メッセージウィンドウと言われても、いったいどういう力なのか、どうすれば使える力なのかさっぱりわからない。まあ、謎の半透明の文字が見える力と解釈すればいいのか?
もはや、これも呪いの一種じゃないのかという気がしてきた……。
『ためしにあなたの手を、凝視してもらえますか?』
やはり、半透明な枠の中に文字が出る。
それと、同時に中性的な声色の声が頭にうっすら響く。
よくわからないけど、しっかり見つめるぐらいでいいのか。
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レオン
職業・立場 修道院見習い
体力 15
魔力 8
運動 9
耐久 12
知力 32
幸運 1
魔法
なし
スキル
メッセージウィンドウ
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俺の前によくわからない数字のようなもの出てきた。
なんだ、これ……。そういえば、過去の英雄とか武人に数字つけて、どの時代の奴が強いかとか、遊んだことはあるけど、あれに近いやつ?
『非常に近いです。そういったものです。あなたはこの世界で例外的にメッセージウィンドウが使用でき、なおかつ、ステータスを確認できます。これが【竜の眼】という力の正体です』
たしかに自分の能力を客観的に見ることができるなら、失敗のリスクは減るか。
最強の魔力を手にできるみたいな派手なものではないけど、将来生きていくうえで便利な力だとは思う。
ところで、幸運が1というのが気になるけど。
これこそ、呪いの正体なんじゃないのか……。
『確認できるステータスは自分だけに限りません。ほかの人間も動物も魔物も確認可能です』
それはたしかに便利だ。たとえば、かないようのない敵に挑んで敗れるというようなことがなくなる。
もっとも、失敗から学べることのほうが多いと修道院長に何度も言われてるんだけどね……。でも、戦争の場合、失敗が即座に死につながることもあるから、致命的な失敗を防ぐことは大切だ。
ひとまず、メッセージウィンドウなるものが表示されること、変な中性的な声が聞こえること、ステータスというものを目にすることができることはわかった。
じゃあ、次にするべきことは目の前の人を助けることだ。
だが、その人はにっこり笑うと、その場に倒れ伏した。
「起きてください! 今、助けを呼んできますから!」
「いや、いいんです。これで任務は無事に果たすことができました。クソ野郎の太守たちが滅ぶのをこの目で見られないのは心残りですが、死後に天界だか地獄だかで見られるなら同じことですな」
「諦めないでください!」
「いえいえ、生きていれば皆さんまで太守の追手に余計な疑いをかけられます。ここで力尽きたことにしてもらったほうが……お互いのため……」
その人の言葉はそこで途切れた。
ステータス画面が出るか確認してみた。
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マイス
職業・立場 密使
すでに死亡
見事に任務を果たし、ここに眠る
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死者の能力値は表示されないということらしい。
ただ、「見事に任務を果たし」というところにメッセージウィンドウの愛を感じた。
客観的な記録に愛も何もないのかもしれないけれど、逆に客観的なメッセージウィンドウに書いてあるのだから文句なしに見事な人生だったと言うこともできる。
涙をぬぐいながら、修道院長に行き倒れの死者がいると報告に行った。
彼は丁重に埋葬された。聖職者見習いとして、俺もしっかりと手を合わせた。
「謀反人の一味」の墓を堂々と作れないのが心残りではあった。
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数日たって、実家が滅亡した話はこの|清苑(せいえん)修道院にも聞こえてきたが、とくに俺の身の回りは何も変わらなかった。
追手が処刑にやってくることもなければ、修道院を追い出されるということもなかった。
もっとも、これは奇跡的な幸運とかではなくて、修道院長いわく当然のことらしい。
「謀反人を殺すことには一応大義名分があります。ですが、すでに聖職者になっている子供を殺すことには何の大義名分もありません。つまり、レオン君、あなたを殺せば太守の側が罪人になってしまうわけです」
修道院長が落ち着いた声で話してくれた。
修道院長はミュハンという名前で、頭がきれいにはげあがっている。老齢のはずだけれど、なかなかに活動的だ。
王都の出身で僧侶になったあと、全国を旅して、最終的にここの修道院を任されるに至ったらしい。一日50キーロぐらいは余裕で歩けるそうだ。
「ということは、俺……僕の一族は滅ぼされるような罪を犯したということですか?」
大人の前で俺と言うと、言い方を直されるので、自主的に僕ということにしている。あんまり俺という口調が似合わない華奢な見た目というのも大きいけど。12歳はたいてい華奢だとは思うし、将来的には俺と言って違和感ない見た目になりたい。
「それは不明です。反乱の策謀が本当にあったのか、竜騎士家を滅ぼすためのでっちあげなのか、神のみぞ知ることです」
無難に逃げたなと思ったけれど、そりゃ、そう言うしかないよなあ。わからないものをわかると言うのはよくないことだ。
「ただ、自分のこれまでの経験で言いますと」
修道院長は自分のハゲ頭をきゅっきゅとこすって鳴らした。
「せっかく安定していたものが崩れてしまったので、きっとこの州は荒れることになると思います。数年がかりの長いスパンでの話ですけどねえ」
「荒れますか」と俺は聞いた。
「荒れます。そういうものです。そこにレオン君がどう絡んでくるかは不明ですが。修道院長としては平和に生きてほしいところですけど……任せます」
ずっとのほほんとした調子で修道院長は言った。
「そこは、『復讐なんて死んだ者は望んでない』とか言うべきところじゃないんですか?」
「還俗(げんぞく)して俗人の領主になったものなんて腐るほどいますからね。それに聖職者だからといって聖人君子とは限らないなんてことは賢いレオン君なら嫌というほど知っているでしょう?」
還俗というのは聖職者の立場からもう一度俗人に戻ることだ。本来の教えに従えばダメなはずなのだが、いつの時代からかアリになっている。
たとえば、三男坊が寺に入れられたのけど、長男も次男も死んでしまったので、三男坊を還俗させて跡継ぎにしますなんてことはザラにある。
「今のところは復讐するつもりとかはないです。本当に」
単純に無理だからというのもある。
竜騎士家の謀反はあったということになっているのだから、自分が挙兵したところで、逆恨みという扱いになってしまう。ほとんど伝説の存在であるドラゴンが10匹ぐらい味方してくれるなら、逆恨みだろうとなんだろうと勝てるけれど、そんな力はない。
まあ、ほどほどに生きよう。12歳で将来を決めるべきでもないし。
『特訓をしましょう』
メッセージウィンドウに文字が出た。
うわ! いきなりなんだよ!
『あなたは特訓をすれば必ず強くなります。竜騎士家の一族の中には成長が遅い人もいますが、そういった人ほど後から急成長することが多いのです。つまり呪いのせいとまで言われてるほどに政庁の遅かったあなたは恐ろしいほどの素質があるかもしれません』
このメッセージウィンドウ、持ち上げるのが上手いな。
でも、幸運の数字が1だったからな……。ということは特訓してもろくに成長しないのでは……。
『いいえ! ぜひ剣術の稽古などをするべきです! 私にはそれがわかります。なにせ【竜の眼】ですから』
もしかして、この特殊能力ってステータスがわかることを【竜の眼】と言うだけじゃなくて、【竜の眼】という人格がいろいろ知識を授けてくれることを言うのか?
『原則として間違っていません。私は竜騎士家の再興を望んでいます。元の領主になって、そうですねえ、このヴァーン州の太守にとって代わるぐらいはなってもらうつもりですよ!』
まあ、今の憎き太守を倒せば、自分が太守になることもありえるか。
もっとも、実体すらないものに望まれてもなあ……。
それに少し剣術が強くなった程度で一人じゃどうにもならないと思う。家臣たちも死んだりあっちこっちに四散したりしてる状態だし。
太守を倒せるだけの兵力を作るのに何年かかるだろう。おそらく数千人は必要だ。永久に無理かもしれない。
『あなたならできます。なぜならば、この私、【竜の眼】がついているからです。私はあなたのステータスを伸ばす適切な修行法も教えられます。ですからあなたを竜騎士家の中でも最強クラスに、いえ、世界最強の剣士に育て上げることも可能です! レオン、一緒に強くなりましょう!』
おいおい、やけに盛ってきたな!