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Eglesia

 オルガスは静かに立ち上がり、演説ステージへ向かった。都市型衛星の中心に位置するこのホールは、人類の希望と危機が交差する場所だった。天井には青白い人工光が広がり、その光がステージ背後の巨大スクリーンを照らしている。スクリーンにはセカンドアース全域の衛星地図が映し出され、赤黒い侵食域と青白い光点で示された一番地区が対照的に浮かび上がっている。


ホール全体には整然と並ぶ聴衆の姿があった。彼らは各地区を代表する指導者や専門家たちであり、その表情には緊張と期待が入り混じっている。椅子に腰かけながらスクリーンを見つめる者もいれば、小声で隣人と言葉を交わしながらステージに注目する者もいる。


 ステージ中央に立つと、彼の足音が静けさを破り、ホール全体に響いた。その背筋は真っ直ぐに伸び、堂々とした姿勢が威厳を象徴していた。


「国民の皆さん、そしてこの場に集う英雄たち」


 低く重厚な声で語り始めた。


「私は国家代表、オルガス・グローリーです」


 その一言がホール全体に響き渡り、聴衆の視線が彼に集中する。背後のスクリーンには赤黒く染まった侵食域が広がる一方、一番地区の青白い光点が孤立している様子が鮮明に示されていた。


「地球はもはや、我々が愛した姿を完全に失いました。南半球のヴァジュタス侵食。そして地球圏アークスの壊滅。この地球という星は、かつて我々の故郷であり、希望……でした」


 彼の言葉が沈黙の中で重く響く。その声には、未来への責任と過去への別れが宿っている。


「地球を取り戻す努力が、いかに尊いものであったかは否定しません。しかし、現在の状況を直視しなければなりません」


 オルガスが一瞬言葉を切り、ホール全体を見渡す。その瞳には揺るぎない決意が宿っている。静かな緊張感が聴衆を包み込んでいた。


「地球を捨てるという言葉は、これまで禁句とされてきました」


 オルガスの声が会場に重々しく響き渡る中、彼は少し間を置き、静かに続けた。


「決断が迫られています」


 その目はただ前へと向いていた。


「人類の歩みはあたかも小鳥の巣立ちのようなもの。我々は地球という巣の中で成長し、その安全と温もりの中で生きてきました。しかし、いまやその巣は侵食に奪われつつあります。かつての故郷の欠片を振り返りながらも、そこに戻ることはできません」


 スクリーンに映し出された地球圏の映像が、侵食に覆われた荒廃した姿を見せる。それを眺める聴衆たちの顔には一瞬の哀愁が漂う。


「だが、巣を失った鳥はどうなるでしょうか?」


 オルガスは少し声を強め、聴衆へ問いかけるように言葉を続けた。


「彼らは新たな空を目指し、自由に羽ばたくのです。過去に囚われることなく、新たな枝を求め、未知の世界で巣を築く力を持っています。それこそが、逞しさというものです。そして、その逞しさこそが、我々人類に宿る本質なのです」


 彼の言葉が再び静寂を破り、ホール全体に広がる。聴衆はその言葉に引き込まれ、わずかに頷き始めた者もいる。


「人類の巣立ち、それを我々はと名付けました。これは新たな未来への翼を得る挑戦であり、恐れるべきではありません。我々は自由に空を飛ぶ鳥のように、新たな世界で未来を切り開くのです」


 背後のスクリーンには、侵食域を離れ、青白く輝く新たな生存拠点のビジョンが浮かび上がる。その光景が希望の象徴として聴衆の目を釘付けにした。


「進化か絶滅か。この問いを皆さまに託すことを、私は生涯の十字として背負うことをここに誓います。我々は巣を失った鳥ではない。」


 オルガスの言葉が空間に溶け込む。人工大気の中で淡い輝きを放つエーテルフィルターが、まるで宇宙の記憶を織り成すかのように煌めく。そして、窓の向こうにはセカンドアースの都市が、柔らかな光で未来への希望を語りかけていた。


「新たな空を飛び、新たな未来を築く者となるのです」


 その時、誰もが感じていた。歴史を分断する決断がここにあると。揺るがない望みは希望か絶望か。

その狭間で新たな物語が生まれようとしている――。

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