心悠はまったく当惑していた。
自分が古川に引き取られた孤児であり、古川京赫の義理の妹に過ぎないことは理解していた。
彼と彼女が結ばれるはずもなく、だから彼女はずっとその想いを黙って胸の奥にしまい込んでいた。
「そんな嘘を信じろと?」京赫が問い詰める。
「知らないって言う割に、なぜ俺たちの写真を撮った?」
「ただ……ただ記念に撮りたかっただけなの!自慢したかったわけじゃない!ましてや証拠を残そうなんて思ってない!」
もう二度とこんなにも彼と密着できる機会は訪れない――そう悟っていたからこそ、心悠は眠りについた京赫の肩にもたれかかり、一枚の自撮り写真を収めたのだ。
まさか、京赫がその写真を見て、全てが彼女の仕組んだことだと決めつけるとは。
どう説明しても、彼は耳を貸そうとしなかった。
やむなく心悠は遠くへ逃げる決心をした。
京赫と柴田雅子の結婚が済んでから戻ってくればいい、そう考えたのだ。
「あなたがどう思おうと、古川京赫、あの夜のことは私の仕業じゃない。私だって被害者なの!わざわざ自分の身体を差し出すなんてありえない!」
彼は嘲るように笑った。
「だがお前は俺に抱かれた。もうお前は汚れた女だ」
心悠は怒りに震えた。
「殴るなり罵るなり好きにしなさいよ、古川京赫!でもそんな言葉で私を辱めるのはやめて!」
「どうした?遊女のくせに貞女の真似か?」
彼女は歯を食いしばり、突然膝を曲げて蹴りを放った。
京赫の動きは素早く、体をかわして攻撃を回避する。
二人とも軍隊で鍛えた経験があり、それなりの腕前を持っていた。
隙を突かれた心悠は自由を取り戻すと、すぐさま踵を返して走り出した。
「二度と逃がさん」京赫が伸ばした手が彼女の肩をガッチリ捉えた。
彼女は反撃に彼の手首を掴みもがいたが、逆に両手を背中で押さえつけられ、動きを完全に封じられた
「いつも勝てもしないのに、なぜ俺に手を出すんだ?」京赫が言った。
「行け、心悠。おばあさまのところに。」
「嫌よ!離して!」
「従ったほうが身のためだ。さもないと、おばあさまがお前が卑しくも自ら進んで俺を誘惑し……柴田雅子との仲を引き裂いたと知ったら、血圧が上がって倒れでもしたらどうするつもりだ?」
心悠は下唇を噛みしめ、血の味を感じた。
おばあさまは彼女の弱点であり、最も大切な存在だった。
心悠は好き嫌いをはっきり表す性格で、欲しいものは努力して手に入れるタイプだった。
しかし古川京赫と柴田雅子の縁談はおばあさまが決めたもの。
どんなに想っていても、身を引き祝福するしかなかった。
あんな荒唐無稽な一夜が起こるなんて……
「本当に卑怯」心悠が吐き捨てた。
彼は答えた。「お前には及ばないさ」
佳夢は窓辺に立ち、ずっと階下を見下ろしていた。
京赫が心悠を車に押し込む姿を目にし、焦りで胸が焼けついたが、どうすることもできなかった。
自分のせいだ。さもなければ、心悠は危険を冒してまで戻ってこなかっただろう。
彼女のこれからの日々は、きっと苦難に満ちているに違いない。
京赫は心悠が薬で自分を抱かせ、証拠写真を撮って逃げたと信じ込んでいる。
そして京赫と柴田雅子の結婚式も、目前に迫っていたのだ。
「コンコンコン」とノックの音がした。
「どうぞ」
扉が開くと、宗田宏明が入ってきた。
「佳夢……お前の様子を見に来た」
彼女の声は冷たかった。
「啓人を助けなかった時点で、私たちの親子縁は切れているわ」
宗田宏明はポケットから一枚のキャッシュカードを取り出し、差し出した。
「これは……こっそり貯めた私のお金だ。受け取っておくれ」