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第4話 適応するしかない

 手の中にあるスマホが、現実と夢の境界線をかろうじて繋ぎとめていた。画面には、先ほどよりも多くの視聴者のアイコン。閲覧数は「8」になっていた。コメントも途切れない。


《noname:やばいな……マジで異世界じゃんこれ》


《ミミコ:背景ほんとすごいです、作り物に見えない……!》


《ZANZO99:配信残ってたwww強運すぎw》


 悠人は恐る恐る立ち上がり、スマホを手にゆっくりと周囲を見回す。


 足元には瓦礫。天井からは土埃が時折落ちてくる。灯りは心もとないスマホのLEDライトだけ。その白すぎる光は、ダンジョンという雰囲気にそぐわないくらい現実的だった。


「とりあえず……ちょっと、歩いてみるか……?」


 つぶやくと、スマホの画面越しに“リアルタイムの冒険者”を観るような空気が漂った。コメント欄がざわつきはじめる。


《noname:気をつけろよ》


《ミミコ:なんかあったらすぐ逃げて!!》


 配信のカメラを前に向けたまま、瓦礫の隙間を抜け、通路のような場所へ足を踏み入れる。床は土と石の混ざった感触で、まるで古代の遺跡の中にでも迷い込んだようだ。


 そんなときだった。


「ん……?」


 瓦礫の山の隅に、黒いケースが半ば埋もれるようにして落ちていた。しゃがんで取り上げてみると、中には……小型のLEDライトが入っていた。


「これ……ライト?」


 電源を入れてみると、やや黄色味がかった、やさしい光が広がる。スマホの白い光よりずっと、周囲を自然に照らす。


 その瞬間、コメントが動いた。


《ミミコ:それ、撮影用ライトじゃないですか!?》


《noname:おい、それ……よく見るとスマホ用のやつじゃね?》


 改めてライトを観察すると、確かに裏面にはクリップがついていて、スマホの上部に挟める構造になっていた。しかも、すぐ隣には――


「……自撮り棒?」


 さらにマイクまで落ちていた。ピンマイクと、少し大きめの指向性マイク。どちらも動画配信や撮影でよく使うものばかり。


「え、これ……全部揃ってるじゃん……」


 思わず独り言を漏らした悠人に、コメントが応じる。


《ZANZO99:セットで落ちてるの草》


《ミミコ:配信用アイテム支給される世界線w》


《noname:ライトつけてみ? スマホのライトだと暗い&電池ヤバそう》


「あー確かに……ライトずっと使ってるとバッテリー死ぬわ」


 悠人は言われたとおり、スマホからライトを外し、代わりに発見した撮影用ライトをセット。自撮り棒にスマホを取り付け、配信用として構えてみると――


 画面が一気に明るくなった。


 視界の奥、奥まった通路の先まで見えるようになり、映像にも“それらしさ”が加わる。


「おお……これは、ちょっとテンション上がるな」


 視聴者も盛り上がる。


《ミミコ:めっちゃ見やすくなった!》


《noname:完全に実況配信になってて草》


《ZANZO99:ようこそダンジョン配信者へ》


「……って、いやいやいや」


 悠人は慌てて否定するように言葉を返した。


「俺、別に本当にやろうと思ってたわけじゃないし! こんなのただの事故っていうか……不可抗力っていうか……」


 しかし、どこかでゾクッとした。

 配信アイテムが都合よく落ちていて、しかも自分は無傷。そして、スマホの配信はずっと繋がっている。


(……これ、仕組まれてる?)


 考えれば考えるほどおかしい。でも今は、あまり深く考えすぎると頭がパンクしそうだった。


 代わりに、こうつぶやいた。


「とりあえず……配信、続けてみるか」


 言葉に出した瞬間、なぜか心が少しだけ落ち着いた。


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