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修道院の生活3

 12歳で腕も細いし、一族の中でも運動音痴の烙印を押されていた俺を、最強の剣士にしてみせる――このメッセージウィンドウはそう息巻いている。


 しかも州のトップである太守にまでしてみせるという。竜騎士家は州を構成する郡1つとちょっとの領主だったので、元の竜騎士家より1個上のランクだ。


 はっきり言って、信用できなかった。

 そりゃ、そうだろう。こういう最強を目指す特訓って、もっと幼い頃からトレーニングをしないとダメなものじゃないのか。


 俺はもう12歳だ。剣士のような優れた武人を目指すにはちょっと遅すぎる。

 空き時間に州のほかの場所には一冊もないような貴重な写本も読んできたし、博識な聖職者や学者になる道はあるかもしれないが、世界最強の剣士になるだなんて現実的ではない。


【竜の眼】が俺を鼓舞してくれるのはうれしいけれど、限度があるような……。


『だまされたと思って私についてきてください。というか、こんな文字が表示されてる奇跡を目にして、なんで信じてくれないんですか? 疑り深くないですか……?』


【竜の眼】がちょっとショックを受けている。


 疑り深いんじゃなくて慎重だって言ってほしいな。同年代の子供と比べると圧倒的に本を読んでるから、慎重になっているんだと思う。


 できれば15歳ぐらいではるか彼方の王都に留学に行きたかった。向こうの大学に入れば勉強も進むんじゃないか。どれだけ太守が疑り深くても、王都の大学の学生をいちいち暗殺しようとするとは思えないから、俺が大人になっても安全だ。


『ダメだ、この人、完全に武人のマインドじゃなくて、学者のマインドになっていますね……』


【竜の眼】は困っているようだった。文字が表示されるので、ある意味、隠し事はない。もしかすると、【竜の眼】にとっての音声みたいなもので内心はまた別なのかもしれないが。


『はぁ……』


 いや、ため息はおかしいだろ。この透明な枠に表示される文字って、俺への指針になるものなんだろ。【竜の眼】による感情の吐露ではないはずだぞ。あと、頭に心の声みたいなものも響いてくるので、うっとうしい。


『わかりました。では、こうしましょう。1日2時間、剣術の訓練の時間をいただけませんか。ぶっ通しで2時間でなくてよいです。むしろ30分の4セットのほうがよいぐらいです』


 2時間も……?


『今から強い剣士になるにはそれぐらいは必要です。これでもかなり妥協していますよ? 内容の濃い特訓ならそれでも高名な剣士になれます』


 剣士になるのが目的じゃないんだけどな。


『とにかく、少しぐらい私に付き合ってください。ある程度やれば、剣士の素質があることにレオン自身も納得できるはずです。文武両道の人間になればいいではないですか?』


 おそらく、こいつは俺に御家再興をさせたいんだろうけど、正直なところ、現状では俺にそのつもりはないぞ。

 そりゃ、ゆるい努力で御家再興を達成できるならやってもいいけど、竜騎士家に同情を示してる勢力すらほぼ見えない。


 剣士になって太守を仕留めることができても、そこで新しく自分が太守になるぐらいでないと、即座に護衛に斬り殺されておしまいでは困る。それじゃ、一族の汚名返上にすらならない。


『とにかく任せてください! あなたに素質があるのは事実ですし、私の指導も的確ですから! それに……これはずるいからあまり言いたくはないのですが』

 そこまで言ったら、言ってるのと同じだろ。いったい何だよ。


『私をないがしろにすることは、私を運んでくれた方の命もないがしろにすることですよ』

 思った以上に強力なカードだった。


 たしかに、あの郎党は俺のところに家宝を運ぶために人生を捧げたのだ。


 だったら、1年や2年は家宝に騙されてもやむをえないよな。


 わかった。特訓を受け入れる。俺に稽古をつけてくれ。


『ありがとうございます! 護身用の木剣ぐらいは修道院にもあるはずです。まずはそれで基礎を鍛えましょう』


 建前上、宗教施設に人を殺傷するための武器が大量にあるのはよろしくない。

 だが、それは表向きの話。それぞれの宗教施設には自衛するための武器の類がある。ほんとに何の武器もないほうが備えができてないと言われそうだ。

 むしろ文句なしの軍事力である騎士修道会なんて存在も遠くの州には存在する。


 それに、宗教施設には周辺の領主層の子弟が預けられることも多い。俺もそのタイプだ。領主は武器を取って戦うものだから、そこ出身の奴らに剣や槍に長けている奴は普通にいる。


 まあ、普段から狩猟を楽しんでいるとなると、聖職者としてどうなんだという話になってくるが……。


 ところで、今の俺の能力ってどんなものなんだ?

 自分の場合は掌をちょっと見るだけでステータスが出るので楽だ。再確認してみよう。


===

レオン

職業・立場 修道院見習い

体力 15

魔力  8

運動  9

耐久 12

知力 32

幸運  1


魔法

なし


スキル

メッセージウィンドウ

===


『今のレオンの身体能力はむちゃくちゃ一般人です。知力は相当高いですが、身体能力はむちゃくちゃ一般人です』


 二度も言わなくていい。

 自信があったわけではないが、ちょっと傷ついた。





 俺は木剣を出して、ひとまず型を覚えることにした。

 修道院での生活といっても、それぐらいの自由は元々ある。さらに俺の場合、一族が全滅した悲劇の少年なので、大目に見ようという空気が修道院にも流れている。ありがたくはある。


 なお、あまり悲しいとかつらいとかいった感情は人に見せないようにしている。真相は不明だが、竜騎士家は謀反人なのだ。今の州の体制派に睨まれることはしたくない。


 まずは素振りだよな。剣ってこんなふうに持つはずだ。まずはオーソドックスに正眼の構えで――


『あっ、いきなり姿勢が悪いです。もっと右に。あっ、今度は右すぎるので左に。ううむ、体幹を鍛えてないとこうなるんですね。あとでツイストクランチをやりましょう』


 センスがあるとは思ってなかったけど、こうはっきり言われるとちょっと傷つくな……。


 一族が全会一致で「この子は修道院に入れたほうが本人のため」と考えたのも無理もない。その判断のおかげで今の俺は生きてるわけだし、ありがたいことだ。


『これは基礎体力をつける必要もありますね。毎日、木剣を握る時間はあったほうがいいですが、修道院と近所の村の間を最低3周してください』


 3周!? もよりの村まで徒歩10分ちょいだから歩きだと1時間以上の距離になる。


 いや、剣の特訓の話は聞いてたけど、走るなんてことは聞いてない……。



『驚くような距離ではないですよ。体力と筋力をつけないと剣技も効率よく学べません。将来学者になっても、体が頑丈で損することはないでしょう?』


 これがもし修道院の聖職者とかに言われたことだったら、言を左右にして逃げたことだろう。屁理屈を並べることだけなら得意だと思う。


 そのために勉強したんじゃないけど、詭弁についての本だって読んだことがあるぐらいだからな。ディベートで不利になったら論点をずらせとか、お気持ち表明に切り替えて感情の問題に移し替えろとかいろいろ書いてあった。


 でも、メッセージウィンドウが目の前に出て、しかも中性的な声が頭にも響いてくるので。そうやって逃げることは不可能だ。


『詭弁で逃げるなんてことはできませんよ。私を舐めないでくださいね。不協和音を並べ立てることもできます。たとえば、こんなふうです。ゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲ』


 頭に嫌な声が響いてきた。

 やめろ! マジでやめろ! ちゃんと走るから!





 そんな特訓を一か月ちょっと続けるだけでも効果があったらしい。


===

レオン

職業・立場 修道院見習い

体力 19

魔力  8

運動 14

耐久 12

知力 32

幸運  1


魔法

なし


スキル

メッセージウィンドウ

===


 一桁しかなかった運動が14になっている。元の数字が低いからかもしれないが、相当な成長じゃないか。


『そうです。元の数字が低いから成長も比較的容易なんです』


 いちいち言わないでほしい。

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