悠人は、自撮り棒越しにその男の顔を映す。少し焼けた肌に、明るめの茶髪。整った顔立ちだ。
《ミミコ:え、ちょっとイケメンじゃない……?》
《ケロッピ:なんか頼れそう!》
《トコナツ:誰?あなたは誰なの?》
「え、ああ……俺? ……獅子島夏弦(ししじま・かいと)っていう。あ、あだ名でいいよ、もうフルネーム出しちゃったけど」
《ミミコ:カイトさん!?かっこいい!》
《no name:コードネーム“カイト”でいい。呼びやすさ重視》
《チロル:カイトくん……!》
「……カイト、でいいよ。あんまり堅いの、苦手なんだ」
視聴者が盛り上がるのを見て、悠人は少しだけムッとした。
「おい、寝返るなよ。俺、主人公だからな?」
そう言いながらも、足の痛みがぶり返し、顔をしかめる。
その様子に、カイトが真顔になった。
「……それ、火傷やろ? そっちが先や。配信とかええから」
そう言ってカイトはポケットを探りながら、小さな瓶を取り出した。
「さっき階段の途中で拾ったんよ。変なマークのラベルが貼ってあるけど……なんか薬っぽい」
《no name:他のダンジョン配信者の映像で見たことある。たぶん治療アイテム》
《アキサン:ガーゼがないなら布で。清潔なものがあれば……》
《ミミコ:持ってるハンカチで代用できるかも!》
悠人はリュックからくしゃっとなったハンカチを取り出す。清潔とは言い難いが、今は仕方ない。カイトが瓶の中身をそこに少し染み込ませ、そっと火傷に押し当てた。
「ッ……!!」
染みた。痛みが脳まで突き抜ける。思わず歯を食いしばる悠人。だが――
じわり、と温かさが広がり、皮膚が癒える感覚がした。痛みが、確実に引いていく。
《ナナコ:えっ、治ってる!?》
《ミミコ:回復アイテム発動!?》
《チロル:ヒーラーきたー!!救世主!!》
ズボンは焼け焦げたままだが、皮膚はもう赤くも腫れてもいなかった。火傷の跡がすうっと消えていくのが、自撮り棒越しにも見える。
「……嘘だろ……マジで治った……」
「よかった……って、うわ、映してたんか!?」
カイトが驚いて言うと、悠人は無言でカメラを向け、自撮りツーショットに切り替える。
《ミミコ:あっ、ツーショきた!》
《ケロッピ:カイトくんのほうがイケメン……》
《ナナコ:あれ、悠人くん……眼鏡はずしたら?》
「……ちっ。メガネ、外したほうがええかな……」
ぽそりとつぶやいて外してみる。
《ミミコ:ギャー!メガネなし悠人、超アリ!!》
《ナナコ:こっちのが好きかも!》
《トコナツ:イメチェン成功!!》
(……なんだよ……悪くないじゃん)
悠人は、ちょっとだけ自信を取り戻す。
「でさ、あんた、どうしてここに?」
カイトは少し黙って、壁にもたれた。
「……仕事で、上司とトラック乗ってて。俺、助手席で寝てたんよ。で、でかい音で目が覚めたらー家に突っ込んでた」
「……は?」
「で、気づいたらここや。異世界……ってやつ?」
「……おまえ……俺の家に突っ込んできたやつじゃないよな……?」
視聴者コメントがざわつく。
《no name:事実なら、二人は同じ事故に巻き込まれた可能性、ニュース調べる?》
《ミミコ:てことは……一緒に“死んだ”……?》
《no name:ニュースになってないなぁ》
「多分田舎だから……」
と悠人は言う。
《トコナツ:じゃあ、カイトの上司は……?》
カイトは首を横に振った。
「探した。でも、見つからなかった。たぶん……ここにいない」
「けど、死んでるなら、この世界のどこかにいるかもしれない」
「死んでるとか言うな! ……て、俺は死んでるんか?」
目を伏せたカイトの声には、後悔の色がにじんでいた。
「その人、兄貴みたいな存在でさ。俺、どうしても助けたいんよ」
悠人は言葉を詰まらせた。誰かを助けたい――その思いに、共鳴していた。
「俺もさ、実は配信者なんやけど、全然伸びなくて放置してた。だから、配信の勝手はわかる。もしよかったら組もう。俺と」
「は?」
「コンビ組もうって。配信も、ダンジョン攻略も。――生き延びるために。もしかしたら生死を彷徨っているかもしれん! 俺ら」
視聴者たちのコメントが一斉に流れ出す。
《ミミコ:バディ展開きた!?》
《ナナコ:少年漫画じゃん!熱い!》
《no name:合理的判断。協力こそ生存への鍵》
《チロル:うんうん!チーム結成だ~!✨》
悠人は、ほんの一瞬、迷った。
今まで、誰かと組むなんて思いもしなかった。ずっと一人だった。でも――
「……死を彷徨っているかも、だけどな。俺ら」
「それでも、希望があるなら進もうや。な?」
カイトが手を差し出す。
悠人は、迷いながらもその手を握った。
「よし、じゃあ最初のミッションだ」
「なんだよ」
「俺の上司、探す。次に、ここから脱出する」
「……おい、二つ目のが無理ゲーすぎるぞ」
「やるしかないやろ? 配信者なんやから」
カメラの先で、二人の冒険が、始まろうとしていた。