ノエルの元に駆けつけられない焦りがあったのかもしれないな」

「も!『まもの、しょうめん』」「わふ」

「正面」


 俺が一言伝えた直後、リス型の魔獣が正面から跳びかかってきた。


 ――GIYAAAAAA!

「ほい」

 叫びながらフィロに跳びかかったリスは、一太刀で斬捨てられる。 


「相変わらず見事なものだ。流石剣聖」

「まあ、リス型魔獣程度ならな。カトリーヌ大丈夫か?」

「はい。平気よ」


 平気と言いながらも、カトリーヌの呼吸は少し荒い。

 始めて魔物を見たのだろう。


「カトリーヌ。指一本触れさせないから安心しろ。俺とティルがいるからな」

『もらくすもいる』「がうがう」

「モラクスとペロもいるぞ。モラクスもペロもかなり強いよ」

「はい。モラクス、ペロ。よろしくね」

「もっも」「わふわふ」


 それからも定期的に魔物が襲ってきたが、問題なく撃退しつつ奥へと進む。


「少し西にずれています」


 カトリーヌが魔導具を見て進路がずれると教えてくれる。


「了解。だけど進路修正は川を渡ってからのほうがいいな」


 先頭を行くフィロは歩きやすい道を見つけて進んでくれた。


 拠点を出立して三日後の夜は雨が降った。


 魔物の革を利用して、木々の間に簡易の屋根を作ってその下で眠ることにした。

 天気が良いときは屋根のないところで野宿なのだが、雨の中で屋根なしは辛い。

 魔法で魔樹を加工して、簡易な床と壁も作っておく。


「こういうとき魔導師がいると助かるな」

「フィロ。普通の魔導師ではこうはいかないわ。兄弟子が特別なのです」

「確かに。ティルの魔法は普通ではないな。助かるよ」

「お礼を言われるほどのことではないさ。……それにしても死の山は遠いなぁ」


 俺はリラが作ってくれた弁当を食べながら、夕焼けで赤い遥か遠くの山を見る。


「リラの弁当は本当にうまい。弁当があるから全然しんどくないな」


 日の出から日没近くまで、腐界を奥地、しかも死の山、つまり山に向かって歩くのだ。

 道は悪いし、登り道だし、魔物はしょっちゅう襲ってくる。


 傾斜は緩やかだが、じわじわと登っているのだ。

 空気が徐々に薄くなっていき、息が切れやすくなっていく。


 しんどくても当然なのに、辛くはない。


「リラさんは片道として五日分の弁当をくれたんだよな」

「リラさんが五日とおっしゃるなら、あと二日ですね」


 フィロ夫妻は当然のように五日で到着すると信じているようだ。

 だが、リラの占いがいくらよく当たると言っても、あまり信用できないと思う。


「五日で着くとは限らないだろう。まあ、十日だろうが二十日だろうが対応してみせるが……」


 問題は瘴気除けの結界と防護服だ。


「二人とも瘴気は大丈夫か?」

「大丈夫だ」

「はい、全く問題ありません」

「防護服は重くないか? 暑すぎたりとか」

「それも問題ない」

「ええ、なんとかなっています」

「もし、具合が悪くなったら、すぐに言ってくれ。薬ぐらいなら作れる」


 瘴気病の治療薬を飲めば、多少はましになるだろう。


「ああ、そのときは頼むよ」

「兄弟子は製薬までできるのですか?」

「師匠に仕込まれたからな」

「ちなみに……お師様からはどのような指導を?」

「……話せば長くなる……とても辛くて、そして楽しい修行だったな」


 俺は妹弟子に、師匠との思い出を語ったのだった。


 その夜は雨音を聞きながら、モラクスとペロとくっついて眠る。

 魔獣の革で屋根を、木で床と簡単な壁を作ったおかげで快適だ。


「……雨の日対策を教えてくれた師匠のおかげだな」

「も」「わふ」

「うん、モラクスとペロも今日はお疲れ様」


 一日頑張ったモラクスとペロを優しく撫でてねぎらった。




 四日目は雨も上がり、快調に進む。

 リラが予告した五日目になると、フィロ夫妻の落ち着きがなくなってきた。

 いよいよ、我が子に再会できると気がせいているのだろう。


「ほんとに五日目には死の山に着いたな」

「そりゃあ、そうだろう。リラさんがそう仰ったんだ」


 フィロのリラに対する信用度が高すぎる。


「だが、死の山は広いからな」

「私の魔導具が真の意味で活躍するのはここからです」


 カトリーヌが力強く言った。

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