ガチャン。
ナイフが床に落ちる音が響いた。
佳梦の目の前がぐるぐると回り始める。
え……?お父さんが……死んだ?
理を説得して、お父さんを助けに行けるところだったのに。
どうしてもう少しだけ待ってくれなかったの?ほんの少しでもいいから!
…………
霊安室。
冷気が骨の髄まで染み込むような寒さと、陰鬱な雰囲気の中、佳夢は目の前の白い布に覆われた遺体を見つめた。
信じられなかった。あの時が、本当に最後の別れになるなんて。
今となっては、冥界と現世の間で隔てられてしまった
。
「お父さん……お父さん……」古川佳夢は手を伸ばし、白い布をめくった。
「どうしてこんなに突然、私を置いていったの……」
そうだひろあきの唇は紫色に変色し、半開きの口、目も完全には閉じられていなかった。
彼女はどさっと膝をついた。
「お父さんがいなくなったら、私はパパもママもいない子になってしまうのに……」
「どうしてもう少しだけ頑張って踏ん張ってくれなかったの?もう少しで助けに行けたのに……」
佳夢は震える手を伸ばし、宗田宏明の目を閉じようとした。
しかし、その目はどうしても閉じようとしない。
死に目を閉じない。
彼女は宗田宏明の体に覆いかぶさり、声をあげて泣きじゃくった。これがお父さんの胸の中で泣く、最後の機会となってしまったのだ……
理が彼女の背後に立っていた。
「死人に触るなんて、不浄だと思わないのか?」
「これは私の父だ!」
「佳夢、私が手を下す前に、宗田宏明が突然死んだんだ。これは私のせいではないぞ」
彼は少し眉をひそめた。
「お前が雨澄を殺したことへの報いなのかもしれん」
「報いを受けなら私が受けるべきよ!父ではない!」
「よせ!」理が言った。
彼は強引に佳夢を引き起こすと、その腰をぎゅっと抱きしめ、傍らにいる者たちに目配せした。
すぐに誰かが駆け寄り、白い布をかけ直すと、遺体を押して遠ざけていった。
「お父さん!お父さん!」佳夢は狂ったように叫ぶ。「ダメ、私のそばを離れないで、お父さん……」
彼女は台車を掴もうとしたが、指が触れたその瞬間、理が無理やり彼女を引き戻した。
「落ち着け!宗田宏明はもう死んだんだ!」
「理、離して!お父さんが欲しいの、お父さんが必要なの!」
佳夢は愛が欲しい。
彼女のこれまでの人生で、愛されたと感じたことは一度もなかった。
しかし今、彼女はただ宗田宏明が遠ざかっていくのを手をこまねいて見ているしかなかった。彼の面影は、もはや彼女の記憶の中にしか存在しないのだ。
二度と会うことはできない。
「お父さん……」
佳夢は声がかれるほど泣きじゃくりながら、まるで今生の涙をすべて流し尽くすかのように号泣した。
理は彼女を抱き続け、彼女の狂乱のような泣き声を聞きながら、心の奥底に微かな憐れみが湧き上がるのを感じた。
彼が佳夢を憐れむ?
佳夢は息も絶え絶えに泣き続け、今にも気を失いそうになっていた。
理は冷たく言い放った。「これ以上泣くなら、宗田宏明の骨を犬にやるぞ」
「あなたには心がないようだ!古川理!」彼女は猛然と振り返り、真っ赤になった目で彼を睨んだ。「本当にあなたが憎い、道連れになりたいほどに!」
「お前にそんな力はない」
「あなたが私を虐待し、苦しめるのは、私が自業自得、私が無理にあなたの妻になったのだから!でもなぜ私の家族までが巻き込まれなければならないの!本当に後悔している、古川理、こんなにも長い間あなたを愛したことを、後悔している。あなたのために古川啓人を産んだことを、それが私の最大の未練となり、死ぬことすらできなくさせていることを!」
佳夢は理を激しく揺さぶり、精神は崩壊の瀬戸際にあった。
彼は彼女の手首を掴んだ。「正気に戻れ!」
しかし佳夢は高らかに笑い出し、涙が止めどなく流れた。
涙で霞んだ視界の中で、彼女は入口に立つ一人の人物をかすかに見た――
「お母さん?」