月光が広大な廃工場を静かに照らし出している。朽ち果てた設備や瓦礫が敷地を覆い尽くし、かつての活気の面影はどこにもない。割れた窓から冷たい風が吹き込み、金属片が微かに音を立てる。霧が薄れ、廃墟の奥行きがその姿を見せ始めていた。
ユトスは足を止め、周囲の様子を観察する。風が錆びた金属の隙間を通り抜けるたびに、かすかな音が廃墟の静寂を切り裂いた。仲間たちの足音がかすかに響き、廃墟の広がりをさらに強調している。
「ジョイントの部品はこの辺りにあるはずなんだがな」
アランが瓦礫を蹴りながら軽くつぶやいた。工具を手に、廃墟を見回す彼の視線はどこか軽快である。
「それって、前に壊れた部品?」
メリックが質問を投げかける。
「ああそうだ。あの穴ぼこだらけの道のせいで壊れたんだと。どっかの誰かさん曰く」
アランが肩をすくめながら答える。その姿をユトスがちらりと見るが、特にコメントはしない。
「ブレイカーをつけてくる」
ユトスは冷静に言い放つと、瓦礫を避けながら歩を進めた。鉄製の階段を上りながら、視線を鋭く動かして状況を確認する。冷たい鉄板の足音が工場内の静寂に響く。
数分後、彼の手がブレイカーに触れると、瞬間的に廃工場全体が光に包まれた。影が鋭く揺れ、隠されていた構造が鮮明に浮かび上がる。ユトスは光に照らされた廃墟をじっと見つめた後、短く言った。
「部品はまだここにあるはずだ。この廃墟が過去の重要な資源だったことに変わりはない」
上空を旋回するE.Sが通信を送ってきた。
『周囲は一応クリアだ。気を抜くなよ』
「ああ」
ユトスは簡潔に返答し、その鋭い眼光は状況をさらに探るようだった。
その時、E.Sが続けて報告を送る。
『西南方向に生体反応もあるぞ』
ユトスは眉をひそめ、短く尋ねた。
「ヴァジュタス?」
『この体温は……狼と猿型だな』
「了解」
慎重に歩を進め、警戒態勢を整える。瓦礫の隙間から鋭い音が響き渡り、低い唸り声が近づいてくる。アランが工具を握り締めながらぼやいた。
「一応整備士なんだけどな。こういう場面には向いてないんだよ」
「盾にはなるでしょ?」
メリックが軽く肩をすくめながら返す。
「おいおい、笑い事じゃないだろ。俺が一番弱いんだから!」
「だからよ」
「使い捨てる気満々じゃねぇか!」
不満げな声が響く中、ユトスが階上から降りてきた頃、アランが崩れた資材ラックの陰を覗き込み、ふと声を上げた。
「……あったぞ。たぶん、これだ」
彼の前には、錆びついた台車――かつて工場内で資材を運搬していた小型の自走車両が横倒しになっていた。そのシャーシに直結する形で、金属製のジョイントがまだしっかりと取り付けられている。
埃を払いながらのぞき込み、アランはジョイントの状態を確認する。表面にはわずかな腐食が見られるものの、構造自体には損傷はなく、シールや軸受けの機構もそのまま残っていた。
「信じらんねぇ……車体が潰れてんのに、ジョイントだけ無傷だ。運がいいってレベルじゃねぇな」
彼はすぐにブレスレット端末を操作し、上空のE.Sへと通信を送る。
「E.S、切断依頼。古い搬送車両の連結部だ。座標送る。ジョイント周囲の接続だけ、きれいに切ってくれ」
『了解だ。誤差ゼロで切断するぜ』
上空を旋回していたE.Sが音もなく接近し、機体の下部から細く鋭いレーザーを照射する。赤い光線がゆっくりと連結部をなぞり、焼ける金属の匂いが漂う。台車のフレームに小さな蒸気が立ち上った。
数秒後、最後の連結部が切断され、ジョイントがわずかに傾く。アランが素早く手を伸ばし、慎重にそれを引き抜いた。
「よし、確保。状態も完璧だ。……いやマジで、奇跡だな、これ」
アランが慎重にジョイントを引き抜いたその時だった。
ユトスの動きがふと止まり、冷ややかな声で言葉を漏らす。
「……来たな」
ユトスの低い声が、廃墟の静寂を鋭く裂いた。
その瞬間、アランとメリックの動きが止まり、空気が張り詰める。メリックはすぐに身を翻し、背負っていた小型銃「プラフル」を構える。瓦礫の影へと素早く視線を走らせながら、地を蹴ってユトスの近くへ移動する。
「任せた」
メリックは短くそう言うと、背中越しにアランを振り返った。
一方、アランはまだジョイントを抱えたまま硬直している。額には汗が滲み、視線はゆらぎながらも必死に状況を理解しようとしていた。
「お、おい……俺は整備士だぞ……!」
情けない声を漏らすアランに、メリックは小さくため息をつきながらも笑みを浮かべる。
「アンタも戦いなさいよ。ほら、いつも『道具の扱いなら任せろ』って言ってるでしょ」
そう言って彼女は急かすようにスパナを渡す。
「これで戦えるか!」
だが次の瞬間、廃墟の奥から響いた低い唸り声が、彼の言葉をかき消した。
狼型のヴァジュタスが瓦礫を蹴散らしながら迫ってくる。その鋭い眼光が赤く燃え立ち、低い体勢から鋭い跳躍で襲い掛かろうとする構えを見せた。
『狼型か、俺様にぴったりの相手だな!』
E.Sが自信満々に言い放ち、急降下を始めた。青白い輝きを放つエネルギー剣を展開しながら、廃墟の空気を切り裂く。鋭い剣技でヴァジュタスの外皮を切り裂くE.S。その動きは機敏で精密だ。金属質の音が廃墟内に響き、火花が瓦礫の間に散る。アランがそれを見て思わず声を上げた。
「やるやん」
『見習えよな!』
「まだ倒しきれていない。油断するな」
ユトスが冷静に言い放ちつつ、自らも射撃で牽制しながら瓦礫を利用して間合いを詰めた。
狼型ヴァジュタスが反撃に転じる。鋭い爪で瓦礫を砕きながら跳躍し、E.Sに迫る。だが、E.Sはその動きを読み切り、旋回して回避しながら鋭い一撃を放った。その刀身が輝き、ヴァジュタスの脚部を切り裂き動きを鈍らせる。
『フィニッシュを決めるぜ!』
E.Sは加速をつけ、ヴァジュタスの側面から突進する。青白い剣が一閃すると、硬い外皮が裂け、ヴァジュタスは断末魔の叫びを上げながら崩れ落ちた。
『俺様最強~……って誰も聞いてないよ』