手の中にあるスマホが、現実と夢の境界線をかろうじて繋ぎとめていた。画面には、先ほどよりも多くの視聴者のアイコン。閲覧数は「8」になっていた。コメントも途切れない。
《noname:やばいな……マジで異世界じゃんこれ》
《ミミコ:背景ほんとすごいです、作り物に見えない……!》
《ZANZO99:配信残ってたwww強運すぎw》
悠人は恐る恐る立ち上がり、スマホを手にゆっくりと周囲を見回す。
足元には瓦礫。天井からは土埃が時折落ちてくる。灯りは心もとないスマホのLEDライトだけ。その白すぎる光は、ダンジョンという雰囲気にそぐわないくらい現実的だった。
「とりあえず……ちょっと、歩いてみるか……?」
つぶやくと、スマホの画面越しに“リアルタイムの冒険者”を観るような空気が漂った。コメント欄がざわつきはじめる。
《noname:気をつけろよ》
《ミミコ:なんかあったらすぐ逃げて!!》
配信のカメラを前に向けたまま、瓦礫の隙間を抜け、通路のような場所へ足を踏み入れる。床は土と石の混ざった感触で、まるで古代の遺跡の中にでも迷い込んだようだ。
そんなときだった。
「ん……?」
瓦礫の山の隅に、黒いケースが半ば埋もれるようにして落ちていた。しゃがんで取り上げてみると、中には……小型のLEDライトが入っていた。
「これ……ライト?」
電源を入れてみると、やや黄色味がかった、やさしい光が広がる。スマホの白い光よりずっと、周囲を自然に照らす。
その瞬間、コメントが動いた。
《ミミコ:それ、撮影用ライトじゃないですか!?》
《noname:おい、それ……よく見るとスマホ用のやつじゃね?》
改めてライトを観察すると、確かに裏面にはクリップがついていて、スマホの上部に挟める構造になっていた。しかも、すぐ隣には――
「……自撮り棒?」
さらにマイクまで落ちていた。ピンマイクと、少し大きめの指向性マイク。どちらも動画配信や撮影でよく使うものばかり。
「え、これ……全部揃ってるじゃん……」
思わず独り言を漏らした悠人に、コメントが応じる。
《ZANZO99:セットで落ちてるの草》
《ミミコ:配信用アイテム支給される世界線w》
《noname:ライトつけてみ? スマホのライトだと暗い&電池ヤバそう》
「あー確かに……ライトずっと使ってるとバッテリー死ぬわ」
悠人は言われたとおり、スマホからライトを外し、代わりに発見した撮影用ライトをセット。自撮り棒にスマホを取り付け、配信用として構えてみると――
画面が一気に明るくなった。
視界の奥、奥まった通路の先まで見えるようになり、映像にも“それらしさ”が加わる。
「おお……これは、ちょっとテンション上がるな」
視聴者も盛り上がる。
《ミミコ:めっちゃ見やすくなった!》
《noname:完全に実況配信になってて草》
《ZANZO99:ようこそダンジョン配信者へ》
「……って、いやいやいや」
悠人は慌てて否定するように言葉を返した。
「俺、別に本当にやろうと思ってたわけじゃないし! こんなのただの事故っていうか……不可抗力っていうか……」
しかし、どこかでゾクッとした。
配信アイテムが都合よく落ちていて、しかも自分は無傷。そして、スマホの配信はずっと繋がっている。
(……これ、仕組まれてる?)
考えれば考えるほどおかしい。でも今は、あまり深く考えすぎると頭がパンクしそうだった。
代わりに、こうつぶやいた。
「とりあえず……配信、続けてみるか」
言葉に出した瞬間、なぜか心が少しだけ落ち着いた。