地域差があるらしいが、俺のいる誕生日が来ると歳が一つ増えるというシステムをとっている。最初の誕生日までは1歳ではない状態、つまり0歳らしい。地域によっては生まれた瞬間から1歳だったり、歳が一つ増えるのが新年だったりする。
自分の場合はどのみち1月上旬の7日が誕生日なので、あまり新年で歳が増えるシステムでも変わらないが。
というわけで、13歳になった日。記念にステータスを確認した。
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レオン
職業・立場 剣士見習い
体力 43
魔力 14
運動 36
耐久 26
知力 38
幸運 1
魔法
なし
スキル
メッセージウィンドウ
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『よく成長しましたね。そのへんの大人ならこれだけの運動の数値がない人のほうが多いです。剣士見習いにふさわしいです』
【竜の眼(まなこ)】が感情のわかりづらい平板な声(頭に聞こえてくる声なので実際の音じゃないが)で褒めてくれる。こいつはダメなものはダメという性格なので、この言葉は信じていいだろう。
ちなみに、村の人や修道院の人のステータスを見ることもあるが、運動の平均値は30ぐらい。30未満だと男だとやや非力かなというイメージ。ただ、虚弱体質というほどでもなく、日常生活にはなんら支障がないという感覚だ。
一方で運動の数字が40を超えているなら軍人かなと思う。数字が50を超えていれば、かなりの剛の者で、60ならばその腕っぷしだけでどこにでも仕官できるクラスの数字らしい。
知力のほうは、子供の頃から勉強する環境がなければずっと10ぐらいのままと言うことも珍しくないので、少しわかりづらい。一生、読み書きができない庶民なんていくらでもいる。俺の数字なら大学に入ることは可能らしい。
一応、俺はまだ知力のほうが運動よりは高いが、そろそろ抜かれてしまいそうだ。やってきた期間の差を考えると、たしかに運動のほうが素質があるのかもしれない。
あと、幸運ってステータスが極端に低いままなんだけど、これって増えるのか?
『いえ、ぶっちゃけた話、ほとんど動きはありません』
それって、ずっと不運ってことか……?
『う~ん……低くてもどうにかできるはずですが……。ははは……』
なんか微妙な反応だった。
これは、今後もろくなことが起きなそうだな……。
まあ一族が消滅するとか特大の不運だから、ここからは巻き返したい。
村と修道院の往復の走り込みを3周やってから、庭で休憩していると修道院長が声をかけてきた。
「まさかレオン君がこんなに運動の素質があるとはねえ。1年前ならほとんどお|稚児(ちご)さんみたいだったから見違えたよ」
稚児というのは寺院などに仕える若い少年のこと。ただ、それは字義通りの意味で、実際には……ごにょごにょ。まあ、禁欲的な生活を完璧には守れない聖職者というのは多いのだ。
高位の聖職者の近くにやけに若い男の弟子がいたら、そういう関係を疑ってしまうぐらいには一般化している。
もっとも、領主の子弟が修道院や教会に入る俺のようなケースは、地域の顔役の関係者なわけだからそういうリスクはとくにないが。むしろ、そいつがお相手を探すってこともある。色恋の問題は個人差が激しいからな。
まあ13歳の俺が知らないことをあれこれ語るべきじゃないな。
「自分でも驚いています。といっても、まだまだ軍人というほどのものではないですが」
「軍人として生きていくつもりなら、太守に許可を求める手紙を書くことはできるから言ってくださいねえ。今の太守は竜騎士家の一族を恐れたりはしてないと思いますしねえ。まあ、聖職者を目指すにしても、遊学のために体を鍛える方もいますし、このままでも大丈夫でしょうが」
そうか、正式に許可を得て武芸の腕を磨くという手もあるのか。
各地で太守への反乱が起きていれば竜騎士家の生き残りにもめくじらを立てるだろうけど、現状、そんな反乱はずっと起きてないので太守も神経質になる必要はない。今なら疑われることもないだろう。
『基礎を鍛えるだけで十分な段階なので、ひとまずこのままでいきましょう』
そう、メッセージウィンドウに表示されたので、そう伝えることにする。
「修道院長、まだ太守への許可はなくてけっこうです。町の道場などに行く予定もないですから」
「そうですか。レオン君の好きなように生きてください。それぐらい体力があれば全国を旅するのもいいですよ」
話のわかる修道院長でよかった。
そういえば、修道院長のステータスを見たことなかったな。相手の能力を見るのってそこそこ失礼な気がして、自重してたのだ。
せっかくだし、確認させてもらおうかな。60歳ぐらいの人間のステータスがどんなものか気にもなる。
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ミュハン
職業・立場 修道院長
体力 68
魔力 36
運動 51
耐久 70
知力 76
幸運 1
魔法
回復魔法(中)・精神安定・解毒・破邪(中)・ホーリーライト・空中浮遊(短時間)
スキル
超暗記・読唇術・隠密行
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「強っ!」
「おや、レオン君、どうかしましたかね?」
「いえ、なんでもないです……。修道院長、いつまでもお元気ですね……」
「昔は全国を|行脚(あんぎゃ)したのでその影響ですかねえ」
柔和な顔のおっちゃんだと思っていたが、そんなゆるい人物じゃない。
そのへんの軍人なら殴り合いでぶちのめすぐらいはできるんじゃないか……? 運動が50ってかなりできるほうの軍人の数値だよな……。
『いやあ……これなら修道院長に特訓でもしてもらったほうが早いのですが、そうなるといよいよ修道院が謀反の準備をしてるみたいになりかねないし、まずいですね』
自分のスキルのおかげで意外な強者を知れてしまった。
そうだ、【竜の眼】、今日ちょっと練習の前に時間がほしいんだけどいいかな。
『サボるのでないならご自由にどうぞ』
【竜の眼】の許可を得て、俺は修道院の中の|位牌(いはい)堂という小さな建物に入った。
部屋の内部は左右も正面も、壇の上に死者の名前を記した石板や木の板がずらりと並んでいる。これが位牌だ。死者の鎮魂と安寧をまとめて祈るための施設だ。
その中の石板の一つに俺は立ち止まる。
竜騎士家の一族の名前、もちろん俺の両親の名前も彫られてある。
『あっ、これは……』
そう、一種の墓参りさ。厳密には墓じゃないけどな。墓を作ることはまだ許されてない。
一族では庶子だった父様は当主の屋敷の近くに居を構えていた。だから一族が謀反の疑いで攻められた時に一緒に死んだ。武芸が楽しくないならほかの道もあるぞと示してくれたのは父様だった。中には子供は折檻してでも武芸を身につけさせるという人間も一族では珍しくなかったのに。
母様は郎党の一族の出身だった。運動音痴な俺をよく心配していた。もし、太守に近い立場の領主の出身なら殺されずにすんだだろうか。
7歳年上の兄さんもあの日、死んだ。俺と違って、本なんてまったく読まなかったが、俺には優しかった。姉妹はいないので、俺の家族は俺以外全員、あの日に死んだ。
俺はその位牌の前で深く頭を下げる。
貴人に対する礼だ。
どうか、やすらかにお眠りください。
『今更ですが、ご冥福をお祈りいたします。特訓ばかりで一族のことに想いをはせる時間を与えられなくてすみませんでした』
メッセージウィンドウの文字がなぜか申し訳なさそうに見える。頭に聞こえてくる声もいつもより感情が入っているように聞こえた。
まったく気にしてないぞ。ていうか、俺も本格的に悲しくなってきたのはつい最近なんだ。最初の頃はどういう気持ちになっていいかもよくわからなかった。
まだ家族の誰かが死んだということならあるかもしれないが、一族全部消滅したなんてなかなかないから、どうか薄情な奴だなんて言わないでほしい。
で、1年ほどが過ぎて、いきなり体を引きちぎられたような喪失感を強く感じるようになってきた。
「みんな、つらかったよな、怖かったよな……。ひどい話だよな……」
太守の顔も知らないからか、怒りはあまり湧いてこない。
それよりも「なぜ?」という気持ちのほうがはるかに強い。
別に直接的に竜騎士家の一族が太守と対立していたわけでもない。太守の親族を擁立しようとしたわけでもない。太守かほかの重臣かはわからないが、そのあたりの奴がアルクリア竜騎士家に恐れを抱いた。理由はそれだけだろう。
今、太守に復讐する力は俺にはない。
でも、もしその力が手に入ったら――
少なくとも、太守――ガストス・ベルトランという名前の男に出会って、なんでこんなことをしたのかはじっくり聞いてやろうと思う。
それで、竜騎士家に強い憎悪でも抱いてることがわかったら、案外許してやるかもしれない。政治や戦争をやってれば誰かに恨まれるのは当たり前だからな。それこそ、竜騎士家に滅ぼされた連中も腐るほどいるはずだし。
でも、そんなきれいごとの感情なんて抱けずにぶっ殺す気もするな。
その時になってみないとわからない。
『復讐の心にとらわれるなとは言いません。復讐も強い感情です。強い感情は人を強くしますから』
いや、どっちかというと復讐しろって言ってきたの、【竜の眼】のほうじゃなかったか……? 言いたいことはわかるけどさ。
『いえ、復讐を遂げて、たとえばこの州を支配したあとも、まだまだその先の未来に向かって羽ばたけるだけの力がレオンにはあります。それこそいくつもの州を支配できるぐらいの資質がレオンにはあります』
それって……天下を獲れるぞって言ってるのとあまり変わらなくないか?
『ええ、いくつもの州の太守になれるなら、全国を支配することだって無理はありませんね』
位牌堂で天下を獲れなんてことを言われるとは思わなかった。
まっ、まずはもっともっと強くならないとな。