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New Humans

 アルテリオン合議。

人類の未来を左右する重大な決断として歴史に刻まれる。


 沈黙を破るように、統合委員会議長ディラ・アスフォードが冷静な声で口を開いた。


「侵食は過去三ヶ月で推定四十二パーセント進行 、方舟の状況を考慮すると、現状、全滅が避けられない状態と言えるでしょう」


 会議室全体にその言葉が響き渡り、空気がさらに重くなる。環境統制大臣が眉をひそめながらモニターに視線を固定し、軍部関係者は小さく咳払いして周囲を見渡した。

国家代表オルガス・グローリーがゆっくりと椅子を押し戻し、立ち上がる。その動作には、場を支配する威厳が漂っている。


「ディラ・アスフォード、私が問いたいのは貴君の考えだ 。この星に、可能性はあるか?」


 ディラは一瞬の間を置き、慎重な声で応じた。


「閣下……侵食状況を鑑みる限り、地球の可能性に期待することは非常に厳しいと考えます。 むしろセカンドアースを最大限に守る戦略こそ、現実的かつ合理的な選択肢かと存じます。」


 オルガスは深く息をつきながら首を軽く傾ける。その眼差しは鋭く、ディラの言葉の裏を見透かすようだった。


「それは守るだけの方策ではないか? 我々が目指すべきは、未来を切り拓くための信念だ 。それを見失えば、人類の存在そのものが危ぶまれる」


 ディラは微かに眉を寄せながら応じた。


「仰る通り、信念は重要です。 ただし、それを持続可能な形にするためには、地球の環境と資源の限界がありましょう」


 環境統制大臣が突然口を開いた


「環境の限界を認識するのはいい 。だが、 地球側の再生計画を完全に放棄するのはリスクが高すぎる」


 財務長官がすかさず反論する。


「資源の割り振りはすでに限界。再生計画を試みても、侵食の速度には追いつかない。それよりもエグレシアプランに重点を置くべきです」


 彼の言葉が響いた直後、大臣が緩やかに肩をすくめて口を開いた。


「ならばその、プランの成果はどうした?  適応者が実際にどれほど効果を発揮するか、我々はまだ具体的な証拠を見ていないぞ」


 その皮肉めいた指摘に、会議室の空気が一瞬張り詰める。ディラは冷静な表情を崩さず、大臣に視線を向けた。


「その証拠は、すでにあります」

「ほぉ……理想論の戯言が虚偽ではないと?」


 皮肉すら隠す気のない嘲笑にディラは動じない。


「もちろんです。物質の変換と分解を可能にする錬金術兵器の開発に成功しました。適応者プログラムの基盤であり、人類の新たな戦力、イノベルムについて説明しましょう」


 ディラは端末の操作を指示し、ディスプレイにイノベルムの設計図を映し出させた。同時に、幾人かが息を飲む音が聞こえる。


「待機状態では、指先に嵌められた細身のリングにすぎません。淡く金属光沢を帯びたその指輪は、まるでただの装飾品のように見える。しかし、錬金術式が発動すると――」


 彼は手元のスイッチを押して映像を再生した。リングが震え、魔力の閃光が空間を裂く場面が映し出される。次の瞬間、分解と再構築を繰り返す金属片が宙を舞い、装甲が形成される様子が映像で示される。


「分解と再構築を繰り返す金属片が宙を舞い、瞬く間に装甲が展開されます。中心には魔力核のコアが輝き、翼状の構造体と流麗な術式文様が浮かび上がる仕組みです。この技術は、防衛だけでなく適応者プログラムの核を成すものです」


 大臣は映像を見つめながら、やや表情を和らげたが、口調にはまだ若干の疑念が残っていた。


「確かに興味深い。しかし、それを全面的に信じろと言われても、まだ結論を下すには早すぎる。適応者プログラムがその力を十分に発揮できると証明されなければ、移住計画全体が危うくなる危険性がある」


 ディラはその言葉を受け止めつつ、毅然とした態度で返答した。


「ご懸念は理解します。しかし、現段階でこれほど高い成功率を示す技術は他には存在しません。我々が直面する時間の制約を考慮すれば、この選択肢以外に現実的な道はありません」


 ディラの言葉が静寂を割ると同時に、ディスプレイに新たなデータが表示された。それは「インダストリー」という機関の全貌を示している。


「生態系の秩序を正し、人類復興を担うために設立された公的機関」


 ディラが落ち着いた声で説明を始めた。


「セカンドアースの軍部から独立した組織であり、移住計画の柱となる多くの施策を実施しています」


 スクリーンが切り替わり、イノベルムのデータとその運用風景が映し出される。

リングが閃光を発し、空間を裂く。そして、ヴァジュタスを一撃で葬り去った。その動きに、他の参加者たちが感嘆の声を漏らした。

ディラは指をスクリーンに向けながら説明を続ける。


「この技術は、ヴァジュタスに対し、重要な役割を果たします。そのために、との共生を果たしました」

「人ならざる者?」


 長官が眉をひそめて問う。

ディラは画面を切り替わる。それは奇怪な姿と不気味な動きを見せる映像に、会議室は再び静まり返った。


「人体錬成は彼らと親和性が高い。彼らこそが体現していると言ってもいい。現時点において、主力兵器……いや、人類の希望なのです!」

「……愚かな」


 大臣が再び疑問を呈した。


「倫理を捨てたか?」


 ディラは冷ややかに微笑みながら答えた。


「倫理では人類は絶滅するのみ。戦わなければならない。そのための力がイノベルムです」


 ディラの言葉が静かに消えた後、会議室には再び重々しい沈黙が訪れた。誰もがその言葉を咀嚼しながら、自分の内面での議論を始めていた。その中で、オルガスは椅子を少し引き、ゆっくりと立ち上がった。その動作には慎重さと威厳が漂い、全員の視線が自然と彼に向けられる。



 オルガスはしばらくの間、言葉を発さなかった。ただ手をテーブルに置き、全員をじっと見渡していた。その目には決意と迷いが交錯しているようにも見えた。ようやく、彼が静かに口を開いた。


「私たちに与える可能性について、これまでの議論は十分に意義深いものだった。だが、私が求めるのは数字や理論だけではない」


 彼の低い声は部屋全体に響き渡り、一同が息を呑むような静けさに包まれる。


「我々が忘れてはならないのは、この計画が単に生存のための手段ではないということだ。戦いが人類の本質を見失わせるものになってはならないのだ」


 オルガスは一度目を閉じ、深い呼吸をした後、言葉を続けた。


「ただの兵器ではなく、新たな未来を切り拓く鍵だ。私たちはその力を扱う覚悟と責任が問われている。何のために戦うのかを見失うことだけはあってはならない」


 彼は少し間を置き、ディラに目を向けた。その視線には信頼と厳しさが同居している。


「ディラ。適応者たちが我々の未来そのものとして存在できるよう、この技術の運用には慎重を期してほしい。ただ戦うための存在ではない。彼らは、我々が未来に希望を持つための象徴だ」


 そして、オルガスは全員に目を向け、その表情を引き締めた。


「この力を持つがゆえに私たちが傲慢になり、人類としての在り方を見失うことがあってはならない……」


 彼の声には力強さと冷静さがあり、会議室の空気を完全に掌握していた。その言葉の重みを受けて、全員が静かに頷いた。


「決断のときだ。過去の歩みを無にしないために、人の系譜を絶やすことは許されないのだから」



 研究所の奥深く、反魔光コーティングが施された壁面が青白い輝きを受け止め、歪んだ影を映し出していた。部屋を満たすのは低周波の振動音――エーテル干渉抑制装置によるものだ。制御パネルには幾重にも重なる術式の文様が刻まれ、光素粒子の流れをリアルタイムで監視している。


ディラ・アスフォードは静かにその場に立ち、ディスプレイに映し出される輸送車列の映像を無表情で見つめていた。防護シールドが僅かに歪むたび、反射する蒼い閃光が彼の横顔を照らす。


「傲慢か……」


 彼は小さく呟き、口元に不適な笑みを浮かべていた。

解析データの書かれている内容を一瞥し、イスに深く腰掛ける。


「単なる耐性では、もはや十分とは言えん。ここへ運ばれているのは、真に適応することで選別を生き延びた僅かな者たちだ。イノベルムの負荷に耐え、完全共鳴に至れるか……」


 傍らに控える主任研究員が、わずかに身を屈めて進捗を報告する。


「イノベルムの量子安定化プロセスは現在93.4%まで進行しています。被検体群の適応対象については、No.17を含む三体が第一段階の規定値をクリアしました。投与後の実地データ収集が次段階となります」


 ディラはゆっくりと目を細め、主任研究員に視線を向けた。その眼差しは冷たい刃のようで、簡単には掴めない意図を含んでいる。


「規定値の基準など、結果に何の意味もない。重要なのは、彼らがそのものを超える存在であるかどうかだ」


 主任研究員が言葉を詰まらせる中、ディラはディスプレイに映るユトスの姿を一瞥した。シールドの光の下、被検体たちの顔には一切の感情が感じられない。それは恐怖を超えた無表情――静かなる無抵抗の境地だった。


「ふん、進化という名の選別……素晴らしい」


 ディラは画面から目を逸らさず、不敵な笑みを浮かべた。彼の周囲に漂う空気は、一瞬にして研究室全体を支配する。


「やがて適応者と脱落者の区別が明確になる。それが、人類の未来を形作る唯一の真実。存在意義だ」


 青白い光がディラの顔を包み込む中、遠方の輸送車列の光点が画面上で一瞬だけ輝きを放ち、再び消えた。その神秘的な光景は、不気味な未来の暗示のようであり、研究室の全員の胸に重くのしかかった。

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