空を切り裂く鋭い音と共に、E.Sは荒野を疾走していた。鋼鉄の脚が地面を叩くたび、火花と爆風が背後を追いかけてくる。アランとメリックを抱えた両腕が重くのしかかり、システム負荷は限界に近づいていた。シューッ、シューッと機械音が鳴り響く中、E.Sの動きは徐々に鈍っていく。
『解析完了。最短ルート、破壊遮蔽物への接続……回避不能区域。ちっ、計算じゃ足りねえな』
その声には焦りが滲んでいた。頭の中で無数の計算が交錯し、冷徹に次の行動を指示する。だが、目の前には無数の障害物が立ち塞がり、エンジンが上がる。
彼は一瞬のためらいを無視して、次の遮蔽物へ滑り込んだ。その動きがわずかに遅れた瞬間、センサーが甲高く警告音を鳴らし、背後からの弾幕が迫る。
『くそっ、無駄にしてんじゃねぇ!』
彼は腹の底から叫び、エネルギーを絞り出す。強化されていない脚部が地面を蹴り、全力で飛び込んだ。しかし、逃げる先にも追跡者が忍び寄っていた。
『……考えてる暇はねぇな、もう』
その瞬間、電波が復活し、アンテナが再接続された。ハッと息を呑む間もなく、E.Sは全システムのエネルギーを最大限に使って、エスケープシグナルを送信する。
『エスケープシグナル、送信! 誰か、誰か気づいてくれ……!』
その叫びも届かぬまま、背後から飛来した真紅のレーザーが、E.Sの胴体を貫いた。金属が爆ぜ、激しい音と共に火花が飛び散る。金属が焼ける独特の匂いが鼻をつく。
「狙撃苦手なんだよなぁ……って、あれ? どこ行った?」
軽薄な声がどこか遠くから響き渡るが、E.Sにはそれを無視する余裕すらない。彼の身体は軋み、無数の警告がシステム内に飛び交う。
『ここで止まるわけには、いかねぇ』
力尽きそうな体を引きずりながらも、木陰を見つけると、E.Sはそこに滑り込んだ。荒れた大地に足音を立てぬよう、慎重に足を運ぶ。だが、心臓が早鐘のように打ち、体内では機械が暴走しかけている。
『アラン、メリック。お前たちだけでも……』
アランとメリックをそっと下ろすと、彼は破損したドローンの残骸を拾い上げ、再び走り出す。その足音がひときわ大きく響く中、背後からは新たな銃声が鳴り響く。
『おい、こっちだ! バカ野郎、どこ狙ったんだ!』
「うっざ……声がデカい鉄くずのくせに」
鋭い声が響くと同時に、次の瞬間、最大出力のレーザーが背部を貫いた。激しい衝撃が走り、E.Sの視界が一瞬、ノイズに包まれた。足元がふらつく。最後の足掻きとして、エネルギーをさらに絞り出す。背部の傷からは熱を発し、異音が鳴り響く。
『これで……あのガキどもだけでも……』
ギリギリの状態で、意識が途切れそうになる。その瞬間、胸に痛みが走り、絞り出すように最後の言葉を吐いた。
『すまねぇ……お前の命令、保証できねぇや』
そして、背後から振り返る暇もなく、E.Sの身体がまばゆい光に包まれ、爆音が大地を震わせた。爆風が荒野を駆け抜けていく。
*
警告音が部屋に響き渡る。シノノメは瞬時に端末に手を伸ばし、通信ラインを開いた。
『緊急通信です! E.Sからの警告――エスケープ1!』
通信士の声が端末越しに震え、その緊張感は尋常ではなかった。
「状況を報告しろ」
シノノメの声には冷静さを装いつつも、胸の内には重い予感が広がっていた。
『ユトス班の位置情報が北東観測エリアを最後にロストしました。その後、通信が完全に途絶えています。また、全域の監視システムに異常が確認されています。電磁ノイズの干渉と見られ――詳細な原因は不明です』
モニターには赤く点滅する「ロスト」の警告が映し出されている。シノノメの視線はそこに固定されたまま、眉間に深い皺が刻まれていた。
「イービルは?」
『破壊されました。最後のシグナルを送信した直後に』
「……そうか」
その瞬間、扉が勢いよく開き、マリナが駆け込んできた。彼女の顔には焦りと不安の色がはっきりと浮かび、その視線がシノノメを捉えた。
「皆のシグナルが消えたって……ただの通信障害ですよね!」
シノノメは端末を操作し続けながら、短く答えた。
「いや。位置情報が完全ロストした。北東観測エリアが最後。それ以降、通信は全て途絶えている」
その一言で、マリナの目にわずかな光が消えたように見えた。
「そんな……」
彼女の呟きに、シノノメは一瞬反応するも、その顔に浮かぶのは厳しい表情だけだった。
「行かせてください」
マリナの声が震えながらも強く響く。
「私、ユトスたちを探しに行きます!」
その言葉にシノノメは即座に顔を上げた。
だが、彼女はすでに踵を返して出口に向かおうとしていた。その動きを遮るように、ウィルが一歩前に進み、彼女の腕を掴んだ。
「感情に任せて突っ走るな。今の状況で無計画に動けば、さらに事態を悪化させるだけだ」
「離して!」
マリナは必死に振り払おうとするが、ウィルの手は彼女を逃がさなかった。
「こんな状況で待つなんて無理よ!」
「焦って動けば、助けられるものも助けられなくなるぞ!」
その言葉にマリナは反論しようとしたが、喉元で詰まったように声が出なかった。
「……二人とも落ち着け」
その場を制するように、シノノメが低く静かな声で言った。
シノノメは端末を指しながら続ける。
「まず、E.Aの緊急出動。北東観測エリア周辺のリアルタイムデータ……は電磁障害の影響で取得不能。だからこそ、現地への直接投入が最優先となる」
彼の声に力が宿る。
「捜索範囲は半径五キロ。ドローンの航行は限定的だ。地形データを照合し、歩兵ユニット主導で索敵を進めろ。短距離ビーコンを全員に配布、隊列の間隔は最大でも五十メートル以内に。音波信号を使った接触試行も併用する」
その言葉には揺るぎない決意が込められていた。
「大丈夫だよ、マリナちゃん。必ず助ける」
マリナは唇を噛みしめ、かすかにうなずいた。ウィルは静かに手を離した。
(動き出したか……)
シノノメの目の奥には鋭い光が宿る。視線はまっすぐと前を見据えると、空気が張り詰める。彼の周囲から漂う静かな圧力が、その場にいる全員の呼吸を止めた。