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第29話 汚れた花


心悠はまったく当惑していた。

自分が古川に引き取られた孤児であり、古川京赫の義理の妹に過ぎないことは理解していた。

彼と彼女が結ばれるはずもなく、だから彼女はずっとその想いを黙って胸の奥にしまい込んでいた。


「そんな嘘を信じろと?」京赫が問い詰める。

「知らないって言う割に、なぜ俺たちの写真を撮った?」

「ただ……ただ記念に撮りたかっただけなの!自慢したかったわけじゃない!ましてや証拠を残そうなんて思ってない!」


もう二度とこんなにも彼と密着できる機会は訪れない――そう悟っていたからこそ、心悠は眠りについた京赫の肩にもたれかかり、一枚の自撮り写真を収めたのだ。

まさか、京赫がその写真を見て、全てが彼女の仕組んだことだと決めつけるとは。

どう説明しても、彼は耳を貸そうとしなかった。

やむなく心悠は遠くへ逃げる決心をした。

京赫と柴田雅子の結婚が済んでから戻ってくればいい、そう考えたのだ。


「あなたがどう思おうと、古川京赫、あの夜のことは私の仕業じゃない。私だって被害者なの!わざわざ自分の身体を差し出すなんてありえない!」


彼は嘲るように笑った。

「だがお前は俺に抱かれた。もうお前は汚れた女だ」


心悠は怒りに震えた。

「殴るなり罵るなり好きにしなさいよ、古川京赫!でもそんな言葉で私を辱めるのはやめて!」


「どうした?遊女のくせに貞女の真似か?」

彼女は歯を食いしばり、突然膝を曲げて蹴りを放った。

京赫の動きは素早く、体をかわして攻撃を回避する。

二人とも軍隊で鍛えた経験があり、それなりの腕前を持っていた。


隙を突かれた心悠は自由を取り戻すと、すぐさま踵を返して走り出した。

「二度と逃がさん」京赫が伸ばした手が彼女の肩をガッチリ捉えた。


彼女は反撃に彼の手首を掴みもがいたが、逆に両手を背中で押さえつけられ、動きを完全に封じられた


「いつも勝てもしないのに、なぜ俺に手を出すんだ?」京赫が言った。

「行け、心悠。おばあさまのところに。」

「嫌よ!離して!」

「従ったほうが身のためだ。さもないと、おばあさまがお前が卑しくも自ら進んで俺を誘惑し……柴田雅子との仲を引き裂いたと知ったら、血圧が上がって倒れでもしたらどうするつもりだ?」

心悠は下唇を噛みしめ、血の味を感じた。

おばあさまは彼女の弱点であり、最も大切な存在だった。


心悠は好き嫌いをはっきり表す性格で、欲しいものは努力して手に入れるタイプだった。

しかし古川京赫と柴田雅子の縁談はおばあさまが決めたもの。

どんなに想っていても、身を引き祝福するしかなかった。


あんな荒唐無稽な一夜が起こるなんて……

「本当に卑怯」心悠が吐き捨てた。

彼は答えた。「お前には及ばないさ」


佳夢は窓辺に立ち、ずっと階下を見下ろしていた。

京赫が心悠を車に押し込む姿を目にし、焦りで胸が焼けついたが、どうすることもできなかった。

自分のせいだ。さもなければ、心悠は危険を冒してまで戻ってこなかっただろう。

彼女のこれからの日々は、きっと苦難に満ちているに違いない。

京赫は心悠が薬で自分を抱かせ、証拠写真を撮って逃げたと信じ込んでいる。


そして京赫と柴田雅子の結婚式も、目前に迫っていたのだ。


「コンコンコン」とノックの音がした。

「どうぞ」

扉が開くと、宗田宏明が入ってきた。

「佳夢……お前の様子を見に来た」


彼女の声は冷たかった。

「啓人を助けなかった時点で、私たちの親子縁は切れているわ」

宗田宏明はポケットから一枚のキャッシュカードを取り出し、差し出した。

「これは……こっそり貯めた私のお金だ。受け取っておくれ」



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