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修道院の生活1

 手に紐が食い込んできて痛い。


 水汲みってつまんないんだよな……。この時間に古代の経典の単語一つでも覚えたほうが得なのに……。


 日課の水汲み10往復は修道院の生活の中でも一番空しい時間だ。

 太守の重臣の一族だからって変にひいきせずにやるべきことをやれ――その修道院長の考えには賛成だけど、単純に俺は腕力がないので、もう少しおまけしてほしい。

 力がない奴が力仕事をするのは適材適所とは言えない。


 この|清苑(せいえん)修道院に入れられてほぼ2年か。12歳になったのに、いまだに「竜騎士家の子供? それにしちゃ華奢すぎるね」なんて言われる。


 言われ慣れているから気にはならないけど、その言葉を聞くたびに、「こいつは頭悪いな」とは思う。

 じゃあ、勤勉な人が多いと言われてる州には怠け者やゴロツキが一人もいないのかって話だ。そんなわけないだろ。逆に、血の気が多いと言われている州にだって学者がいたりする。


 俺だって、その例外だ。自分もだんだんと腕が太くなったりするかと思ったけど、とくにそんなこともなかった。


 疲れてきたので修道院の庭の芝生に少し座った。

「まあ、修道院に入れてくれるぐらいには実家も心は広かったんだな。呪われてるって言われてたけど、差別はされなかったし」


 有名な武門の家にしては、極端に剣の腕が悪く、非力にもほどがあったので、俺は一族から「呪われてるのでは」と本当に心配されていた。別に病弱ってほどじゃないんだが、となると余計に呪いのせいかもしれないな。剣だけが上達しない呪いなんて聞いたことないけど。


 水桶に映る俺の顔はアルクリア竜騎士家共通の水色の髪をしている。


 伝承では初代がドラゴンから青い髪を授かったことになっている。もとより伝承だ。ドラゴンは実在するけど、だいたい高い山の上に住んでいて、普通に暮らしていれば出会うこともない。あと、青い髪を授ける力なんかも……たぶんないよな。


 無理に解釈すれば色覚変化の魔法でもドラゴンが使えたんだろう。でも、代々の髪の色を変えられるとも思えないから、むしろ代々髪が青い一族がさかのぼってドラゴンから何かもらったということに設定したのが実情だろう。


 アルクリア竜騎士家はこのヴァーン州の中ではそこそこ名門の一族だ。

 あくまでもそこそこだ。同じぐらいの名門はいくつもあるし、田舎にしては立派な地位を遠く離れた王家から与えられている名門もいる。太守の家なんかもその一つだ。


 かつては州の中にも太守に従わない勢力がいろいろいて、戦乱が当たり前の時代も長かったけど、この五年ぐらいはかなり平穏だ。このヴァーン州はよそから大勢力が奪いにくるような大都市とかもないので、外敵の侵入も少ない。



 と、遠くから人の影が見えた。

 さすがに田舎の修道院といっても、人ぐらいは歩いている。


 でも、その影は何かおかしかった。


 明らかにふらついているのだ。


 別に今年は飢饉がひどいなんて話はないぞ。ヴァーン州は低地が多いので作物は多くとれるのだ。小麦だけでなく米もとれる。もっと沼地とかを干拓をすればさらに収穫量も増えるだろうけど、大々的に土地の改良工事をできるような権力がない。


 飢えてるのでないとしたら病人か? いかにも天然痘ですというぶつぶつ顔の人間が来たら、修道院の人間とはいえ、ちょっと引いてしまうかもしれない。まだ、俺には病人にも分け隔てなく接する心構えができてない。


 人影がだんだん近づいてくる。

 背中に矢が刺さっているように見える。


「えっ!? ケガ人!?」


 あわててふらついている人のほうに駆け寄った。

 その顔、どこかで一度か二度会ったことがあるかもしれない。


「ああ、レオン様ですね。竜騎士家の中で飛びぬけて青白い顔をしてたからよく目立ってましたよ。青いのは髪だけじゃないんだ、やっぱり一族の中で呪われてるんだとよく笑いのタネになっていました……」

 男は軽口を叩くが、内容に反して、表情はつらそうだ。


「どうしたんですか? どこの誰にやられたんです? すぐに治療しないと!」

 まだ自分は回復魔法が使えない。ただ、修道院のお偉いさんの中には簡単な回復魔法が使える者もいる。そこに連れていけば……。


「いえ、今更どうにかなる次元ではありませんから。それより、レオン様、これをお持ちください」

 渡されたの掌に収めるのがやっとという大きな宝石だった。


 光を受けて青や赤にきらめいている。いや、石自体が軽く発光しているようにすら見える。


「何ですか、これ? どう見たって高級品ですよね」

「それは竜騎士家の家宝『竜の眼』です」

「ああ、聞いたことはあります。一族の発祥にも関わるものだって」

「竜騎士家が滅ぶ前にどうにかそれだけは持って脱出できました」


 恐ろしい言葉が聞こえた。


「滅ぶ!? 隣の州と戦争が始まったなんて話は聞いてませんよ! それで滅ぶわけがないです! まして戦で落命する一族がいたとしても、竜騎士家すべてが滅ぶなんてありえません!」


「州の太守が……太守とほかの重臣が屋敷を囲んで、竜騎士家を滅ぼしました……。おそらく、屋敷にいた中で生き残った者はいません。ほかの場所に屋敷を構えていた分家などもいくつかは滅ぼされたようです……」



 最初は、意味がわからなかった。


「じゃ、じゃあ……俺の両親は……? 兄は……?」

 彼は首を横に振った。


 自分の一族が滅亡したと突然聞かされても、どんな感情になっていいのかわからない。


 悲しむべきなのか、血の涙が出るような怒りを覚えるべきなのか、本当に、本当にわからない。

 がくんとその場で膝をついた。


「家宝を渡したってことは俺が復讐を遂げろって意味ですよね? 自分に復讐を遂げるような力なんて何もないです……」

 それは本音だった。そもそも修道院に預けられてる時点で、まだ見習いとはいえ厳密には僧籍なのだ。仇討ちが推奨されてる立場ではない。あと、家臣の一人もいない。


「一族が誰一人残ってないなんてことはさすがにないでしょうし、せめてそういう一門に復讐は託すべきです……」

「復讐しろとは何も言われていません。ただ、この家宝を渡せとご隠居様に言われました。選ばれし者なら道が開けると」


 ご隠居様というとマディスンのじい様のことか。80歳ぐらいの、もはや半分歴史上の人物に足を突っ込んでる武人だ。

「ま、まあ……受け取れと言われれば受け取りますが……道が開けるかなあ……」


 俺はその宝石を両手でつかんだ。こういうのってじかに触っていいんだろうか。軍手ぐらい持ってくるべきだったか?


 と、宝石が強く発光した。

 やはり、この宝石、自分から発光している!


「な、なんだよ、これ!?」


『レオン、あなたに話しかけています』


 心に直接響くような中性的な雰囲気の声がした。

 いや、響くなんてものじゃない。


 自分の視界の先に、半透明な枠があり、その中に半透明な文字が表示されている! そこに「レオン、あなたに話しかけています」と書いてある!



『これは選ばれし者だけに与えられた特殊能力【竜の眼】、あらゆる者の力を見抜きます。この力があればどんな苦難も乗り越えられるでしょう』


 半透明な枠の中にまた文字が出た。なんだ、これ。どういう魔法なんだ?


『これをメッセージウィンドウと言います』


 メッセージウィンドウ!?

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