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第9話 小休止

配信を一旦オフにした二人は、足を止め、互いに手持ちの荷物を見せ合うことにした。


薄暗いダンジョンの中、空気は無臭で乾いている。床や壁に汚れはないが、どこか無機質で冷たい。

太陽の光は届かない。だが不思議と、足元や壁を照らすライトは存在していた。まるで最初から“人が歩くこと”を想定して設計されたかのように。


「俺が持ってるのはこれだけ」

悠人は小さな布袋を広げ、中身を取り出す。


「スライムを倒したときに落とした……謎の草。それから、自撮り棒と……ライト。どれもライブ配信に使う以外役に立つかは微妙だけど」


カイトは頷いて、自分のポーチから中身を差し出した。

「俺はね、簡易薬剤とバッテリーが3個。それと、最初から付属してたヘッドマイク」


互いに見せ合ったところで、ふと沈黙。


「……なんで、俺たち……こんなところに来ちゃったんだろうな」


そう呟いた。


悠人は胸ポケットから端末を取り出し、画面をスワイプする。

今、自分たちがいるような“ダンジョン”を配信していた他の配信者の記録を探しはじめた。


レンガの壁、無音の空気、妙に整然とした通路。

よく似た映像が、ぽつぽつと見つかる。


けれど、それは想像よりもずっと数が少なかった。


「ダンジョン配信って、配信数が少ないのは……」

とカイトがぽつりと言った。


「助からず、死んでしまうから……なんだと思う」


その言葉に、悠人は思わず言葉を失った。


心臓が静かに、だが強く鼓動を打つ。

喉の奥が渇き、手のひらがじっとりと汗ばんだ。


「ご、ごめん……ネガティヴなこと言って」

カイトは眉をひそめ、慌てて続けた。


「でも、俺たちは違う。二人いる。協力すれば助かる。絶対に、生きて帰る。……そして、上司も助かる」


「上司……どんな人なんだ?」

と悠人が訊いた。


カイトは小さくうなずいた。


「純也さん。俺が尊敬してる人だ。心が強くて、いつも周りのことを考えてる。だから、きっとあの人も、どこかで生きてる。そう信じてる」


「……“兄さんみたいな人”って言ってたよね?」


悠人がそう言うと、カイトは一瞬、目を見開いて……顔を赤くした。


「……好きな人なんだよ」


「えええええ!? ど、どっちの意味ですか?」

悠人が素っ頓狂な声をあげると、カイトは慌ててそっぽを向いた。


「わ、悪い。変なこと言って。ラブでもライクでもある……あとは想像に任せるよ」


「いやいや、任せるって……」


二人の間に、妙な空気が漂う。


だが、カイトの目は真剣だった。


「助かってて欲しい。でも、今はここで再会したくない……このダンジョンにいるってことは、死に彷徨っているから。変だよな、こんなの……矛盾してるって、自分でも思う」


「でも、すごくわかるよ」

悠人はしっかりと頷いた。


「だったら僕らはここから抜け出そう」


カイトは微笑んだ。悠人の肩にそっと手を置いた。


そのときだった。


端末の画面に、今始まった配信映像が浮かび上がる。


女性の声がスピーカー越しに届いた。


「……えっと、はじめまして。私、スヨンって言います。さっき目を覚ましたらダンジョンにいて、スマホを見たら……この配信が。私はもともと配信者です。歌ってみた系の……」


確かにタグを見ると「#歌ってみた」のタグもついている。

自分よりもかなり若い子に見える。


そして後ろの映像の中に映っているのは、自分たちとよく似たレンガ造りの通路。照明の位置、壁の質感まで酷似していた。


「視聴者から教えてもらったの。私のいる場所と、そっくりな場所で配信してた人がいるって」


「まさか……」

カイトが端末に顔を近づける。


「これ……似てる?」



悠人が呟くと、カイトは意を決したように言った。


「配信、はじめよう!」


二人はヘッドマイクを装着し、端末のスイッチを押した。


再び、「LIVE」の赤い表示が画面に灯る。


「こちら、ゆんゆんとカイト。ダンジョン内、配信を再開します!」


コメント欄が、また動き始めた――。

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