配信を一旦オフにした二人は、足を止め、互いに手持ちの荷物を見せ合うことにした。
薄暗いダンジョンの中、空気は無臭で乾いている。床や壁に汚れはないが、どこか無機質で冷たい。
太陽の光は届かない。だが不思議と、足元や壁を照らすライトは存在していた。まるで最初から“人が歩くこと”を想定して設計されたかのように。
「俺が持ってるのはこれだけ」
悠人は小さな布袋を広げ、中身を取り出す。
「スライムを倒したときに落とした……謎の草。それから、自撮り棒と……ライト。どれもライブ配信に使う以外役に立つかは微妙だけど」
カイトは頷いて、自分のポーチから中身を差し出した。
「俺はね、簡易薬剤とバッテリーが3個。それと、最初から付属してたヘッドマイク」
互いに見せ合ったところで、ふと沈黙。
「……なんで、俺たち……こんなところに来ちゃったんだろうな」
そう呟いた。
悠人は胸ポケットから端末を取り出し、画面をスワイプする。
今、自分たちがいるような“ダンジョン”を配信していた他の配信者の記録を探しはじめた。
レンガの壁、無音の空気、妙に整然とした通路。
よく似た映像が、ぽつぽつと見つかる。
けれど、それは想像よりもずっと数が少なかった。
「ダンジョン配信って、配信数が少ないのは……」
とカイトがぽつりと言った。
「助からず、死んでしまうから……なんだと思う」
その言葉に、悠人は思わず言葉を失った。
心臓が静かに、だが強く鼓動を打つ。
喉の奥が渇き、手のひらがじっとりと汗ばんだ。
「ご、ごめん……ネガティヴなこと言って」
カイトは眉をひそめ、慌てて続けた。
「でも、俺たちは違う。二人いる。協力すれば助かる。絶対に、生きて帰る。……そして、上司も助かる」
「上司……どんな人なんだ?」
と悠人が訊いた。
カイトは小さくうなずいた。
「純也さん。俺が尊敬してる人だ。心が強くて、いつも周りのことを考えてる。だから、きっとあの人も、どこかで生きてる。そう信じてる」
「……“兄さんみたいな人”って言ってたよね?」
悠人がそう言うと、カイトは一瞬、目を見開いて……顔を赤くした。
「……好きな人なんだよ」
「えええええ!? ど、どっちの意味ですか?」
悠人が素っ頓狂な声をあげると、カイトは慌ててそっぽを向いた。
「わ、悪い。変なこと言って。ラブでもライクでもある……あとは想像に任せるよ」
「いやいや、任せるって……」
二人の間に、妙な空気が漂う。
だが、カイトの目は真剣だった。
「助かってて欲しい。でも、今はここで再会したくない……このダンジョンにいるってことは、死に彷徨っているから。変だよな、こんなの……矛盾してるって、自分でも思う」
「でも、すごくわかるよ」
悠人はしっかりと頷いた。
「だったら僕らはここから抜け出そう」
カイトは微笑んだ。悠人の肩にそっと手を置いた。
そのときだった。
端末の画面に、今始まった配信映像が浮かび上がる。
女性の声がスピーカー越しに届いた。
「……えっと、はじめまして。私、スヨンって言います。さっき目を覚ましたらダンジョンにいて、スマホを見たら……この配信が。私はもともと配信者です。歌ってみた系の……」
確かにタグを見ると「#歌ってみた」のタグもついている。
自分よりもかなり若い子に見える。
そして後ろの映像の中に映っているのは、自分たちとよく似たレンガ造りの通路。照明の位置、壁の質感まで酷似していた。
「視聴者から教えてもらったの。私のいる場所と、そっくりな場所で配信してた人がいるって」
「まさか……」
カイトが端末に顔を近づける。
「これ……似てる?」
悠人が呟くと、カイトは意を決したように言った。
「配信、はじめよう!」
二人はヘッドマイクを装着し、端末のスイッチを押した。
再び、「LIVE」の赤い表示が画面に灯る。
「こちら、ゆんゆんとカイト。ダンジョン内、配信を再開します!」
コメント欄が、また動き始めた――。