――石の匂いがした。土埃と、どこか冷たい湿気。
「……う、あ……」
薄く目を開けると、視界に飛び込んできたのは、煉瓦造りの天井。和室の天井板でもなく、見慣れた白いクロスでもない。赤茶けた石が、ずっしりと頭上を覆っている。
「……ここ、どこだ……?」
身体を起こす。瓦礫はあちこちに散らばっていたが、不思議なことに体に痛みはない。擦り傷ひとつない。服も破れていない。奇跡的に――いや、あり得ないほどに無傷だった。
(……俺、生きてる?)
不安に駆られてポケットを探ると、スマホがあった。電源を入れる。画面は点き、バッテリーも残っている。さらに、ライブ配信アプリは……まだ繋がっていた。
「マジかよ……」
画面には、コメントが流れていた。
《noname:生きてる? マジで大丈夫?》
《ミミコ:え!? なんでこんな場所に……! どこココ!?》
ほかにも、知らない名前が数人、閲覧中になっている。数は6人。過去最多だ。
カメラに自分の顔を映してみる。額にちょっと煤がついているだけで、血の気も通っている。コメントがすぐ反応する。
《ミミコ:良かった……でも、背景が……!》
《noname:そこどこだよ……》
悠人は、ようやく状況を見回す。崩れかけたレンガの壁、土の床、天井からぶら下がるランタンのような灯り。どこかの地下遺跡、いや、もっとファンタジーな……。
「ここって……」
声が震える。
「まさか、ダンジョン……? てか、俺……異世界転生?」
喉がカラカラになった。思わず、口に手を当てる。
「いや……死んだのか? 家に突っ込んだトラックに轢かれて、あのまま……?」
頭を抱えそうになったところで、スマホの画面がまた反応した。
《ミミコ:ダンジョン……!? ていうか、めっちゃそれっぽいです!》
《noname:いや、でも死んだわけじゃなさそうだろ? 配信できてるし、息してるし》
混乱していた頭が、ふと冷静になっていく。確かに、自分は生きている。スマホも、指も、意識もある。
(……じゃあ、これは夢か? 幻覚? それとも……本当に)
《ミミコ:タグつけたら? #ダンジョン #冒険配信 #異世界?》
《noname:ってか今の状況、まんま“ダンジョンジャンル”そのものじゃね?》
「……は? いやいや、そんな……」
だが、視聴者のコメントを見ながら、ふと気づく。確かに、今の状況はさっき見ていた“ダンジョン配信者”の画面と酷似している。
壁の質感、照明の色、空気の湿り気……作り物とは思えない“リアルさ”がある。
(……じゃあ俺、マジであのジャンルに……?)
でも、だからといって何をすればいい?
出口は? ゴールは? 敵とか、いるのか?
「いや、ちょっと待て……何すればいいんだ、これ……?」
そう口にしたとき、どこか遠くで「ギィ……ギィ……」という鉄の扉が軋む音が響いた。
悠人は息をのんだ。
そして、再びスマホを構え、言った。
「と、とりあえず、探索……してみるか?」