揺られる鉄の音。ガタン、と船体が軋み、ユトスの身体がわずかに浮いた。だがすぐに、冷たい金属の感触が両手首を締めつける。鎖だ。分厚く、重い。まるで自分がモノにでもなったかのような扱いだった。
「ここは……」
かすれた声が飛行船の一角に響く。天井の照明は最低限の明るさしかなく、どこか人工的な消毒臭が漂っている。無機質で、無関心な空間。目の前にいるのは、あの黒髪の女。彼女は壁に背を預けるように立ち、感情のない瞳で見下ろされている。
「お目覚め?」
低く、事務的な声。
「……俺をどこに連れていく気だ」
答えはない。
「大げさな扱いだな。この鎖、ライオンでも運ぶつもりか?」
ユトスは薄く笑い、拘束された手首を動かしながら、軽い皮肉を投げかける。だが、黒髪の女は微動だにせず、冷淡な声で返した。
「猛獣には鎖が必要よ」
「動物園にでも連れていくつもりか? 化け物が」
彼の挑発にも、彼女の表情は変わらない。ただ、その瞳が一瞬だけ胸元に向けられた。そして、短く切り込むような声が場を支配する。
「ずいぶん、傷の治りが早いのね?」
その一言に、ユトスの表情がわずかに曇る。
「俺は丈夫だからな」
「そんなことを聞いてない」
イリスは無表情のまま一歩近づき、突然ユトスの顎をくいっと持ち上げた。その冷たい手の感触に、ユトスは短く息を飲む。彼女の瞳は鋭く、まるで心の奥底を見透かすようだった。
「ずいぶん、自信たっぷりの態度ね」
その言葉が重く響き、ユトスは彼女の手が顎を離すのを感じながら、密かに歯を食いしばる。彼女の視線の裏に隠された意図を掴むことはできなかった。
エンジン音が低く唸りを上げ、外からは風の渦巻く音が遠くかすかに聞こえる。その閉ざされた空間は、世界から切り離されたかのような孤独と圧迫感に包まれている。そして、彼女の最後の言葉が、重く心を覆う。
「いずれ分かるわ、あなたが選ばれた理由。せいぜい無駄な抵抗をしないことね」
その言葉に隠された暗示は、逃れられない運命を予感させた。答えはどこまでも深い闇に沈んでいる。