『いいですね! 太刀筋がきれいです。踏み込みも悪くないです。しっかりと基礎ができている剣の使い方です』
メッセージウィンドウに誉め言葉が並ぶ。
もうこのメッセージウィンドウも一年以上見続けているので、いいかげん慣れてきた。
少なくとも特訓の最中に文字が視界に入って気が散るということもなくなった。
13歳になってからも俺は【竜の眼】の特訓を続けていた。ただ、特訓メニューは変わってきていた。筋トレ的な部分が減って、木剣を使うものが増えてきた。
修道院を囲む小さな堀の外側、つまり完全に修道院の外で特訓をしている。ちょうど修道院の裏手に大きな木が一本生えているので、その木を対戦相手とイメージして型の練習をしている。
以前は修道院の中庭を使っていたが、動きが激しくなってくると目立つ。中庭だと修道院の窓から様子も見られてしまう可能性もある。
たしかに【竜の眼】は俺を成長させることができると自信満々に言っていた。その言葉に偽りはないようで、全然実戦がないのに剣の腕が成長しているのを自分でも実感する。体の動かし方に無駄がなくなった。
ステータス上でも強くなっている。この数値が正しいと信じたい。
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レオン
職業・立場 剣士見習い
体力 48
魔力 16
運動 40
耐久 32
知力 39
幸運 1
魔法
なし
スキル
メッセージウィンドウ
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ついに運動の数値が知力を上回った。あと、幸運が1なのは見ないことにする。
運動の数値も40。40だと軍人として仕官できるだけのもののはずだ。13歳でこの数字は立派なんじゃないか。
足腰なんかも筋肉がついているし、村に出ても子供っぽいと言う人はもういない。大人の仲間入りをしたなという反応をする人がいるぐらいだ。
ただ、ここから先が難しいところだよな。
『何がでしょうか?』
実戦経験がないまま数値だけが上がるって言うのは……やっぱりちぐはぐだろ。ゆがみみたいなのが出るんじゃないか。
この世に対人の稽古すらほぼせずに腕を磨きまくった剣士なんてほとんどいないだろう。
もし、同じステータスの剣士が敵として立ちはだかった場合、確証はないが、実戦経験が極端に少ない俺のほうが敗れると思う。能力は互角でも経験の差が出てしまうと思う。
『その危惧はわかります。たしかに基礎を固めることは一人でもできますが、経験というものは手に入りようがないですからね。そろそろ経験も増やさないと、数値の客観性が失われます』
【竜の眼】も珍しく悩んでいるらしい。こいつに特殊な知識があるのは間違いないんだが、かといって全知全能の神みたいなものではないらしい。
よく言って、助言を与えてくれる師匠といったところだろう。もちろん、師匠がいないよりはいてくれたほうが成長できるだろうし、いてくれていいんだけど。
『少し考えます』という文字がメッセージウィンドウに表示される。
『少し考えます』
『少し考えます』
『少し考えます』
むちゃくちゃ、考えてるな!
『本当はもう少し基礎に費やす時間がかかると思っていたんですが、かなり早くそれを達成してしまいました。対人戦闘の訓練をここからは行うべきです。かなりの手練れである修道院長にお願いするのも手ではありますが……』
悪目立ちは修道院に迷惑になるからまずいよな。普段から剣を教えるようなことを修道院長がしてたならいいんだけど。
『よし、決めました』
【竜の眼】は何かを決意したらしい。
『いいですか? まもなく、あなたのところにアルクリア竜騎士家の遠縁の女子がやってきます。年齢は16。あなたより3歳上です』
待て待て! いきなり何の話だ? 親戚が来る?
いきなり話題が変わったぞ。予言か? まあ【竜の眼】からは誰かが来るのが見えるのかもしれないが。
『よいですか、もしほかの誰かにその女子は誰だと尋ねられたらそのように答えてください。極力見られないように注意しますが、それにも限界があるでしょうし』
話がかみ合ってない。メッセージウィンドウが独り言に見えてくる。
それより、親類が来るとなると、仇討ちなどを計画してると疑われないようにしないとな。血の気の多い奴だって親戚にいるだろうし。
そこからメッセージウィンドウ自体が出てこなくなった。
あの白い枠の窓が視界に現れないのは久しぶりなので新鮮だ。それぐらい、メッセージウィンドウを見慣れてしまった。
おい、【竜の眼】、どこいった? 休憩か?
……。
…………。
本当に反応がない。あの平板な声も頭に響かなくなった。
存在自体が奇跡みたいな奴だったけど、だからといって急に消えたりすることがあるか?
手持ち無沙汰なので、木剣で型の練習をする。【竜の眼】が教えてくれたものだから、〇〇流とか〇〇派みたいな名前はないが、動きはスムーズだと思う。
あいつ、早く戻って来いよ。というか、説明不足すぎるんだよ。一年以上いた奴の消え方じゃないだろ。
心なしか、今の自分の動きは父様の太刀筋に似ている気がした。全部、推測だけど。
やっぱり一人でやるのはそろそろ限界だな。町の道場などで教えを乞う許可をもらうほうがいいかもしれない。
「うん、よくやっていますね。感心、感心」
聞き慣れない女子の声がした。
なのに、同時によく知っている奴のような気もした。
矛盾しているのだけど、ほんとにそう感じたのだ。
声のするほうを見ると、ポニーテールの女子が立っていた。髪の色は青と赤を混ぜたような色、赤紫と言うんだろうか。
いかにも女剣士といった感じの薄手の金属の胸当てをつけている。スカートが少し短すぎる気がするが、そのあたりは個人の自由だろう。俺は服の価値はあまりわからないが、レザーブーツが上物なのはわかる。戦場を駆ける時の大切な相棒だから安物は選べないんだろう。
それと、少し強引にスカートというか腰に剣の鞘をくくりつけてある。女剣士といった感じも何も、女剣士そのものだろう。
あっ、この子が【竜の眼】の言っていた遠縁の女子か。たしかに年齢も俺より少しだけ上ぐらいに見える。16歳と言われればそう見える。【竜の眼】が預言者みたいなことをやったってことか。
とにかく誰であろうと、あいさつをしなきゃな。
「自分はアルクリア竜騎士家のレオン。君の名前は?」
「【竜の眼】です」
…………。
…………ん?
なんか、ものすごくおかしな返事をされたような。
「あの、名前、もう一度言ってもらっていいかな?」
「【竜の眼】です。対人戦闘の訓練のため、実体化しました」
はあああああああああああああああああ?