奥が入り口からでも見える浅い洞窟が並んでる一帯があった。浅い洞窟には墓石が置いているものも多いので、最近は墓地代わりに使っているらしい。
その中に一つ、そこそこ奥までの距離がありそうな洞窟があった。コウモリが住んでそうで嫌だな……。
『それぐらいの我慢はしてください』
こうやって【竜の眼】が話しかけてくるので心細さはない。
俺の手には木剣が一本と床に置けるカンテラ。あとは水筒と傷薬と包帯。木剣とカンテラ以外は洞窟の入り口に置いていく。どうせ戦闘中は使いようがない。
戦闘があるならちゃんとした刃物を持ってくるほうがよくないか?
『いえ、むしろクリーンヒットした場合でないと敵に十分なダメージを与えられない木剣のほうが特訓には適しています』
たしかに楽に勝つと意義が薄れるか。
『ちなみにもし木剣を落としたりして危なくなったら全力で逃げてください。レオンの足で逃げ切れる距離です』
まあ、ゴブリン側も必死だろうしな。
洞窟に入った途端、野生の小動物とは異なる気配を感じた。カンテラはそのへんに置く。
光がゴブリン二体を差し示している。体のサイズはなるほど、俺と同じぐらいだ。
「グギャアア!」
ゴブリン一体が突っ込んでくる。相手は丸腰だ。こっちには木製とはいえ、得物があるのだから負けるわけがない。腹でも脳天でも殴りつけてやれば――
「キシャアア!」
もう一体が斜め横から跳びかかってきた。
迷いが生じた。体の重心が自然と後ろに下がって、一歩退いた。
武器をつかまれそうになって、あわてて振り払った。
『レオン一人の手でやってくださいね。アドバイスはしませんよ。怖いでしょうけど、それこそがこの特訓の意義です』
たしかに、たかがゴブリン二体でも、なかなかの恐怖心だ。
これが命懸けの戦いだからか。
休む暇なく最初に攻めてきたゴブリンがまた突っかかってくる。
今回はむしろありがたかった。もう一体との間にスペースができたからだ。二体まとめてだと厄介でも、一体ごとなら対処がたやすい。
「喰らえっっっ!」
脳天を狙って木剣を叩きつける。ちゃんと決まった。ゴブリンがふらつく。「ギュウウッ!」とうめき声をあげた。
だが、ここで容赦はしない。してはいけない。
「とどめだっっっ!」
もう一度、頭に痛撃を喰らわせる。再起不能にしないといけない。実は生きていて、足をつかまれたりしたらまずい。確実に殺さないと自分の身に危険が来る。
そのゴブリンはその場に倒れた。生死は不明だが、少なくとも気絶して当分は起き上がれないだろう。
もう一体がなりふりかまわず突っ込んでくる。
姿勢が低くて足にからみつかれそうになる。
落ち着け。絶対に取り乱すな。
剣を槍のように使って、ゴブリンの顔を強引に引き離す。足を振って、ゴブリンの手も離す。いったん、間合いを作る。
あとは頭に木剣の連打を浴びせる。
「ギアアッ! ギアアッ!」
攻撃のたびに断末魔の悲鳴が続く。その声を聞きたくなくて手を止めたくなるが、そんなわけにはいかない。木剣を何度も打ち下ろす。
ゴブリン二体が動かなくなったことを確かめた時には、ずいぶんと汗をかいていた。
たいした時間じゃなかったのに、息も上がっている。
「はぁはぁ……大人の軍人はこんなことをずっとやってるのか……」
落ち着いて戦えば対処できる相手でも、かなりの恐怖心だった。
『恐ろしいでしょう。何かの命を奪うということは、そういうものです。そして、この感覚は道場での稽古だけでは一生身に着くことはありません』
【竜の眼】の言葉が淡々とメッセージウィンドウとして表示される。
『ひどい話ですが、かつては殺すことに慣れさせるために幼少期から野犬などを遠くから矢で撃たせたとか。もっとも、家畜に悪さをしたゴブリンとはいえ、やっていることはあまり変わりないのですが』
そこは難しいところだな。
『修道院で暮らしているレオンにさせることかは悩みもしたのですが、正式な聖職者ではないということでご容赦ください』
別にそこは気にしてない。一切、殺生をしないつもりなら最初から特訓をしようとしてない。
『レオンの成長のことだけを考えれば、ゴブリン退治は成功でしたね。ステータスも上がっているのではないですか』
そうだ、そうだ、自分の掌を見つめてステータスを出す。
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レオン
職業・立場 剣士見習い
体力 39
魔力 12
運動 30
耐久 22
知力 36
幸運 1
魔法
なし
スキル
メッセージウィンドウ
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「あっ! 立場が剣士見習いに変わってる!」
洞窟に声が響いた。