遠くで聞こえる鳥たちの鳴き声が、新しい一日の始まりを静かに祝福していた。
地上では、朝日がゆっくりと昇り始めていた。雲の隙間から柔らかな光が溢れ、広がる大地を金色に染めていく。
その頃、ユトスたちは地下への入り口へ足を向けていた。彼らの肩には、狩りで得た大きな成果とその重みがのしかかっている。疲れた体を引きずるように進む中、それでもその顔には達成感が漂っていた。
「やっと着いたー」
「ほんと……頑張ったよな」
「お疲れさん」
仲間たちの間に軽い笑い声が漏れるが、それは疲労が生んだ安堵の表れだった。
「俺は
ウィルが軽く手を振りながらこの場を去ると、ユトスたちは一気に脱力した。どこか肩の力が抜けたような空気が漂う。
「最後まで手を貸してくれなかったよ」
「お父さんも歳なんだよ」
「あの人、一生現役だろ」
軽口を交わしながら、ユトスたちは巨大なシャフトのあるエレベーター前に到着した。その瞬間、彼の目に入ったのはエレベーターの錆びついた外観だ。赤褐色に染まった金属の外枠には深い傷があり、ところどころ塗装が剥げ落ちている。
「いけるいける」
「いやな予感するよ?」
彼は、エレベーターに荷物を載せ、レバーを引いた。金属音を立てながらエレベーターがゆっくりと下降する。
「セーフ」
ガシャン!――という鋭い音が響く。
「アウトです」
「……荷物はちゃんと降ろせたぞ。ある意味ラッキーだな」
「――ㇻッキーじゃ、ねぇだろぉぉ!」
罵声が、閉ざされた天井に反響して、数秒遅れて跳ね返ってくる。
「……きたきた」
皮肉交じりに笑うユトスの言葉に、整備技師のアランが険しい顔で詰め寄ってきた。彼は油にまみれた作業服を着ており、服のあちこちには補修の跡が目立つ。短く刈り込まれた茶髪には灰が混じり、鋭い目つきが彼の実直で責任感の強い性格を伺わせる。
「テメエ、またぶっ壊しやがったな!」
「仕方ないだろ。こっちはクタクタなんだよ」
「お前のせいで俺もクタクタだよ」
「じゃお疲れ」
「おう、おつかれ。じゃねぇよ。話はまだ終わってねぇ」
ノリツッコミとはめずらしい。
「部品、ないの分かってんのか! 上で解体して来いよ!」
「悪かったってば。今度ちゃんと材料取ってくるからさ」
「お前、そう言って他にも壊したの忘れてんじゃねぇぞ!」
怒鳴り散らすアランに、ユトスは軽く手を振りながら「わかったわかった」と応じる。
「ごめんよ……十三号。痛かったね。重かったね」
彼は手袋を直しながら、シャフトの金属枠に手をそっと置いた。どこか慎重な仕草で、その表情には普段の荒々しさとは異なる静かな思いが滲んでいる。そんな彼を蹴り飛ばす。
「今重いって言った?」
「あぁ?」
俯き暗い表情。震える男。
「落ち着けお前のことじゃない……ア、アァァ、アァァァ!」
アランを廃棄捨て場に投げ入れられた。一件落着。今日は燃えるゴミの日だから大丈夫。
広場に入ると、薄青い蛍光灯が冷たいコンクリートの床と金属の壁をぼんやりと照らしている。天井の配管や補修跡が、長い年月と住民たちの努力を物語る。その周囲には簡素なベンチや給水ポンプ、調理場が設置されており、住民たちが忙しく動き回っている。
子供たちが興奮した様子で鹿の周りを取り囲んできた。「すごーい!」という声が上がり、大人たちも微笑みながら安堵の表情を見せている。
「ほう、こりゃまた立派なもんだねぇ」
カルメン・ロペスが柔らかな声を上げながら、広場に集まる人々の中から歩み出てきた。彼女の白髪混じりの髪はゆるくまとめられ、しわ深い顔には長い人生を重ねた穏やかさが漂っている。その佇まいは、自信と温かさを兼ね備えた母性的なもので、周囲の誰もが一目置く存在だった。
ユトスは鹿を囲む子供たちの様子を見ながら振り返り、少し得意げだ。
「俺一人でやった」
「ヴァジュタスをかい?」
彼は黙ってうなづくとカルメンは驚きと呆れが混ざった表情だったが、ユトスの答えが予想通りだったことを悟っているようだった。
「……何かあったらどうするんだい!」
その言葉に詰め寄るような厳しさはなく、むしろ心からの心配が滲み出ていた。
彼は苦笑いを浮かべると、わずかに肩をすくめ、カルメンの視線から目を逸らす。彼女の言葉はこれまで幾度となく耳にしてきたものであり、そのたびに同じような反応を返してきた。叱られているというよりも、世話を焼かれているようなその口調は、彼にとってはもはや日常。
周囲に集まっていた住民たちは、二人のやり取りを微笑ましく見守りながら、小さな笑い声を漏らしていた。
「ハイハイ、まだまだ半人前ですよ」
「まったく、あんたという子は……」
カルメンは大きくため息をつきながらも、その顔には穏やかな笑みが浮かんでいた。彼を見つめるその目には、信頼が確かに宿っている。
「マリナ、団長への報告を頼む」
「うん」
賑やかな広場の中では、まだ子供たちの声や住民たちの笑い声が響き渡り、その余韻が空間に温かさを残していた。