「スライム……?」
悠人の頭に思い浮かんだのは、よく知るゲームのそれだった。丸くて、目や口があって、ぷるんとしてて――。
だが目の前のそれは違った。ただの粘液の塊。光をぼんやりと反射するだけの、どろりとした半透明の液体だった。
「スライムゼリー……? ただの液体じゃ――」
言いかけた時、足元にじわりと広がってきたそれが、肌に触れた。
「うっ……あっつ!!?」
飛び上がった。右足の太ももが、ジリジリと焼けるように痛い。視線を落とせば、ズボンの生地が溶けていた。溶かされていた。すでに右脚の肌が露わになり、赤くただれている。
「うわああっ、痛いっ……ッ!」
咄嗟に落ちていた棒を手に取って、スライムをかき出した。ベチャ、と湿った音を立てて壁に貼りつくそれ。まだ動いている。悠人は必死に這うように逃げる。
《ミミコ:ヤバい!本気でスライムだ!》
《タピオカン:ズボンとけてるやん……えぐ……》
《氷のスタンプアイテムが送られました》
《noname:冷やすもの、現状なし。これは……火傷ですね。》
《トコナツ:ダジャレで冷やします!🧊🧊🧊(スタンプ)》
だが現実は洒落にならない。痛みにうずくまりながら、悠人はうめいた。
「くそ……くそっ、なんでこんな……!」
スライムは再び動き出していた。じわじわと、粘液が広がってくる。這う速度は遅いが、確実だった。
《noname:他のダンジョン配信を見ました。同じようなスライムに襲われていた配信者が、“光”で倒していました》
「光……?」
咄嗟に思い出す。さっき拾った撮影用LEDライト――。悠人はそれを取り出すと、スライムに向かって照射する。だが、何も起きない。
「なんでだよ……!」
《noname:照度の調整スイッチ、確認して》
《ミミコ:スイッチ!スイッチ!📢📢📢》
手元のスライドを見つけて、最大にした。
――パァッ。
白く強烈な光が、スライムを照らす。その瞬間、スライムはビクッと震えた。シュウゥ……と音を立て、溶けるように消えていく。
悠人はその場に崩れ落ちた。
《ZANZO99:やったー!!》
《あおいろ:スゴすぎる……まじ勇者》
《トコナツ:倒した!倒した!✨🎉》
《ミミコ:👏👏👏👏👏👏》
配信画面はスタンプとアイテムの嵐。応援の声が飛び交い、まるで実況イベントのようだった。
「……ありがと……う……」
だが、痛みは消えない。火傷の痕がズキズキと疼く。右足がまともに動かない。
「薬草とか……、ヒーラーとか、いねーのかよ……」
ダンジョンゲームにはつきもののアイテムやキャラが思い浮かばせる呻きながら辺りを見回すと、さっきスライムがいたあたりに、一枚の葉が落ちていた。
「……これ、薬草……?」
《noname:敵を倒した際のドロップアイテムかもしれません。が、効果は未確認》
《ミミコ:ただの葉っぱに見える……けど?》
悠人は、それをそっと手に取った。震える手。額には汗。葉っぱ一枚に、今、自分の命がかかっている気がした。
「子供の頃、怪我した時に生えてるヨモギを膝に充てたなぁ……ってあまり効果なかったけど? て、これヨモギじゃないし」
けれどそれでも、彼はもう動けなかった。火傷の痛みに、ついに倒れ込む。
「誰か――助けてくれ……」